2015年10月14日 12:21 弁護士ドットコム
著名人がどんな子ども時代を過ごしていたかは、メディアでも定番の企画だ。このたび、作家の村上春樹さんが、兵庫県立神戸高校に在学中に図書室で借りた本の「貸し出し記録」が発見され、注目を集めた。
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「村上春樹さん 高1でケッセル愛読 神戸の母校に貸し出し記録」と報じた神戸新聞(10月5日)の記事によれば、廃棄寸前の図書室の蔵書を元教員が整理していたところ、高校1年だった村上さんが、フランスの作家ジョゼフ・ケッセルの著作を借りていたことを示す「帯出者カード」を発見したという。
しかし、どんな本を読むのかは、その人の思想にもかかわる重要なプライバシーのはずだ。今回、記録の公開をめぐって村上さんの同意があったか否かは不明だが、図書の貸し出し記録のような個人情報が報じられることは、著名人にとって、やむを得ないことなのだろうか。佃克彦弁護士に聞いた。
「人の読書歴がプライバシー権によって保護されるということは、一般論としては、肯定されます」
このように佃弁護士は切り出した。
「しかし、読書歴を明らかにすることが、プライバシー侵害として違法になるかどうかは、ケースバイケースです。具体的には、どのような人につき、いかなる読書歴が明らかにされたのかによって、違法か否かの結論が変わります。
最高裁は、プライバシー侵害として違法になるかどうかは、その事実を『公表されない法的利益』と、それを『公表する理由』とを比較衡量して、公表されない法的利益のほうが優越する場合に限って違法になるとしています」
今回のケースでは、どう判断されるのだろうか。
「村上氏は日本を代表する作家であり、そのような人が若いころにどのような書籍に親しんでいたかは社会の重大な関心事であって、『公表する理由』にかなりの正当性があるといえます。
また、今回明らかにされたのは、村上氏が、フランスの極めて著名な作家であるケッセルの著作を読んでいたという事実であり、人が通常公開を欲しないような事柄であるとは必ずしも言いがたく、『公表されない法的利益』が大きいとはいえません。
これらを踏まえると、『村上氏が高校時代にケッセルの著作を読んでいた』という読書歴が公開されたとしても、村上氏のプライバシーを違法に侵害することにはならないと思われます」
しかし、図書の貸し出しの記録を公開することが、プライバシー侵害にあたるケースもあると佃弁護士は指摘する。
「今回のケースは、ケッセルの著作の帯出者カードから、村上氏がケッセルの作品を読んでいたことが明らかになったわけですが、たとえば、図書館における個人の借り出し履歴が丸ごと明らかになったような場合ですと、話が変わってきます。
その場合、個人の趣味嗜好や思想傾向が根こそぎ明らかになる可能性があり、『公表されない法的利益』も大きくなると思われます。そうなりますと、『公表する理由』よりも『公表されない法的利益』のほうが優って、違法なプライバシー侵害になる可能性があるといえます」
ところで、プライバシー侵害にあたるか否かの評価基準について、存命中と死後で違いがあるのだろうか。
「違いはあります。死後の場合、開示された人は既に亡くなっているので、その人に対するプライバシー侵害の問題が生じる余地はありません。問題となり得るのは、遺族の権利です。故人に対する遺族の『敬愛追慕の情』が侵害されたかどうかが問題となります。
これは、平たく言えば、『身内のことをそんなに暴かないでくれ』という心情をどこまで法的に保護すべきかという問題であり、保護される範囲は、本人が存命中にプライバシーとして保護される範囲よりも限定されると思われます。
さらに、歴史の探究という社会的要請から、故人のことを調査して『公表する理由』というものが積極的に評価される場合も多いと思われます。
こうした観点から、かれこれ総合すると、故人の場合は、図書館の借り出し履歴が丸ごと明らかになったような場合であっても、遺族の敬愛追慕の情の侵害が認められないということが、かなりの確率で想定されると思います」
佃弁護士はこのように述べていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
佃 克彦(つくだ・かつひこ)弁護士
1964年東京生まれ 早稲田大学法学部卒業。1993年弁護士登録(東京弁護士会)
著書に「名誉毀損の法律実務〔第2版〕」、「プライバシー権・肖像権の法律実務〔第2版〕」。日本弁護士連合会人権擁護委員会副委員長、東京弁護士会綱紀委員会委員長、最高裁判所司法研修所教官を歴任
事務所名:恵古・佃法律事務所