トップへ

内田有紀の再評価作となるか? 型破りな設定が話題の『偽装の夫婦』を分析

2015年10月10日 14:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『偽装の夫婦』公式サイトより

 10月7日よりスタートした天海祐希主演の新ドラマ『偽装の夫婦』(毎週水曜22時~/日テレ)が、初回平均視聴率14.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と好調な滑り出しをみせた。『女王の教室』(2005年)や『家政婦のミタ』(2011年)など、これまで数々のヒット作を生み出してきた脚本家・遊川和彦が、8年ぶりに天海祐希とタッグを組んだことも話題となっているこのドラマ。固く心を閉ざした人嫌いの主人公(天海祐希)が、とある事情によって、かつて愛した男(沢村一樹)と「偽装結婚」する……という話とは聞いていたけれど、実際初回の放送を観てみたところ、これがなかなかどうして、相当ぶっ飛んだ作品となっているのだった。


参考:『コウノドリ』『オトナ女子』『おかしの家』・・・・・・この秋スタートする連続ドラマへの期待


 ある朝の風景。本の山に囲まれた自室で目覚めた嘉門ヒロ(天海祐希)は、オペラのCDを流しながらレトルトのカレーを温め、そこにソースをバシャバシャかけて平らげる。クローゼットには、同じ形の白いシャツがズラリ。そして、鏡の前で笑顔の確認。これは予想以上に変わった人物であるようだ。しかし、驚くのはこれからだ。職場である図書館に向かう途中、マナーの悪い幼稚園児に「母親のしつけが悪いから、そんなガキになるんだよ」、朝からいちゃつくカップルに「おいおい、ここはおめ~の家じゃねえぞ」、親とLINEで喧嘩している女学生に「だったら、ひとりで生きろよ。小娘が!」と、心の中で悪態をつきまくるのだ。その微笑を絶やすことなく。


 図書館にやって来た園児たちに、絵本の読み聞かせをするヒロ。そこで彼女は、子どもたちを引率してきた園長代理の男性と、唐突に“運命の再会”を果たす。陽村超治(沢村一樹)……彼こそは、25年前、彼女が心を閉ざすきっかけとなった人物なのだ。かつてと変わらない軽薄さで、ヒロとの再会を喜ぶ超冶。その晩、改めて超冶と落ち合ったヒロは、彼に積年の疑問をぶつける。「25年前、どうして私を捨てたの?」と。しかし、その疑問は、瞬時に氷解する。「俺、ゲイなんだ……」。挙句の果てには、「お前のおかげで、自分に正直に生きる決心がついたんだ!」と感謝される始末。さらに、超冶はたたみかける。余命わずかの母親を安心させるため、「俺と結婚してほしい」と。何という超展開!


 しかし、これがなかなか面白い。心を固く閉ざしながら、なるべく他人と関わらないように生きてきたヒロ。彼女が心を閉ざした理由は、超冶の一件だけではなかった。少女時代より、何事も如才なくこなすことができた彼女は、どこにいっても目立つタイプの子どもだった。勉強はできるし運動神経も抜群、ピアノもちょっと練習しただけですぐに弾けてしまう多彩な女の子。まわりの人たちは、そんな彼女に対して一方的な劣等感を抱きながら、勝手にダークサイドに落ちていった。それがヒロには、たまらなく嫌だったのだ。以降、何事も本気を出さず、なるべく目立たぬよう、彼女は生きてきた。しかし、彼女の前に再び現れた超冶は、その内面をズケズケと言い当てるのだった。「やめなさいよ、そんなつまんないこと!」、「私がいたらまわりの人間を不幸にするとか、自分に呪いをかけてるんじゃないわよ!」、「自分にかけた呪いは、自分で解くしかないのよ!」。あれ? 何か絶賛上映中のアニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』みたいな話になってきたぞ。ん? “ヒロ”っていう名前、ひょっとして“ヒロイン”から来ているのかしら?


 そのエクストリームな人物造形(ヒロの家族関係が、また強烈なことになっている)からも分かるように、本作の基調となるトーンは、思いのほかコメディだった。しかし、その内面には、案外シリアスな“リアル”が詰まっている。まわりの人間とうまくやっていくためには、良くも悪くも自分を押し殺す必要があるのだろうか。それはたとえ、家族や夫婦であっても、変わらないのか。というか、そもそも“家族”や“夫婦”、さらには“誰かを愛する”とは、どういうことなのか。『偽装の夫婦』……見方によっては、ある種、素っ気ないタイトルであるにもかかわらず、そこでコミカルに描きだされるものには、かなりの含蓄が詰まっているようだ。


 そして、もう一点。初回を観た限り、個人的ないちばんの発見は、“謎のシングルマザー”役として登場する、内田有紀のミステリアスな“可憐さ”であった。小さな娘の手を取り、左足を引きずりながら(なぜ?)歩く内田有紀のハッとするような美しさ。そう、何を隠そう筆者は、ドラマ『ひとつ屋根の下』(1993年)、『北の国から 2002遺言』(2002年)といった作品はもとより、松尾スズキ原作・監督の映画『クワイエットルームへようこそ』(2007年)、芥川賞作家・絲山秋子による原作を金子修介監督が映画化した『ばかもの』(2010年)、星野智幸による原作を三池聡監督が映画化した『俺俺』(2013年)など、近年の内田有紀出演映画を高く評価する者なのだ。特に『ばかもの』の彼女の演技は、本当に素晴らしかった。その彼女が、かなり重要な役として配置されているらしい。しかし、第一話の最後、彼女は天海祐希演じるヒロに、こうのたまうのだった。「私たちの家族になってくれませんか?」「私、あなたのことを好きになってしまいました」。劇中のヒロの台詞じゃないけれど「はい?」である。というか、沢村一樹演じる超冶の“ゲイ”という設定を含め、このドラマは、“家族”や“夫婦”、さらには“愛”といった問い立ての先に、男女の“セクシュアリティ”の問題をも射程してゆくのだろうか? それはかなり、野心的な試みであるように思われるのだが……ということで、とりあえず次週も観ること決定です!(麦倉正樹)