日本では少子化が進み、親や親族が子どもにかける期待が大きくなっています。子ども一人に費やせるお金も増えて、早期の英才教育を熱心にさせる家庭もあるようです。
しかし子どものころから「自分さえいい点数を取ればいい」という教育を受けさせて、リスクはないのでしょうか。5月5日付のPsychology Todayに米ボストン大学のピーター・グレイ教授が寄稿した記事によると、英才教育の弊害を検証した実験は何十年も前から存在し、それはみな同じ仮説を示しているということです。(文:夢野響子)
ドイツでは「伝統的な遊び」に路線回帰したことも
ナンシー・カールソン-ペイジ氏の研究によると、「英才教育クラス」と「遊びをベースとしたクラス」を比較した結果、早期の英才教育は子どもたちのテストの点数を伸ばしはしたものの、その効果は1~3年後には消え、最終的には逆転するのだそうです。
1970年代にはドイツ政府が同様の実験を行い、上記と同様の結果を得ていました。当時英才教育への切り替えを行っていたドイツはこの研究を踏まえ、少なくとも一部の幼稚園を伝統的な遊びベースに戻しました。
1967年にデビッド・ウェイカート氏が米ミシガン州の68人の貧困層の子どもたちを対象に行った実験でも、子どもたちを「伝統的な遊びベースの保育園」と「読み書き算数に焦点を当ててワークシートやテストを使用した英才教育保育園」に分けました。
この実験でも、英才教育グループの見せた初期の成果はすぐに消え去り、対象者が成長した時点でのフォローアップ実験でも学力に際立った差はありませんでした。しかし、社会的・感情的特性には驚くような大きな差が見られました。英才教育グループは15歳までに、他のグループよりも2倍以上多くの「不正行為」を犯していたのです。
23歳までに重罪で逮捕される割合は3倍に
歳を重ねるとその違いはさらに大きくなり、英才教育を受けたグループでは他人との衝突の回数が目立ち、感情的な欠陥を示すことが多くなりました。結婚して配偶者と暮す可能性も低く、犯罪に手を染める率が際立っています。
23歳までに重罪で逮捕される割合は、他のグループでは13.5%でしたが、英才教育グループでは39%にのぼっています。このグループでは19%が危険な武器で暴行したとも記録されていますが、他のグループでは0%でした。
幼児教育が、それほど長期間にわたって影響を与えるのはなぜでしょうか。その理由は、初期の学校経験が後の行動の基盤を築くことが考えられます。自主的に計画し、他の子どもと遊ぶ経験を学んだ子どもたちは責任感や社会性を育み、それが後の行動にも活かされます。
一方で学業成績を強調したクラスでは、他人より先に出るという生活パターンを開発し、それが貧困社会では他人との衝突や、誤った出世手段としての犯罪へ導く可能性があります。
すべての場合に当てはまるかどうか分からないが
また、この実験では隔週で家庭訪問を行い、家庭でも保育園と同様の生活を送らせるための助言を行いましたが、筆者のグレイ教授はこれも影響したと分析します。
遊びや子どもの自発性に焦点を当てたクラスの親は、その価値を強化する子育てスタイルを続けます。そして英才教育の親たちは、狭義の個人的な成果と自己中心的な価値の子育てを続けた可能性があります。
もちろんミシガン州の実験は貧困層におけるもので、すべての場合に当てはまるかどうかは分かりません。しかし日本でも英才教育を子どもに受けさせる場合には、こういった研究結果を踏まえてリスクを考えたり、弊害への対策を講じたりする必要があるのかもしれません。
(参照)Early Academic Training Produces Long-Term Harm (Psychology Today)
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