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トム・ハーディー主演『ウォーリアー』が、スポーツ映画の金字塔である理由

2015年10月05日 12:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『ウォーリアー(DVD)』(ギャガ)

 映画『ウォーリアー』は2011年に全米公開されたヒューマンドラマの傑作だ。評論家から絶賛され、主要キャストの1人ニック・ノルティも、アカデミー助演男優賞にノミネートされた。日本では残念ながら今年数年遅れでDVD&Blu-rayスルーとなったが、新宿の劇場で1週間の限定上映が行われ、熱狂的な盛り上がりを受けて上映は2週間に延長された。いったい何故、本作は多くの人にとっての特別な1本になりえたのか?


参考:ハリウッド次世代の旗手が描く、『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』の底知れぬ凄み


 本作のストーリーはシンプルだ。生き別れた兄弟が、最強の男を決める総合格闘技のトーナメントで対戦相手として再会する。イラクの戦場から生還した孤独な弟は、対戦相手を一瞬でKOする打撃中心のパワー型だ。一方、妻子のために戦う兄は、一瞬の隙を逃さず関節技を極めるテクニック型。生き様もファイトスタイルも正反対の兄弟の対決に、2人を捨て、その罪に苦しみ続ける父親が絡んでくる。ストーリーは王道で、意表を突く展開や、 奇をてらった演出はない。だが本作は間違いなく、『ロッキー』『レスラー』にも匹敵するスポーツ映画の金字塔として、長く語り継がれることになるだろう。


 本作を名作の域にまで高めているのは、ギャヴィン・オコナー監督の手腕による部分が大きい。同監督は過去にも『ミラクル』ではスポーツを、『プライド&グローリー』では兄弟のドラマを描いている。この2本で培った経験と、その堅実かつ丁寧な演出によって、本作は名作の域に達しているのだ。


 また、トム・ハーディー、ジョエル・エドガートン、ニック・ノルティらの見事な演技も素晴らしい。『マッドマックス・怒りのデスロード』の主演で知られるトム・ハーディーの、繊細な演技は圧巻だ。筋骨隆々でありながら、拭い去れない影を抱えた悲劇的なヒーロー像は、たまらなく魅力的である。


 もちろん、作品の随所で見られるド迫力の格闘シーンは、アクション映画の快感に満ちている。流れるような動きで敵を制圧するトム・ハーディーには圧倒され、ギリギリで関節技を極めるジョエル・エドガートンには手に汗を握ることになるだろう。格闘シークエンスは、いずれもキャラクターの感情が爆発する場として機能しており、単に身体能力を見せるだけに留まらず、人間ドラマとしての意味合いも併せ持つ。文字通り拳で語るのだ


 そして、本作の魅力を語る上で欠かすことのできない特徴が2つある。


 1つ目は、登場人物たち自身が、自分の気持ちが整理できていないことだ。怒っているのか? 悲しんでいるのか? 過去とどう向き合うべきか? 彼らは悩み続ける。そして言葉にできない想いを抱えたまま、リングへと上がっていくのだ。本作はそんな複雑な感情が入り乱れるドラマを、真正面から丁寧に紡いでいく。自分の気持ちが分からなくなった経験がある人ならば、必ず彼らを身近に感じることができるはずだ。総合格闘技という特殊な世界をモチーフにしながら、描かれているのは誰もが抱える普遍的な苦悩だ。


 2つ目は、そのように複雑な感情を描いておきながら、説明描写及び説明シーンが極めて少ないことだ。登場人物は皆、重い過去を背負っている。その過去を描く回想シーンがあってもいいものだが、本作にはそういったシーンは皆無であり、常に一定の距離を置いた視点が貫かれる。極端に説明を排したストイックな語り口で描くことで、押し付けがましさをなくし、さらに肉体的な痛みを伴う格闘技をモチーフとすることで、彼らの切実さに説得力を持たせることにも成功している。


 言葉にならない感情を抱えた者たちのドラマ。当然、人によって解釈が異なることもあるだろう。10人いれば10人通りの『ウォーリアー』がある。兄が主人公だと思う人もいれば、弟こそ、いや父親こそ主人公だと思う人もいるだろうし、全キャラクターを俯瞰して楽しむこともできる。兄弟の物語でもあり、アメリカンドリームの物語でもある。格闘映画であり、人間ドラマでもある。物語を楽しむ切り口は無数にあり、いわば、観客は自分だけの「俺の『ウォーリアー』」を楽しむことができるのだ。この切り口の豊かさこそ、本作が熱狂的に支持される最大の理由であろう。


 しかも、本作はどの切り口から入っても、その見立てが否定されることはない。この映画は「こうあるべき」という説教型の作品ではないからだ。「こういうことがあった」という物語を提示するだけであり、そこにある唯一の主張は「人は対話をすることができる」という当たり前のことだ。それを前述のように徹底的にストイックな語り口で描いたバランス感覚は見事と言うほかない。


 圧倒的な完成度でもって、人生に迷ったことのある多くの人を勇気づけてくれる映画であり、同時に多様な切り口を持つ「語りたくなる映画」でもある。鑑賞後には、きっと誰かと「俺の『ウォーリアー』」を語り合うことになるだろう。間違いなく今年最高の映画の1本である。必見だ。(加藤ヨシキ)