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羽生結弦は“和”、浅田真央はジャズ! 各選手のフィギュア最新使用曲の傾向とは?

2015年10月03日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『陰陽師 ― オリジナル・サウンドトラック』

 いよいよ今年もフィギュアスケートシーズンが到来。一部のB級試合は既にスタートしているが、日本における本格的なシーズンは本日開催のジャパン・オープンから始まるといってもいいだろう。今回は、今シーズン注目選手の使用楽曲から、それぞれの2015-2016シーズンの展望を描いてみる。


 まずは男子。なんといっても注目されるのは、やはりワールドチャンピオンの奪還をはかるエース・羽生結弦だ。今シーズンのショートプログラム(以下、SP)は先シーズンからの持ち越しとなるショパン作曲「バラード第1番」。ソチ五輪で金メダルを獲得した2013-2014シーズンのSP「パリの散歩道」から一転し、繊細で内面的な世界をリンクに描くことに成功したプログラムである。荘厳なイントロダクションから物憂げなモノローグのような序盤、そして終盤の劇的な展開へと楽曲内のコントラストをリンクに描きながら、ピアノ曲ならではの音の余白まで丁寧に表現したこのプログラムは、技術面のみならず演技構成の面においても非常に評価の高い作品となった。2年目となる今シーズンでは、先シーズン数々のアクシデントにより挑戦が叶わなかった高難度の構成への挑戦とともに、音楽解釈など表現面の更なる進化にも注目したいところ。


 フリースケーティング(以下、FS)では、2001年野村萬斎主演で話題となった映画『陰陽師』のサウンドトラックから、「SEIMEI」と題し安倍晴明を演じる。侍や古事記など、ジャパネスクを前面に押し出したプログラムはこれまでも他の選手で制作されてきたが、羽生が競技用プログラムで“和”というテーマを選択してきたことは、その意外性から大きなトピックスとなった。今回初めて楽曲編集にも携わったという羽生だが、カナダの振付師・シェイ=リーン・ボーンとともに作り上げた“和”の世界を、ジャッジ、そして世界中の観客を魅せる表現として完成させることができるのか。今シーズンも羽生から目が離せない。


 そしてこちらも注目なのが、先シーズンのジュニアグランプリファイナル、世界ジュニア選手権を制し、全日本選手権ではジュニア選手ながら羽生に次ぐ2位に輝いた宇野晶磨だ。シニアデビューとなる今シーズンのSPは、ネイティブアメリカンの民族音楽と現代のダンスミュージックが融合した独自のスタイルを確立するアーティスト、セイクレッド・スピリットの「レジェンド・ワールド」。シーズンに先駆けアイスショーで初披露された際、会場を大きくどよめかせたこのプログラムは、競技用プログラムとしては珍しい四つ打ちの重低音がリンクに響く、非常に画期的でクールな作品となっている。


 FSでは、「誰も寝てはならぬ(歌劇『トゥーランドット』より)」にチャレンジする。トリノ五輪で荒川静香が金メダルを獲得した楽曲としても未だ印象強い一曲だが、いわばフィギュアの超王道でもあるこの曲をシニアデビューのシーズンに敢えてセレクトしてきたのも興味深いところ。ジュニア時代から表現力に定評のあった宇野が、“チャレンジ”と“王道”の二段構成で、シニアデビューのシーズンにどこまで世界に衝撃を与えることができるのか、期待が集まる。


 さらに、先シーズングランプリシリーズ・NHK杯にて優勝を果たし、飛躍のシーズンとなった村上大介も注目したい選手のひとり。今シーズンのSPは「彼を帰して(ミュージカル『レ・ミゼラブル』より)」。柔らかで温かいメロディーに乗せ音楽の余韻を存分に味わうことのできる、これまでの村上とはひと味違った大人のプログラムに仕上がっている。


 また、FSではYOSHIKI(X JAPAN)が1999年、天皇陛下御即位10年の奉祝曲として作曲した「Anniversary」を演じる。この原稿を書いている時点ではまだ未公開となっているプログラムだが、この7分を超える壮大なオーケストラ楽曲を名振付師、ローリー・ニコルがどうプログラム構成してくるのか、非常に気になるところ。余談だがX JAPAN関連の楽曲は、現在宮原知子らのコーチを勤める田村岳斗(「紅」「Rocket Dive(hide with spread beaver)」など)や浅田舞(「amethyst」)により、これまでもプログラムで使用されている。


 さて、女子の注目選手を見てみよう。まず、先シーズン全日本女王に輝き、初出場の世界選手権で銀メダルを獲得した宮原知子。今シーズンのSPは「ファイヤー・ダンス(『リバー・ダンス』より)」。舞台「リバー・ダンス」を構成する楽曲である「ファイヤー・ダンス」は、アイルランドミュージックを根源として、フラメンコなどの多彩な音楽要素が組み込まれた舞台音楽。先シーズンのオリエンタリズムに溢れたFS「ミス・サイゴン」に続き、今シーズンも土着色溢れる音楽を演じる。


 FSはフランツ・リストの代表作「ため息」を演じる。ピアノの優雅な旋律が宮原の細やかで丁寧なスケーティングと絶妙にマッチした、早くも名作の予感が高まる美しいプログラムだ。


 続いて、先シーズングランプリシリーズ・ロステレコム杯で優勝するなど、一躍トップ選手の仲間入りを果たした本郷理華。今シーズンのSPは2014年に引退した所属クラブの先輩、鈴木明子の振付による「キダム(『シルク・ドゥ・ソレイユ』より)」。夢の世界を表現する幻想的な音楽に乗せ、メイクや衣装でもサーカスの世界観を再現する、非常にアバンギャルドな作品となった。


 FSは「リバー・ダンス(『リバー・ダンス』より)」。奇しくも宮原と同様、アイリッシュダンスの世界に挑戦する。振付を担当した宮本賢二作品らしいトランジション(繋ぎ)の濃いプログラムだが、タップを取り入れたダンサブルなプログラムに仕上がっている。


 そしてやはり、今シーズンはこの人のカムバックをなくして語れないのが浅田真央だ。一年間の休養ののち、競技復帰の道を選んだ浅田の新SPは「素敵なあなた」。原曲は1932年にショロム・セクンダにより、ミュージカル用に作曲されたジャズのスタンダード・ナンバーである。数多くのアーティストにカバーされている名曲で、浅田がどのバージョンを使用するのかはまだ明らかになっていないが、“もう一度言わせて、あなたはこの世界で一番美しい”と歌い上げるこの曲は、振付を担当したローリー・ニコルから浅田へのメッセージなのかもしれない。


 FSはジャコモ・プッチーニ作曲「蝶々夫人(オペラ『蝶々夫人』より)」。「蝶々夫人」は明治時代の長崎を舞台にひとりの日本女性の悲劇を描いた、日本で最も有名なオペラのひとつ。背景の通り、日本的で情緒的な旋律が随所に見られる作品でもある。SPで軽快なジャズ、そしてFSでは重厚感のあるドラマを演じ再スタートを切る浅田の、新たな挑戦を見守りたい。


 今シーズンの使用楽曲の傾向として、まず上げられるのがミュージカル、オペラといった歌劇楽曲が目立つことだ。先シーズンから解禁されたボーカル入り楽曲の使用が定着してきたことにより、より使用曲の幅が広がったように見受けられる。先シーズン、羽生、無良崇人、村上佳菜子などが使用し、フィギュア界で“大ブーム”となった「オペラ座の怪人」にも言えるが、ボーカル入りだからこそ映える名曲が当然ながら歌劇には多く、振付師も積極的に採用しているようだ。


 また、羽生の“和”楽曲や宇野のダンスミュージックなど、これまで自身になかった世界観に挑む選手が多いのも今季の特徴と言えるだろう。今シーズンは2014年のソチ五輪と2018年の平昌五輪のちょうど狭間であり、だからこそ表現の幅を広げる冒険のできるシーズンでもある。来シーズンからは平昌五輪への本格的な調整に入る選手も多い中、今シーズンのチャレンジが平昌五輪に向け、ひとつのキーポイントとなってくるのかもしれない。


 前述した選手以外にも、今シーズンも見所満載なフィギュアスケート。気になったプログラムの楽曲について知っておくと、より選手のプログラムへの思いが伝わるはず。今シーズンも選手全員の最高の演技を期待したい。(岡野 里衣子)