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中森明菜、通算50枚目のシングルに込めた思いとは? 小野島大が“現在のモチベーション”を読み解く

2015年10月02日 17:21  リアルサウンド

リアルサウンド

中森明菜

 中森明菜のニュー・シングル『unfixable c/w 雨月』がリリースされた。今年1月にリリースされた『Rojo -Tierra- c/w La Vida』以来8ヶ月ぶり、通算50枚目のシングルである。昨年夏にオールタイムベスト・アルバム2枚をリリースし35万枚を超える大ヒットを記録、さらに年末の紅白歌合戦にて4年5ヶ月ぶりに公の場所に姿を現し「Rojo -Tierra-」を歌うなど、明菜復活を予感させる華やかな話題に包まれていた前作に対して、今回は(本稿執筆時点では)本人のプロモーション稼働もなく、音源の公開も直前まで抑えられたこともあり、ずいぶん地味なリリースになった。しかし中森が1年に2枚のシングルをリリースするのは、2004年(「赤い花」「初めて出逢った日のように」)以来11年ぶりのことなのだ。カヴァー・アルバム『歌姫4 -My Eggs Benedict-』(2015年1月発売)とあわせれば、2015年の中森明菜は、近年になく動いた年だった、と言えないだろうか。


 今年1月に放映された『SONGSスペシャル 中森明菜 歌姫復活』では、第一線復帰への意欲を語り、2009年の『DIVA』以来のオリジナル・アルバムも制作中であることを明かし、非常に前向きな状態であることがうかがえたが、残念ながらニュー・アルバムの予定はいまだアナウンスされていない。海外でレコーディング継続中という中森の近況もほとんど伝えられていない。そんななか、いささか唐突にリリースされたのが『unfixable c/w 雨月』というわけだ。


 とはいえ通算50作目、しかも7月13日に50歳になったばかりという節目のリリースである。そこには中森なりの深い思いが込められているはずだ。
 「unfixable」はかねてから伝えられていた通り全編英語詞による楽曲。海外作家4人(ノルウエーのゴシック・ロック・バンド、シベールの元メンバーなど)の共作によるものだ。中森の英語詞作品といえば、1987年『Cross My Palm』が全曲NYレコーディング、全曲が海外の作家による英語詞作品だった。中森明菜22歳。出すシングルをすべてチャート1位に送り込み、音楽的のもセールス面でも、名実ともに絶頂期にあった時期の作品だ。この時期、中森は『不思議』『CRIMSON』そして本作と、コンセプトも楽曲も、そして歌唱もシングルではできない実験的・意欲的な試みをアルバムで展開していた。少女時代から洋楽リスナーだったという中森の指向がデビュー5年目にして形になった作品と言えるだろう。その後も『Femme Fatale』(1988)、そして前作『DIVA』と、折りに触れ海外作家との積極的なコラボレーションをはかり、中森の洋楽指向はそのつど形になってきた。そう考えれば全編英語詞の「unfixable」のリリースはなんら唐突ではない。『Diva』以降続くコンテンポラリーR&B指向をダークでメランコリックでゴシックな曲調に生かした佳曲である。ここにエミネムばりのカッティング・エッジなラップでもフィーチュアすれば(全体の曲調はエミネムの名曲「スタン」を思わせる)、アメリカのラジオでヘヴィ・ローテーションされても驚かない。


 だが、これはアルバム中の1曲ではない。シングル曲である。歌詞が英語であることもそうだし、音楽的にも、少なくとも日本のマーケットを第一に考えた曲調とは考えにくい。資料によれば、数曲の候補がある中で、中森の強いこだわりで最終的に「unfixable」に決まったという。求められる曲よりは自分の歌いたい曲を。それが現在の中森のモチベーションであり、そのアーティストとしての姿勢にはぶれがない。


 「Rojo -Tierra-」発売時の本サイトのコラム(http://realsound.jp/2015/01/post-2272.html)で、「彼女は良くも悪くも2015年の現在に於いても、J-POPではない「歌謡曲」の孤塁を守り続ける女王である」と書いたが、そうした「昭和歌謡の女王」としてのパブリック・イメージからすれば、日本語詞による、かの「難破船」(1987)を思わせる重厚な歌謡バラードに仕上げられたカップリングの「雨月」のほうが、シングル曲には相応しいと言える。作詞作曲は『DIVA』で5曲を提供した新屋豊。活動休止中の中森の気持ちが投影され、「自分ではどうにもならない苛立ち、焦り、それを乗り越えようと頑張れば必ず一筋の光が見えてくる」という思いがこめられているという歌詞は、中森自身にとっても、ファンにとっても重いものだ。だが彼女はこれをシングル曲には選ばなかった。それはここで描かれる苦悩の日々が、彼女にとって既に相対化された「過去」だからだろう。つまり現役第一線への本格復帰を目指し、未来へと進もうとする彼女の「現在」を表したものではないのである。おそらくそれがカップリング曲にとどまった理由だ。それでも4年半もの間の活動休止期間を総括しておくのは、アーティストとしてどうしても必要なことだったのだろう。


 その一方で「再生不可能」という意味を持つ「Unfixable」は、「男女ペアーのすれ違いのストーリーをもとに、絶対はない!予定通りには進まない!予期せぬ事態!うまく進めない、気づいているが、もうどにもできない、再生不可能、という内容」(メーカー資料より)だが、これは現在オリジナル・アルバムをレコーディング中の彼女の心境を投影しているのかもしれない。


 進行中のはずのニュー・アルバムの内容は「Rojo -Tierra- c/w La Vida」や、このシングルからは予想しにくい。特定のコンセプトにこだわるというより、おそらく彼女にとって歌う意味のある、発表する価値のある作品を時間をかけて集めているのだろう。焦らず、万全の体調で万全の作品を作ってほしい。


 そして『unfixable』と同時発売で、DVDボックス『中森明菜 プレミアム BOX ルーカス ~NHK紅白歌合戦 & レッツゴーヤング etc.』もリリースされた。『中森明菜 in 夜のヒットスタジオ』(2010)『ザ・ベストテン 中森明菜プレミアムBOX』(2012)に続く企画であり、デビューから昨年の紅白歌合戦、そして今年の『SONGSスペシャル 中森明菜 歌姫復活』までNHKの歌番組出演映像を集めたボックスで、総出演時間約400分のうち380分を収めている。


 既発のボックスとの大きな違いは、『夜ヒット』や『ザ・ベストテン』が(ほぼ)スタジオ収録なのに対して、NHKは多くの場合観客を集めてのホール出演であること。客を目の前にしてのライヴということで、スタジオ収録の作り込んだヴィジュアルとは違う緊張感が感じられるのが見所だ。(文=小野島大)