日本GPの予選で大クラッシュを喫したダニール・クビアト。マシンは大破、サーキットは凍りついたが、自力で脱出する姿を確認して、空気が緩んだ。しかし決勝に向けて、ほとんどゼロから用意された新しいマシンは決して完璧な状態ではなかった。入賞圏外ながら激しい闘志を見せたクビアトとチームの無線交信から、鈴鹿のハイライトを振り返る。
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「オーバーテイクボタンを使うな。信頼性のためだ」
17周目、クビアトにレースエンジニアのジャンピエロ・ランビアーズから指示が飛んだ。非力なルノー製パワーユニットで走るクビアトにとっては“死刑宣告”を受けたようなものだ。
予選の大クラッシュのせいでモノコックやパワーユニットなどマシンのほぼすべてを新たに組み上げ、ピットスタートで最後尾からの追い上げを強いられた。さらにレースを戦いながら、マシン制御ソフトウェアのセッティングを細かく調整しなければならなかった。
「マルチ10、ポジション8。急いでやってくれ」
「やってるけど、機能しないんだ」
「ではマルチ9に戻してからマルチ10にして、ポジション9にしてくれ」
クビアトとピットの間では、そんな緊迫したやりとりが交わされていた。土曜の夜にICE(エンジン本体)をはじめ全コンポーネントにわたって新品を投入したパワーユニットの制御系も完璧に準備できず、そのためにオーバーテイクボタンの使用は控えなければならなかった。
さらに集団の中で走っているため、ブレーキ温度が不安定で効きが悪くなり、ロックアップでタイヤを痛めてしまうという負のスパイラルに陥っていた。
「ターン11でブレーキが効かない!」(23周目)
「フロントアクスルが、またスプリットしている。ウォームアップすれば解消できるはずだ」
「シケインで、またブレーキを失っている。完全にブレーキが効かない」(44周目)
アグレッシブな3ストップ作戦を採ったが、ブレーキの不安定さゆえにタイヤマネージメントもうまくいかず、クビアトのフラストレーションは溜まる一方。34周目には、放送禁止用語を交えて、3回目のピットストップを自ら要求した。
「このタイヤは、もう終わってる! ピットインさせてくれ!」
「OK、ピットに入れ」
そして40周目には、エンジニアからの再三の指示に苛立ちを爆発させる。
「マルチ10、ポジション12」
「くそっ! オーバーテイクボタンを使わせてくれ! どうなんだ?」
クビアトは、またしても放送禁止用語で声を荒げたが、あくまで冷静に返事をするランビアーズの声に平常心を取り戻して、謝罪した。
「ダニー、オーバーテイクボタンは使えない」
「ごめん、興奮してしまった。ポジションはいくつだって?」
「マルチ10、ポジション12だ。確認だが、今回のレースは最後までオーバーテイクボタンを使ってはいけない。信頼性のためだ。すべてのセッティング変更はオーバーテイクのチャンスを最大限にするためのものだ」
「OK、わかったよ」
48周目、マーカス・エリクソンを先頭とした集団の中でセルジオ・ペレスやダニエル・リカルドと走っていたクビアトは、オーバーテイクボタンを使わせてくれと懇願する。使えないと理解してはいても、目の前のマシンを抜くために、そのボタンを押したい。それがドライバーの本能というものだ。
「彼らを抜くためにオーバーテイクボタンが必要だ」
「だめだ、ダニー」
最後はシケインで周回遅れになる際に隙を見せたエリクソンのインを突いて追い抜きに成功したが、13位でフィニッシュ。入賞には届かなかった。
「まるで無防備な状態だったよ」
チェッカーを受けたクビアトは、くやしそうに言った。
「とても退屈な午後だった。アタックもできずに走るしかない状況だったからね。完全に新しく組み上げたクルマだったし、楽じゃなかった。タイヤもブレーキもオーバーテイクボタンもうまく使えなかった。何台かは抜いたけど、それ以上どうすることもできなかったんだ」
リカルドが予選7位に入ったことからも、レッドブルRB11が鈴鹿で上位入賞のポテンシャルを秘めていたことは明らかだ。そのチャンスを逃した最大の原因は、予選での自身のミスだった。
「ヘアピンのブレーキングへ、できるだけまっすぐアプローチしようとしてアウト側に行き過ぎたんだ。横転するなんて初めてのことで、僕のキャリアで最大の事故と言えるだろう。土曜の夜にクルマを直してくれたチームみんなの働きにはとても感謝しているよ」
次戦は母国、ロシアGP。その前にクビアトは、またひとつ学んで成長したはずだ。
(米家峰起)