トップへ

物語は終わらないーー『デート』スペシャル版で描き出された“心”とは?

2015年09月30日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『デート~恋とはどんなものかしら~』公式サイト

 初回のオープニングを彷彿とさせるような、デートの待ち合わせシーン。しかし、そこに現れたのは、意外な人物だった! そんな驚きの展開から一気に時系列を遡り、そのシーンに至るまでの過程をていねいに描いてゆく構成。そして、いきなり始まる主人公たち……藪下依子(杏)と谷口巧(長谷川博己)の、何か根本的にズレているような気がするけど、理屈は通っているように思えなくもない、スピード感溢れる軽快な台詞の応酬。これが『デート』の世界だ! 『デート』が本当に帰って来た! 連続ドラマ放送時からのファンは、オープニングで思わず快哉を叫んだに違いない。スペシャル・ドラマ『デート~恋とはどんなものかしら~2015夏 秘湯』(9月29日、夜9:00~11:18放送)は、こんなふうにスタートした。


参考:本田翼は棒ではない、真っ白なキャンバスなのだ 『恋仲』をめぐる通説批判


 連続ドラマの最終回で、大団円を迎えたように思えた主人公たちの「その後の話」が描かれるという今回のスペシャル版。あらかじめ、「今回のテーマは“心”です」と告知されていた本作は、果たしてどのように“心”を描き出してみせたのだろうか? 感情に惑わされることなく、何事も論理的に考えることから、「君は心がない」と言われ続けていた依子。彼女は巧との結婚に向けた準備として、細部まで徹底的に書き込まれた極厚の「結婚契約書」を完成させる。しかし、そこに書かれた通り共同生活を営むことなど、本当に可能なのだろうか? そんな思いから、ひとまず「半同棲」生活をスタートさせてみるも、そこでふたりの「違い」が改めて浮き彫りとなり……それに加えて、ある日ふたりの前に現れた和服姿の美女(芦名星)の存在。やがて、依子はそれまで考えもしなかった、巧の「浮気」を疑うようになるのだった。


 というのが、今回の大まかなプロットだ。ある意味「“ファン感謝祭”のようなもの」と事前にキャストが言っていた通り、主演のふたりをはじめ、彼女たちを取り囲む人々――依子の父親(松重豊)と母(和久井映見)、依子に恋心を抱く好青年・鷲尾(中島裕翔/Hey! Say! JUMP)、そして巧の母(風吹ジュン)と巧の幼馴染の兄妹である宗太郎(松尾諭)と佳織(国仲涼子)……出産直前につき、残念ながら声のみの出演となった国仲を除いては、連続ドラマのキャストが勢ぞろいし、そのアンサンブルが織りなす『デート』ならではの愛すべき世界を存分に披露した今回のスペシャル版。冒頭に挙げた導入部の展開から、連続ドラマ同様『デート』マナーに則った構成で小気味よく進められてゆく物語。謎の進化を果たした依子のアヒル口や、相変わらず文豪の名言を台詞の端々に混ぜてくる巧、実は横浜の名所紹介にもなっているロケ地、秀逸なサウンドトラックなど、『デート』の世界全体を愛する者にとっては、実に楽しい時間が久方ぶりに流れてゆく。そうそう、これだよ。


 かくして、迎えたクライマックスの舞台は、『こころ』などで知られる文豪・夏目漱石ゆかりの地でもある、伊豆・修善寺の温泉宿。さすがはスペシャル版である。そこに主要キャストが勢ぞろいするなか、すわ刃傷沙汰という派手な修羅場を含むひと騒動があったのち、山奥にあるという“秘湯”を探して歩き出す依子と巧。しかし、いつのまにかふたりは道に迷ってしまい……。そこから始まる、山小屋のシークエンスが、何といっても今回のハイライトだった。「どこで道を間違えたのかしら……」という依子の言葉を受けて、「僕たちを騙したんです。最初から“秘湯”なんてないんだ」とのたまう巧。そこからふたりの会話は、自然と今回の騒動を振り返るような展開に。「浮気」の事実が無かったことを、つまびらかに説明する巧。しかし、依子は食い下がる。「でも、心のなかでは、どうだったんですか?」。さらに、「あなたの心のなかを知りたいんです」とも。それを受けて、心は常に複雑としながらも、「でも、心の真ん中にいるのは、いつも君ですよ」、「心の中心部分をいつも君が占めているんです」と、その気持ちを巧は正直に告白するのだった。


 依子は言う。「心が欲しいです」。心のなかは制御不能であると知りながら、「でも、心が欲しいです。あなたの心が欲しいです。隅々まで全部欲しいです」。そんな彼女の言葉に戸惑いながら、唐突に「アイ・ラブ・ユー」を「月が綺麗ですね」と訳したという漱石の逸話を披露する巧。そして、彼は言うのだった。「つまり、月が綺麗なんです」。リアルタイムでは、“スーパームーン”が話題となっていたこの日に、このネタを持って来る本作の脚本家・古沢良太の周到さよ! そして巧は言う。「あげますよ。僕の心なんかで良ければ、隅々まで全部あげます。その代わり、君のも欲しいです。隅々まで全部欲しいです」。途中回想シーンを挟みながら、実に15分以上にもわたって延々と繰り広げられたこのシーンは、間違いなく今回のクライマックスだった。そして翌朝、ふたりはついに“秘湯”を発見する。


 その後、横浜に帰って展開される、依子の“プロポーズ・ショー”の印象があまりにも強すぎて、思わず見落としそうになったけれど、その“秘湯”は、のちに依子自身によって“依子の湯”と名づけられることになる。それって、どんな意味があったんだろう? 「無いと思っていたものがあった」……そう、“秘湯”とはすなわち、「心が無い」と言われ続けていた依子の“心”を意味していたのだ。本作のサブタイトルは、『2015夏 秘湯』……意外と分かりにくい! かくして、ふたりが事前に作成した「結婚契約書」は破棄され、新たな「結婚契約書」の作成がスタートする。依子は言う。「どうやら、認めざるをえないようです。結婚生活において最も重要なのは、お互いを思いやる愛情なのだ、と」。それを受けて巧は言う。「不本意だけど認めざるを得ないですね。愛こそすべてだ」。出会った当初、愛だの恋だのに頓着しないことで意気投合したはずのふたりが、最後の最後に見せた、この驚きの展開。そして、“心”、“愛”といった計量不可能なものを盛り込んだ、新たな「結婚契約書」の作成が始まるのだが、それはのっけから難航し……結局、物語は振り出しに戻るのだった。


 ある意味、回りまわって再び同じ場所へと戻ってきたようにも思える今回のスペシャル版。それは、ある意味、この物語の「終わらなさ」を暗示するようなものでもあった。端的に言えば、さらなる続編の可能性を示唆するような終わり方(巧が最後言い放った「こりゃ結婚できないわ」という台詞は、どういうことなんだろう?)。このドラマの続編が、今後作られるかどうかは、もちろん分からない。しかし、もし続くのであれば、今回登場シーンが限られてしまった佳織(国仲涼子)の活躍を……というか、その分、依子と巧の関係をかきまわす“狂言回し”の役を一手に担い、よく考えたらキス・シーンすらなかった(全部寸止め)このドラマのなかで、温泉でのサービス・ショット(?)を含む孤軍奮闘ぶりを披露して、最後まさかの行方不明で終わってしまった鷲尾君(中島裕翔)が浮かばれることを期待します!(麦倉正樹)