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RIP SLYMEの音楽はなぜいつも「新感覚」なのか? ニューアルバム『10』までの歴史を辿る

2015年09月30日 11:41  リアルサウンド

リアルサウンド

RIP SLYME

 RIP SLYMEが約2年ぶりに放つニューアルバム『10』。今回のアルバムの特徴は、すでに耳馴染みの曲が多いことだ。今年4月と7月にリリースしたトリプルA面シングルから5曲を収録し、それらを含めて全15曲中7曲に8つのタイアップがついている。しかも、そのクライアントの業種が、外車にけん玉、観光にラジオ局、ファッションブランド、バラエティ番組、アニメ番組、乳飲料と見事にバラバラ。これほど多岐に渡るジャンルにマッチする楽曲を自分たちの手で次々に生み出せる振り幅を持ったグループはそうそういないだろう。


 さらに、今回はいしわたり淳治がリリックをプロデュースした異色のブルージーチューンや、浜野謙太率いる在日ファンクを迎えた任侠エロファンク曲を新録。ジャケットは10枚目のアルバムということで、色鮮やかな縁起物が飾られた熊手をモチーフにしているが、中身も実にカラフルな仕上がりになっている。


 とはいえ、サウンドそのものが絢爛でケバケバしいのかというと、そうではない。足し算ではなく引き算の発想で作られたトラックの数々は風通しがよく、まろやかな印象。空間の広がりや温もりを感じさせるアトモスフェリックな音響も所々に顔を出すため、元気ハツラツというよりはピースで笑顔といった佇まいも感じさせる。アレンジもよく練られていて、例えるなら1曲1曲が、丁寧に出汁を取って作られた細部へのこだわりを感じる和食のよう。アラカルトで楽しめるそんな一品料理の数々を、DJ FUMIYAがインスト曲やSEなどを適度にちりばめてコース料理へと進化させた、そんな一枚になっている。


 本作はメジャーデビューアルバム『FIVE』から数えて10枚目のオリジナル作。振り返れば『FIVE』も相当にカラフルなアルバムだった。ぶっといキックでビートを刻んだかと思えば、乾いたアコギがジャカジャカ鳴らされ、陽気なホーンが騒ぎ出して、美しいストリングスが舞う。ヒップホップにファンクにソウルにフォークにロック。スペイシーなインストから、オールディーズネタのドリーミーなポップスまで。そんな多彩な音を一枚のアルバムに詰め込んだラップグループは日本にそれまでいなかった。ゲストもYO-KING(真心ブラザーズ)、BLACK BOTTOM BRASS BAND、KYON(元ボ・ガンボス)、MELLOW YELLOWと幅広い顔ぶれ。そもそもメジャーデビュー曲「STEPPER’S DELIGHT」だって、ロックンロールとボサノヴァとラテンとレゲエとドラムベースを高次元ブレンドした、それまでに聴いたことがないダンスミュージックだった。


 他に類を見ない画期的なサウンドでJ-POP界に現れ、衝撃を与えたRIP SLYME。しかも、彼らが生み出す音は、新奇なのにキャッチーだった。じゃなければ、「楽園ベイべー」のヒットは生まれていないだろうし、セカンドアルバム『TOKYO CLASSIC』は100万枚セールスを記録していないはず。ちなみに「楽園ベイベー」は、ドラムがキックの音しかない(つまりスネアがない)という、ポップスとしてはかなり実験的な構造だが、いまだにサマークラシックとして人気の曲。「ヒップホップ・バラード」の先鞭をつけたのも彼らの「One」だろう。


 そんな彼らのサウンドに大きな変化が表れたのが4作目『MASTERPIECE』(2004年)。生音を多用するプロダクションが一気に増え、「黄昏サラウンド」という良質メロウナンバーが誕生。このアルバムでは完全バンドスタイルでツアー(MASTERPIECE TOUR 2004)を開催し、日本のヒップホップにまたもや新しいスタイルを開拓した。続く『EPOCH』『FUNFAIR』では振り子作用もあってか生音のプリミティブな感じやアナログ感をデジタルの打ち込みで表現するという方向へ。ただ、デビュー当初は盛る方向だった打ち込みが、徐々にシンプルな作りに変化していったのがこの頃だ。そして8作目『JOURNEY』辺りから、もともとFUMIYAにあった60~70年代ポップス/ロックサウンド志向が大きく開花。『STAR』ではそこにRIP SLYMEのもうひとりのサウンドブレインであるPESが80年代シンセポップ感を加味。ヴィンテージな音や雰囲気を現代にアップデートさせた音作りが増えていくなかで、前作『GOLDEN TIME』に収録されたディスコ調のシングル曲「SLY」も生まれた。


 懐かしさや安心感を覚えるような耳に馴染みやすいアナログな質感と、イマドキの最先端ダンスミュージックの融合。アナデジ両方の旨味を活かす二元的サウンドデザイン。これが最近のRIP SLYMEの音作りのテーマだ。融合といってもトレンドの音をそのまんま取り込むのではない。そのエッセンスを前例のないカタチで、予想外のジャンルに、絶妙な塩梅で採り入れる。たとえば最新作収録曲「KINGDOM」は、90年代オルタナと70年代フォークロックとダブステップの融合。こんな音でラップしてるグループは世界を見渡してもいないと思うし、最新作『10』ではそのサウンドデザインが洗練を極めた感すらある。


 違和感を覚える音なのに、いつの間にかクセになってる。どこかで聴いたことがある音だけど新感覚。クラシックでありながらモダン。そんな音をいつもRIP SLYMEは生み出し、J-POPの第一線を走り続けてきた。『FIVE』から14年、10作目。それだけの年月を経れば当然音作りは進化する。サウンドのスタイルは変わる。でも、スタンスは同じ。前衛的なのに普遍的。だから、いつ聴いてもフレッシュ。そんな音を鳴らす永遠の異端児、RIP SLYME。最新作『10』には、変わりゆく自分たちの変わらないものが詰まっている。
(文=猪又 孝)