トップへ

椎名林檎の曲はなぜ強烈に個性的なのか? “林檎節”の特徴を譜割り・コードから徹底解説

2015年09月29日 18:11  リアルサウンド

リアルサウンド

椎名林檎

 11月25日にリリースされる、柴咲コウのニューシングル「野生の同盟」の表題曲は、椎名林檎が作詞作曲、アレンジそしてプロデュースを担当したことで話題となっている。これまでにも椎名は、様々なアーティストへの楽曲提供やプロデュース、映画や舞台の劇伴などを手掛けてきたが、どの曲も一聴して彼女の曲だと分かる強烈な個性を感じさせるものだ。


(関連:椎名林檎の歌詞はなぜJ-POP界で異彩? “歌不要論者”だからこそ書けるコトバとは


 椎名の楽曲といえば、唯一無二ともいえる歌声やヴォーカル・パフォーマンスにまず耳を奪われるが、たとえ彼女が歌ってなくてもそれと分かるのは、そのソングライティングにも特徴があるからに他ならない。そこで今回は、彼女が他アーティストに提供してきた楽曲を聴きながら、「林檎節」ともいえるエッセンスを紹介していきたい。


 彼女のソングライティングで最も特徴的なのは、テンションコードやテンションノートを「ここぞ」という絶妙なポイントで使用している点がまず挙げられる。特によく使われているのが、9thや11th、13thといったテンション。例えば、ともさかりえに提供した「カプチーノ」では、<あたしの成長を待って>と歌う部分で、Cm7というコードに対し、Fの音が使われている。これは11thの響きとなるわけだが、ほんの一瞬出てきただけで、椎名らしいアクの強さにハッとさせられるのだ。このアクの強さは、彼女自身の曲では「茎」(『加爾基 精液 栗ノ花』収録)でも堪能できる。<クレマチス>と歌うところはD7のコードに対して、EとD#という2つのテンションノートが登場し、それぞれ9thと♭9thの響きを担っている。実際に歌ってみると非常に難易度が高いが、この曲を忘れがたいものにしている重要な部分だ。また、栗山千明に提供した「決定的三分間」では、サビの<奪われて>と歌う部分、Amというコードに対してEの音を比較的長めに伸ばしている。これは13thの響きになっており、どこにも着地できない浮遊感が、いつまでも耳に残る中毒的な作用をもたらしている。


 おそらく、こうしたテンションノート、テンションコードはジャズの影響によるものと思われるが、シンプルなコード進行に対してメロディだけがテンションノートになるなど、ロックのフォーマットに落とし込むことで彼女らしさを出している点も指摘しておきたい。ただし、一歩間違えると途端に作為的に聞こえてしまう。あくまでも、必然性を持ったメロディであることが大切なのだ。


 次に特徴的なのは「セカンダリードミナント」を多用していること。特に多いのが、キーがCの曲に対して使うE7。ダイアトニックコードであれば通常Em7とするところを、3度の音を半音上げてE7にすることで、なんとも切ない響きを作り出している(このE7はAmを導きやすいコードでもある)。初期の代表曲「幸福論」は、まさにこのE7(ここではキーがFなのでA7)を効果的に使って、モータウン調のポップソングに「林檎節」を加えている。彼女が他アーティストに提供した曲で、これと同じ効果を持つのが例えば栗山千明に提供した「青春の瞬き」。この曲のキーであるCに対し、セカンダリー・ドミナントであるE7を随所に挿入、その際「Bm7-E7」というツー・ファイブに分解して、次にくるAm7をより導きやすくしている。


 ベースが半音ずつ下降(もしくは上昇)する「クリシェ」はポップミュージックの王道だが、椎名も「罪と罰」や「透明人間」など、多くの曲で使用している。TOKIOに提供した「雨傘」も、<雨音は何処にぶつかり派手になるのか>の部分でCmaj7-Bm7-B♭maj7という半音進行を用いた。ちなみにこの曲も、上述したセカンダリードミナントの宝庫だ。


 以前、tofubeatsにインタビューしたとき、好きなコード進行として「やっぱり、ドミナントコードから入って、みたいのは好きですね」と話していたが(拙著『メロディがひらめくとき』DU BOOKS)、椎名もサビがトニック以外のコードで始まるパターンをよく使っている。広末涼子に提供した「プライベイト」のサビは、Aのキーに対しサブドミナントコードのDから始まっているが、これは「ギブス」などと同じ手法で、VIm(「プライベイト」の場合F#m)で終わることにより、疾走感と哀愁感が入り混じったような印象を聴き手に与えている。


 リズム面では、スウィング(PUFFY「主演の女」)やファンク(SMAP「真夏の脱獄者」)、ロック(TOKIO「渦中の男」)など様々なスタイルを取り入れているが、メロディはあまり細かく刻まず、オモテ拍を意識した譜割になっていることが多い。椎名の曲にある、どこか懐かしい昭和歌謡なムードはこの譜割によるところが大きいのではないか。


 以上、駆け足で紹介してきたが、椎名林檎のメロディが持つ強烈なアク=個性は、他アーティストが歌うことによって、より浮き彫りになる部分もあった。メロディの中の、どの部分に「林檎節」を感じるか、何故そう感じるのか、注意しながら聴いてみると、また違った楽しさを味わえるかも知れない。(黒田隆憲)