トップへ

パスピエの魅力は、強く太い一本線になったーー間口を広げて成長するバンドの今を分析

2015年09月29日 15:31  リアルサウンド

リアルサウンド

パスピエ

「ノリやすい曲たちじゃないけど、“聴いて考える楽しみ”があると思ってる」(成田ハネダ)


(関連:パスピエが提示する、リズムの“新モード”とは?「『四つ打ちの中で新たな解釈を生み出さないと』と危機感が生まれた」


 パスピエが、9月25日にメジャー3rdフルアルバム『娑婆ラバ』(9月9日発売)のリリースを記念して行ったライブ中、成田ハネダは同作についてこう語っていた。


 『娑婆ラバ』という作品は、これまでパスピエがライブを意識した作品や、その反動として作ったテクニカルな楽曲たちのリリースを経て、バンド自身と真正面から向き合ったアルバムに仕上がっていた。また、9月21日付の週間CDアルバムランキング(オリコン)で8位にランクインするなど、好調な売上を叩き出していることから、バンドの充実度もうかがえる。そして、この日はそれらの楽曲を初めてファンへ向けて披露する場であり、同時に過去作との共振を一つずつ確かめる時間でもあったといえるだろう。


 その“公開実験”は、「つくり囃子」「贅沢ないいわけ」「トロイメライ」「アンサー」という流れでスタートした序盤の展開に顕著だった。「つくり囃子」は、成田が「『四つ打ちの中で新たな解釈を生み出していかないと』という危機感が生まれた」とインタビューで語っているように、パスピエにとって様々な難題と向き合った『娑婆ラバ』の核となる一曲。そこからストレートなポップスである「贅沢ないいわけ」に繋ぎ、2ndミニアルバム『ONOMIMONO』のリード曲「トロイメライ」へと続く。同曲もまた、複雑だが同時にポップスでもあるという展開でもって、パブリックイメージとしての“パスピエらしさ”を明確に提示した一曲だ。そこから『娑婆ラバ』でもとりわけ開放的な「アンサー」でこのパートを締めたのだが、観客はこの間、良い塩梅で思い思いの動きーーいわゆる「聴いて考えた」結果を実行していたように見て取れた。


 続くMCでは、大胡田なつきが「ここが気持ちいいな、という部分を一緒に見つけられたらと思います。生で『娑婆ラバ』を楽しんでください」と語った。同作には、およそライブで再現不可能な演奏や音の重ね方が多いため、聴き手もどのようにこれらの楽曲が披露されるのか楽しみにしていた部分も大きいだろう。5曲目の「蜘蛛の糸」は、ボーカルエフェクトの強い、不穏な雰囲気を醸し出す原曲とは異なり、大胡田がエフェクト無しで歌い、三澤のギターと露崎のベースが前に出るロックな楽曲に変わっていたことに、彼女の言う“生らしさ”を感じたことも記しておく。


 今回のライブでは、各アルバムから様々な楽曲が披露されたが、『娑婆ラバ』の楽曲とは対照的に、「△」「シネマ」「SS」「フィーバー」といったメジャー1stフルアルバム『演出家出演』の楽曲では、フロアの観客が一層盛り上がっていた。パスピエの認知を広げ、ライブ動員を増やしたのは、間違いなく同作であることがこの反応から実感できる。成田がかねがね「ライブ一辺倒なシーンへの対応」を口にするのは、これらの楽曲が、パスピエのライブ自体でよりフィジカルに機能していることもあってのことだろう。『娑婆ラバ』の楽曲をより良く伝えるため、本編ではなるべく“聴いて考える音楽”を披露し、アンコールに「SS」と「フィーバー」を演奏することで、観客の欲求も満たすというライブの構成に、パスピエが持つ、研ぎ澄まされたバランス感覚を見たように思える。そして、成田は終盤のMCで、観客へ向けて下記のような言葉を述べた。


 「今まで表に出てこなかった根暗なシャイバンドが、ラジオのレギュラーや各所でのインタビューなどのきっかけをもらった。曲だけじゃ語りつくせない分も含めて、もっとパスピエを堪能してもらえたらと思います」


 パスピエというバンドは、その飄々としたスタンスやインタビューなどでの発言から「聴き手を煙に巻く」といったイメージで捉えられることが少なくない。だが、先述の記事で成田が「アルバムのテーマとして、パスピエのストレートな部分もそうですが、内側にある“純粋に音楽が好き”というものもあって」と語っているように、根幹には“より多くの人に音楽を広めたい”気持ちがあり、あえて自分たちを多角的に見せることによって、バンドの間口をより広くし、受け手の自由度を高めているともいえる。だからこそ、作品だけを聴けばポップでプログレッシブなアーティストに、ライブを見ればフィジカルなロックバンドに捉えることができるし、インタビューを読めばラディカルで戦略的な一面を、ラジオやTwitterでは、若者らしい無邪気さを隠さない。そんなバンドのスタンスは、メジャーデビューから3年の時を経て、武道館公演を目前にしたところで、強く太い一本の線になった。そのことを、パスピエはこの日のライブとセットリストをもって証明してみせたのだ。


「パスピエのこれまでとこれからを、歌と曲で表現できた」


 大胡田がそうMCで述べたのは、本編最後の「素顔」を演奏する直前だった。“素顔を見せない”ことでひとつの“アイデンティティ”を示してきたバンドが、<素直になれない 今の私を愛して>と歌う。成田と大胡田が歌詞を共作し、パスピエ自体のシニカルな部分に踏み込んだ同曲をもって、バンドは自身に向き合い切った。


 バンドシーンに向けた『演出家出演』、その反動で内側へ向くようになった『幕の内ISM』、“パスピエらしさ”と対峙した『娑婆ラバ』を経て、次作はどこへ焦点を当てるのか、今から楽しみでならない。アイデンティティを増やしながら一歩ずつ前進する同バンドの成長ぶりに、大きな期待を抱かざるを得ないライブだった。(中村拓海)