ドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』が、11月下旬から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開される。
1940年代からアメリカ・ニューヨークを拠点に活動し、2013年に逝去した写真家ソール・ライター。豊かな色彩や大胆な構図によるカラー写真で注目を集め、『ハーパーズ バザー』『ヴォーグ』といったファッション誌の表紙も手掛けた。写真に商業性が強く求められ始めた1980年代に表舞台から姿を消したが、2006年に未発表の個人的な写真などをまとめた初の作品集『Early Color』がドイツの出版社シュタイデルから刊行されたことをきっかけに「再発見」され、以降展覧会の開催や作品集の出版が続いている。
ソール・ライターの半生を追う同作では、「人生で大切なことは、何を手に入れるかじゃない。何を捨てるかということだ」と語り、あえて名声から距離を置いたライターの人生観や人物像、都市の風景を写し出す独自の表現に迫る。監督・撮影は同作が初の長編ドキュメンタリー作品となるイギリス出身のトーマス・リーチが担当。字幕翻訳は柴田元幸が手掛けている。
柴田はライター作品の魅力について「雨やガラスを使って一見すごく仕掛けっぽいのに作為を感じさせず、素直に美しいところ。対象の重要性(有名人とか)に寄りかからないのに、さりとて自分のエゴ全開というのでもなく、名もない対象を『自立』させているように思えるところ」と語っている。
■柴田元幸のコメント
この映画には、ものすごく盛り上がる感動的な場面もないし、涙なしでは見られないような派手に胸を打つシーンもないし、愛の素晴らしさを朗々と謳い上げるような展開もありません。
あるのは、生涯おおむね好きなように生きてきて、そのせいでそれなりに辛い思いもしただろうけど、べつに後悔もしていないし、引け目を感じたりもしていない人が、自分の人生観をぽつぽつと語る姿です。
彼が撮った素晴らしい写真も随所に挟みこまれるし、彼を敬愛する人たちのあたたかい視線が感じられたりもするのですが、基本的には、猫背のおじいさんがのそのそ動きながらもごもご喋っている映画です。
でも、それが、とてもいい感じだと思うのです。
まったく個人的な話になってしまいますが、このソール・ライターという人の笑顔は、誰かに似ている、とずっと思っていたのですが、あるときふっと、これは僕に文学の素晴らしさを最初に教えてくれた中学の国語の先生の笑顔と同じだと思いあたりました。