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姫乃たまのユニット作『僕とジョルジュ』が放つ異彩 底なし沼のような“怪作”を読み解く

2015年09月28日 18:21  リアルサウンド

リアルサウンド

僕とジョルジュ『僕とジョルジュ』(MY BEST! RECORDS)

 姫乃たまは自分自身を「地下アイドル」と称する。しかし、彼女と佐藤優介、金子麻友美によるユニット「僕とジョルジュ」による同名アルバム『僕とジョルジュ』は、地下アイドルというイメージからも遠く離れた、暗く深い地下壕のような作品だ。深読みをすればするほど溺れ死ぬ、底なし沼のような怪作。そしらぬふりをした方が身のためかもしれない。


 姫乃たまは、エロ方面にも造詣の深いライターとしても活躍し、9月22日には初の単著『潜行 -地下アイドルの人に言えない生活』を発売したアイドル。私が彼女と初めて話したのは『週刊金曜日』のイベント(参考:『アイドル論者が語る“握手会と現場”の最前線「人の心は金で買えないけど、ヲタの心は“握り”で買える」』)に一緒に登壇した日だったが、あのとき「私のライヴにいらっしゃいましたよね……?」と瞬時に私の素性を見抜いた彼女の聡明な目は忘れられない。


 佐藤優介は、カメラ=万年筆のメンバーにして、スカートやカーネーションなどのサポート・メンバーとしても活躍するミュージシャン。アイドル関連では、うどん兄弟の『ラストアルバムvol.1』をカメラ=万年筆としてサウンド・プロデュースしたことが記憶に新しい。金子麻友美は、Nゼロなどアイドルへの楽曲提供も行っているシンガーソングライター。彼女のアルバム『はじまるマジカル』は8月5日に発売され、『僕とジョルジュ』は8月19日に発売。関連作品が8月に2枚連続でリリースされたことになる。私が初めて金子麻友美の名を知ったのはマーライオンのサポートだったが、そのマーライオンと姫乃たまは旧友でもある。因果は静かに渦巻いている。


 そして、『僕とジョルジュ』も金子麻友美の『はじまるマジカル』も、MY BEST!レーベルからリリースされている。ぱいぱいでか美の2014年のアルバム『レッツドリーム小学校』もこのレーベルからリリースされており、人脈的には『僕とジョルジュ』と重なっている。そんな一筋縄ではいかないMY BEST!レーベルの中でも、『僕とジョルジュ』はひときわ異彩を放っているアルバムだ。


 私はアナログレコードを聴いて育った世代なので、短いアルバムが好きだ。が、『僕とジョルジュ』は21曲も収録されているのに、34分に満たない。極端すぎて不穏な香りがする。ゲスト・ミュージシャンには、スカートの澤部渡、NATURE DANGER GANGのシマダボーイ、タコ/ガセネタの山崎春美などの名前があるが、各曲ごとの詳細なクレジットはない。ヒントがないのだ。聴きはじめると同時に、もう退路が断たれたも同然である。


 『僕とジョルジュ』には、「恋のすゝめ」というリード・ナンバーがある。アルバムの2曲目だ。姫乃たまとシマダボーイが恋人役(?)で出演しているMVも制作されている。


 「恋のすゝめ」は、言うのも憚られるほどストレートに後期ピチカート・ファイヴだ。「電話のベル」「レコードの針」といった歌詞の単語も「いかにも」である。しかし、『僕とジョルジュ』というアルバム全体としては、野宮真貴が加入してからのピチカート・ファイヴよりも、まだ田島貴男が在籍していた1990年の傑作『月面軟着陸』を連想させられる。そこに共通しているのは、少しドロッとしたほどの密度だ。


 『僕とジョルジュ』には、物憂げで背徳的なフレンチ・ポップ風味の楽曲が多い。そして、最短で13秒、最長でも3分29秒という楽曲の短さで、その展開のめまぐるしさは、さながらアヴァン・ポップだ。モーガン・フィッシャーのアルバムを聴いているかのような錯覚にも陥る。


 中盤でダメ押しのように迫ってくるのが「恋のジュジュカ」だ。女声による「抱いて」という囁きと、男声による叫びが交錯する。それはまるで、ジョン・レノン&オノ・ヨーコの「ダブル・ファンタジー」でオノ・ヨーコが「抱いて」と言い続ける「キス・キス・キス」と、ローリング・ストーンズの「この世界に愛を(We Love You)」のサイケデリックな妖しさを、1曲中で強引に交配させたかのようなのだ。


 また、60年代英国風ロックの「巨大な遊園地」は、ビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」を聴いているかのような大団円感がある。何が何だかわからないが大団円だ。次の楽曲でアルバムは終わる。


 『僕とジョルジュ』で何よりも新鮮なのは、ヴォーカリストとしての姫乃たまだ。失礼ながら、これほど「歌える」ヴォーカリストであったことを『僕とジョルジュ』を通じて初めて知った。また、作詞も姫乃たまが担当しているが、彼女が溌剌と歌う「健康な花嫁」では、変なことは一切歌っていないのに何かがおかしい。すると、「お薬もやめるわ / いつかできる」という歌詞が終盤に出てくる。歌詞の主人公はおそらく薬漬けだ。サラッとした「闇」の見せ方がうまい。


 ポップなのだが、少し退廃的で神経症的。『僕とジョルジュ』を聴き終えて思い出したのは、かつてSPANK HAPPYというグループにいた岩澤瞳という不世出のヴォーカリストのことだ。岩澤瞳が引退してから、かれこれ11年ほど彼女を忘れられないという奇病を私は患い続けている。しかも、JUMEAUX OBSCENESというSPANK HAPPYのコピーユニットと姫乃たまは共演したこともあるし、さらにはJUMEAUX OBSCENESの松村謙一郎とのデュエットで、姫乃たまが岩澤瞳役としてSPANK HAPPYの楽曲を歌っていたこともあった。


 ならば、姫乃たまは岩澤瞳にかわって、一刻も早く私を救い出してくれないか。この宿年の闇から。


 「僕とジョルジュ」は、そんな妄執をも聴き手から引き出してしまう。罪なアルバムだ。(宗像明将)