今年も日本GPが終了しました。終わってみれば、ルイス・ハミルトンが圧勝。ポールポジションからスタートした最大のライバル、ニコ・ロズベルグをスタート直後の2コーナーで下し、そのまま53周を、一度も首位を明け渡すことなく走り切りました。そのレースペースを見れば、どれほどまでに完勝だったのかが、よく分かります。
ハミルトンは1周目に先頭に立つと、2番手のセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)よりも1周あたり0.5秒ほど速いペースで走り、最初のタイヤ交換を行った直後の差を6.9秒としました。その後も、やはりベッテルよりも0.5~1秒速いペースで走行し、2度目のタイヤ交換を終えた直後の差を約10秒と広げ……ここで完全に勝負ありました。
ただ、これほどまでに強い勝ち方を見せたハミルトンですが、それでも余裕残しだったように思います。ハミルトンは2回目のタイヤ交換を終えた直後のラップで、1分36秒145というとてつもないファステストラップを記録しています。このラップタイム記録は、最速タイム2位となったロズベルグの1分37秒147より、1秒以上も速いもの。この1周を見せつけたことで後続に引導を渡し、勝利を確実なものとしました。もし、この時2番手を走っていたロズベルグがペースを上げて迫る素振りを見せたならば、ハミルトンもペースを上げ、差をキープすることができたでしょう。逆を言えば、1周目に先行を許してしまった時点で、ロズベルグには勝ち目がなかったと言うことができそうです。
そのロズベルグは、前出の1周目2コーナーの攻防でコースをはみ出してしまい、ハミルトンの先行を許したばかりか、ベッテルとバルテリ・ボッタスに前に出られてしまいました。結果的にロズベルグは、ボッタスとベッテルをピットストップ戦略によって抜くことになるわけですが、彼はその2回の“オーバーテイク”で、全く別の方法を使いました。
レース序盤、ロズベルグはボッタスに抑えられる形で走行していました。しかし、ボッタスは8周目以降デグラデーション(タイヤの性能劣化によるペースへの影響)の兆候が見え、徐々にペースを落としていきます。そして11周目にピットイン。本来ならばロズベルグは、これに合わせるように自らもすぐ翌周にピットインするはずです。しかし、今回のロズベルグはそうしませんでした。彼はタイヤを交換しなくとも、タイヤを変えたボッタスより速いペースで周回できたからです。そのためロズベルグは、ボッタスの前で確実に戻ることのできる差を生み出すまでコースに留まり、そしてピットイン。先行することに成功しました。この作戦を“オーバーカット”と言います。
ボッタスを抜いたロズベルグ。次の標的は、2番手を走行するベッテルです。ロズベルグはこのベッテルに対し、“オーバーカット”とは逆の“アンダーカット”作戦を実行し、成功させました。ロズベルグは最初のタイヤ交換を行った後、ベッテルの背後に付く形で走行を重ねます。しかし、鈴鹿サーキットは非常に抜きにくいコース。今回のメルセデスAMGは最高速に秀でていましたが、それでも、フェラーリを抜くのは簡単ではありません。ベッテルを抜けないロズベルグは、ベッテルよりも早く29周目にピットインし、新しいタイヤを装着して、他車に邪魔されずに速いペースで走ることを選択します。これが“アンダーカット”です。タイヤを換え、コースに復帰したロズベルグは、力の限り飛ばします。そして、このレースの自身最速タイムを記録(それでも、ハミルトンが記録した最速タイムよりも1秒遅いラップタイムでしたが……)。ベッテルはロズベルグの翌周にピットに入りますが、時すでに遅し……。ピットレーンを出たところ、ロズベルグがその横を駆け抜けていき、ポジションを奪われてしまいました。その後のロズベルグは、ベッテルのペースを注視し、ペースを抑えてタイヤを労りながら、チェッカーを目指すだけでよかった。これで、メルセデスAMGの1-2体制が築き上げられたのです。
前回のシンガポールGPで、ベッテルは神業とも言えるような絶妙なペースコントロールを見せ、圧勝してみせました。今回のハミルトンも、それに勝るとも劣らない、素晴らしいレースの組み立てだったということができましょう。そしてロズベルグも、ハミルトンには完敗したとはいえ、しっかりと作戦を遂行して2位を確保することに成功しています。シンガポールでは大失速を喫したメルセデスAMGですが、ここ鈴鹿で完全に息を吹き返したと申し上げて、差し支えないでしょう。残り5戦、そのいずれのサーキットでも、彼らがレースを制圧する可能性が高いと言えると思います。
さて、予選とフリー走行3回目で速さを見せたウイリアムズは、決勝ではまったく振るいませんでした。ボッタスは序盤3番手を走っていたものの、ロズベルグとキミ・ライコネンに先行され、結局5位。ウイリアムズの今回の敗因は、デグラデーションの大きさです。1~3全てのスティントで、ボッタスのペースには明らかなデグラデーションの傾向が見て取れます。対するメルセデスAMGはほとんどデグラデーションの傾向を見せず、フェラーリはミディアムではデグラデーションを発生させているものの、ハードタイヤではその兆候はありません。しかし、ウイリアムズはいずれのタイヤでもデグラデーションを発生させたことで、ピットインの度に順位を落とす結果となってしまいました。
そういう意味では、フォース・インディアも同様。フォース・インディアは今回、ニコ・ヒュルケンベルグが堅実に走り、6位でフィニッシュ。ただ、特に第2スティント(最初のタイヤ交換後から2回目のタイヤ交換まで)のデグラデーションはウイリアムズ以上に大きく、先頭からは55秒あまり遅れてのゴールとなりました。しかし、最初のタイヤ交換を早めに行ったことで、ロマン・グロージャンとパストール・マルドナドの2台をまとめてアンダーカットするのに成功し、これで6位のポジションを手にすることができました。ちなみにロータスは、ヒュルケンベルグには敗れたものの、2台揃って入賞。資金難によりホスピタリティエリアも使えず、エンジンの到着が遅れるなど大変な状況だったにも関わらず、素晴らしい成績を残しました。彼らにとっては、勝利にも等しい結果だったのではないでしょうか。
このように、各所でオーバーカットやアンダーカットが頻発したのが、今年の日本GPの特徴だったと言えると思います。まあこれは当然と言えば当然。鈴鹿サーキットは、マシンにとってもドライバーにとっても、そしてタイヤにとっても世界一と言えるほど厳しいコース。そのため、デグラデーションの発生確立は高まります。デグラデーションが発生すればするほど、新品タイヤ装着時と使い古したタイヤのペース差が大きくなりますから、アンダーカットが成功しやすくなるのです。
ところで、フェラーリとメルセデスAMGのデグラデーションが小さかったと申し上げましたが、もうひとりデグラデーションの度合いが小さかったドライバーがいました。それは、レッドブルのダニエル・リカルドです。リカルドは1周目のスタート直後にウイリアムズのフェリペ・マッサと接触し、左リヤタイヤをバースト。ゆるゆるとピットに戻ったため、序盤にして大きな遅れを取ってしまいました。このため、15位フィニッシュがやっとでしたが、レース中のペースは終始良く、デグラデーションも非常に小さいものでした。もしリカルドが1周目に接触せず、無事に走行を重ねていたとしたら、フェラーリには敵わなかったかもしれませんが、ウイリアムズあたりとは十分勝負できたのではないかと思われます。
さて、「これはGP2のエンジンか!」と、無線で不満を訴えていたマクラーレン・ホンダのフェルナンド・アロンソですが、実はレースペース、特に2回目のタイヤ交換からフィニッシュまでのペースは、まずまずの内容でした。そのペースは、入賞したトロロッソのマックス・フェルスタッペンやカルロス・サインツJr.と同等、ザウバーよりは速いモノだったのです。確かにパワーユニットの出力は足りず、その上ドライバーの力量に依るところが大きかったかもしれません。しかし、パワーユニット性能がモノを言う鈴鹿で、まずまずのパフォーマンスを見せたのも事実。今季中は難しいかもしれませんが、来季の浮上を期待させる一端を見ることができたデータだったと申し上げておきましょう。
さて、次のレースは2週間後、2回目の開催となりますロジアGPです。昨年はほぼタイヤ無交換でも走り切ることができたソチ・オリンピックパーク・サーキットですが、あれから1年……路面はどのように変化しているのでしょうか? コースは広くも、ウォールに囲まれたサーキット。どんなレースになるのが、ぜひご注目ください。
(F1速報)