人間は「オギャ!」と生まれ出た瞬間から、みんな同じ「死」というゴールを目指して歩んで行く。自分にとって大切な家族や伴侶とも、いつかは別れる日が訪れる。どうせ別れが訪れるなら、特に両親の死については、老衰で旅立ってもらいたいと思う人は少なくないはずだ。
9月20日に、なんとなくテレビを観ていたら「NHKスペシャル『老衰死 穏やかな最期を迎えるには』」(NHK総合)という番組をやっていた。この番組を観ていると、長年気になっていた老衰死についての疑問に、一つのアンサーが提示されていたので、ちょっとここで紹介してみたい。僕が抱いていた疑問。それは老衰死の間際に、人に苦痛や不快感はあるのかということだ。(文:松本ミゾレ)
老化とともに身体が食べ物を受け付けなくなっていく
老衰死の割合は、ここ20年のうちに少しずつ増えているという。病死、事故死の割合が減って、その代わりに死因が「老衰」とされるケースが増えているということは、僕らの精神衛生上にも優しいことだ。番組の提示した厚生労働省のデータによると、2014年は7万5000人が老衰死を遂げたとされる。
老衰死を迎えた高齢者の共通した特徴として、食事についてのある傾向が見られるという。
その傾向とは、徐々に食事を自力で摂取できなくなり、介護用の食事を食べるようになったり、食事中に睡眠状態になるというもの。これらは老衰が進むとよく見られるパターンであるという。
また、食事の摂取量そのものも、老衰死の7日前辺りから目に見えて減っていき、体重の減少が際立つようになる。番組は、東京有明医療大学の川上嘉明准教授が以前行った大規模な調査について触れている。
この調査は老衰死を遂げた高齢者の、毎日の体重の変化を6年分集計したもの。調査を進めていく上で、間もなく死を迎えるようになると、多くの高齢者が日々のカロリー摂取量が変わらないのに、ある時期からBMI(肥満)数値が一気に下降線を辿るようになることが分かったという。普段通りの量の食事を摂っていても、死期が近づくと食事から栄養を上手く吸収できなくなるというわけだ。
細胞が慢性的な炎症状態になり、身体機能が低下
さて、それでは何故老衰死の直前には、食事をしても栄養を上手く吸収しにくくなるのだろうか。米ジョンズ・ホプキンズ大学のニール・フェダーコ教授によれば、その理由は老化によって細胞が減少していくことにあるという。
細胞が減れば、小腸で栄養分を吸収するために働く柔毛がしっかりと機能せず、食事をしても身にならなくなる。だからどれだけ食べても、体重は減っていくという。
また、アメリカで65歳以上の高齢者4000人を対象に行った、歩行や食事などの日常生活の動作についての調査によれば、老衰死を迎えた高齢者のほとんどは、少しずつ体の機能が低下していたことが分かっている。
フェダーコ教授の行った研究によると、老化した細胞が分裂をやめると、細胞の中で炎症性サイトカインと呼ばれる免疫物質が分泌される。この物質が老化細胞の外に分泌されると周囲の細胞も老化を促され、慢性的な炎症状態になる。これによって体のいたるところの機能が低下していくのだという。
死が近づくと「痛み」のプロセスが引き起こされなくなる
英エディンバラ大学のアラスダー・マクルーリッチ教授は、オランダで行われた、平均年齢85歳の男女178人を対象として行われた調査結果に基づきながら、死の間際の苦痛の有無について話す。この調査、呼吸の様子や筋肉の緊張などから、高齢者が苦痛や不快感を抱いているかどうかを日々記録していたものであるという。
そして生存期間が残り僅かになるにつれて、被験者の苦痛や不快に対する反応は、徐々に薄れていったことが分かっている。
マクルーリッチ教授は、老衰間際の高齢者の脳は炎症や萎縮によって機能が低下しているため、苦痛を感じることはなくなっていると指摘する。
「痛みというのは自分が怪我をして対処する必要があると脳に伝えるためのもの。しかし、死が近づくとそのプロセスが引き起こされない場合が多いようです。多くの人が最後の数日は痛みに苦しむこと亡くなっていると言ってよいと思います」
老衰死の共通した特徴として、死の間際に呼吸が荒くなることが挙げられる。あれは傍目に見ていてもかなり辛そうに見える。でも、本人はゆっくりと命を終える準備をしているだけで、脳が炎症を起こしたことで痛痒も感じないし、特段苦しいということもないのだとすれば、それだけで見送る側としては随分救われるんじゃないだろうか。