2015年09月26日 11:21 弁護士ドットコム
今国会で成立した改正労働者派遣法。人を入れ替えれば、同じ仕事を派遣社員に任せ続けることができるようになるため、「不安定な派遣労働が広がってしまう」と批判の声が根強い。
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これまでの労働者派遣法では、専門的とされる「26業務」については派遣期間の制限がない一方で、それ以外の業務は期間が原則1年、最長3年に制限されていた。改正法では、どの業務も「原則3年」に統一しつつ、人を替えれば同じ業務を派遣社員にずっと任せることができるようになった。
一方、専門的な「26業務」については、個々の派遣社員の期間制限が導入されたため、雇い止めの懸念も生じている。雇用の安定化のために、改正法では、派遣元企業が、派遣先企業への直接雇用を求めたり、新たな働き口を提供したりすることを義務づけている。
改正法に対して、ネットでは「ダレ得なんだろうか」「正社員が増えるわけないでしょ」「天下の悪法」などの批判の声も多いが、どう考えればいいのだろうか。企業側の立場で労働法務を扱うことが多い倉重公太朗弁護士に聞いた。
9月11日に成立した改正派遣法に対しては、「正社員が派遣社員に置き換わる」「ますます非正規・派遣差別が横行し、格差が広がる」などといった声を確かによく聞きます。しかし、これらの指摘は、法的に的を射ていないばかりではなく、非正規問題に関する「根本的な問題を見過ごしている」という重大な誤りがあります。
以下の4点が改正のポイントになります。
(1)改正前よりも期間制限が明確化し、派遣労働者の安定も考慮
従来の派遣法の派遣期間制限は、原則1年、法定の手続きを経て3年でしたが、専門「26業務」については、例外的に期間制限がありませんでした。ところが、この「26業務」の解釈があいまいで、実際には3年を超えて、5年、10年と長期で派遣される例も多く、改正前のほうがよほど「正社員が派遣社員に置き換わる」状態でした。
そして、「26業務」といえるためには通訳、ファイリング、OA機器操作などの専門業務に従事している必要があるのですが、電話やお茶くみ、郵便物の仕分けや机の掃除など、他の社員が分担して行う役割などを少しでも行うと、26業務であることが否定され、派遣期間制限違反という主張を受ける不安定な状況だったのです。
さらにその中で、2015年10月1日からは派遣期間制限違反や偽装請負等の場合に対する制裁として、派遣労働者が望めば直接雇用を義務づける「直接雇用申し込みみなし制度」の開始が予定されており、改正前のあいまいな期間制限に関する解釈では、実務的に混乱が生ずることが必至でした。特に、「26業務」の解釈は政権交代で変更されるなど、位置づけが非常にあいまいだったため、今後、期間制限を明確にすることには意味があると思います。
また、改正法では、派遣元に無期雇用されている労働者は期間制限なく派遣できますし、派遣労働者の雇用安定措置も講じられていることから、改正前よりも派遣労働者の待遇が悪くなるとは思えません。むしろ、採用力に乏しい中小企業や気楽に働きたい労働者にとっては、派遣という形を望む例も多く見られます。なお、今回の改正により、正社員が派遣に置き換わるという批判もあるようですが、そもそも派遣料金が高いため、正社員がすべて派遣に置き換わるということは、現実にはありえないでしょう。
(2)人件費の調整を「非正規雇用者」が一手に引き受けている
これまで説明してきた法律論よりも、むしろ、今回の改正派遣法に批判する方々に、絶対的に欠けている視点があります。それは、「根本的に非正規雇用差別をどうするのか」という問題です。正社員については解雇権濫用法理により解雇が厳しく制限されているため、雇用調整が比較的容易な非正規雇用者は人件費のバッファーとならざるをえませんでした。判例における整理解雇の4要素を見ても、正社員を解雇する前に、非正規雇用者を整理するかが問われます。
企業が景気変動による人件費の調整を行うことは、世界共通の事象であり、これを行わない企業は存在しません。問題は、人件費調整局面において、誰がこれを「引き受ける」のかという問題です。現状は、正社員・非正規というあたかも身分制のような区別で、非正規雇用者が一手に引き受けている状況です。この問題を解決せずして、非正規差別問題はなくなりません。
では、現行法ですべての労働者を正社員にすることは可能でしょうか。賃金原資に限りがある以上、現状においては極めて困難だと考えます。
(3)正社員の解雇規制を見直さない限り、非正規差別は決してなくならない
そもそも、正社員の解雇規制は「終身雇用・年功序列」という雇用慣行を前提とする高度経済成長期に確立した判例法です。たしかに、右肩上がりの経済、人口増の時代はこれで良かったのかもしれません。しかし、今では名だたる大企業がリストラを行う時代です。そんなときに、正規・非正規の区別は、本当に変わらなくて良いのでしょうか。
つまり、問題の本質は、派遣・パート・有期・請負などの非正規労働者の処遇を「上げる」ことよりも、正社員の厳格な雇用保障を「下げる」ことにあるのではないかという点にあるのです。
(4)非自発的に非正規雇用でいる人こそ、解雇規制緩和を叫ばなければならない
解雇規制が厳しいEUの中でもとりわけ労働組合の活動が激しく、労働法が厳しいとされるイタリアでも、最近、解雇規制を緩和し、金銭解決制度を導入した結果、非正規社員が減り、正規労働者が増えたとの報道があります。このように、現在、非自発的に非正規雇用でいる人は、むしろ正社員保護に対する規制緩和を訴えるべきで、派遣法改正を批判するのは、「木を見て森を見ず」の状態であると思います。
繰り返しますが、非正規問題の根本は過剰な正社員保護にあります。労働者各人の能力・経験・希望・意欲・実績などにより、公平に適正が評価される雇用社会にするためにはどうすれば良いのか、今回の改正法をきっかけに、冷静に考える必要があると私は思います。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
倉重 公太朗(くらしげ・こうたろう)弁護士
慶應義塾大学経済学部卒業。第一東京弁護士会所属、第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、経営法曹会議会員、日本CSR普及協会労働専門委員。労働法専門弁護士。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催し、著作は20冊を超える。代表作は「企業労働法実務入門」(日本リーダーズ協会)
事務所名:安西法律事務所