2015年09月22日 12:31 弁護士ドットコム
飼い犬と散歩をしていた人が、別の人の飼い犬に襲われてケガをするなど、ペットをめぐるニュースを見かけることが多い。ペットは身近な存在であるだけに、法的なトラブルも後を絶たない。ペットの法律問題に積極的に取り組んでいる渋谷寛弁護士に現状を聞いた。(取材・構成/具志堅浩二)
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渋谷弁護士の動画はこちら。
https://youtube.owacon.moe/watch?v=CNrQUkUdRcw
渋谷弁護士は「ペットに関する法的なトラブルのうち、もっとも訴訟件数が多いのが、獣医師によるペットの医療過誤です」と説明する。
なかでも多いのが、薬の副作用をめぐるものだ。「たとえば、ペットに薬を与えたあと、経過観察が必要だったにもかかわらず、血液検査を怠ったために死にいたったケースなどがあります」。動物の種類では、犬が大半を占めている。
渋谷弁護士によると、医療ミスがらみの訴訟が増えるきっかけとなったのは、2003年の「真依子ちゃん事件」。ある夫婦が実子同様にかわいがっていたスピッツの真依子ちゃん(当時9歳)が糖尿病のため入院。病院側が、食事療法を選択し、インシュリンを投与しなかったところ、容態が悪化し、別の病院でインシュリンを投与したが間に合わず、死亡した。
インシュリンを使わなかったのはなぜか。夫婦は獣医師の説明に納得できず、医療過誤で病院側を訴えた。当時、渋谷弁護士は原告側の代理人を担当。請求額を検討した結果、慰謝料と治療費を含めて約440万円とした。人間の子どもの交通事故で亡くなった際の慰謝料の相場は約2000万円。寿命は人間が約80年、スピッツ約14年と仮定し、寿命の比率から慰謝料350万円を算出し、これに治療費などを加えた。
結果、裁判では病院側に対し、慰謝料ほか80万円の支払いを命じる判決が下された。
この判決の後、渋谷弁護士のもとに寄せられるペットの医療過誤の相談は増加した。当初の数年間は、担当した原告が勝訴するケースが多かったが、病院側も医療ミス対策や法的な対策に力を入れだしたことから、簡単には勝てなくなってきているという。逆に言えば、医療過誤訴訟をしてきたことが、ペットの医療向上に貢献していると言えるかもしれない。
このほか、散歩中に犬が人間や別の犬を噛んでトラブルに発展するケース、いわゆる「咬傷(こうしょう)事故」の相談も少なくない。
「しつけが不十分なんだと思います。吠え癖やかみ癖があったり。また、飼い主の中には、『うちの犬に限ってはかんだりしない』と過信してしまう人もいます」
過信しているからこそ、公園でリードを外して犬を遊ばせたりする。北海道では海岸を散策中の女性が、リードを外された犬に襲われて溺死した事件があった。この事件では、飼い主が逮捕されている。
犬による咬傷事故の件数は減少傾向にあるが、2012年度で4000件台の事故が発生している。
問題が起きた場合の飼い主の責任は重い。昨秋のペット法学会・学術集会シンポジウムは、「飼い主責任のあり方」をテーマに開催された。渋谷弁護士も「飼い主責任の現状と課題」と題して、動物愛護管理法が改正されるごとに、飼い主の責任に関する項目が追加されている状況をまとめ、発表した
この中で、渋谷弁護士は、2012年の法改正で、ペットが走って逃げてしまうことを防ぐために必要な措置を講じること(逸走の防止)、ペットが命を終えるまで適切に飼養すること(終生飼養)、ペットが繁殖しすぎないようにすること(多頭飼育の抑制)などが盛り込まれていることなどを説明した。
今後の飼い主責任の課題として、ペットの個体を識別するマイクロチップの装着義務化や去勢・避妊の義務化、地域で管理する「地域猫」が他人に損害を与えた場合の責任の所在などについて、検討する必要があると主張した。
渋谷弁護士がペットの法律問題に関わりはじめたのは1998年のこと。知人の弁護士から誘われて、当時発足したてのペット法学会に入会した。
「入ってみたら面白かったんです。今後、ペットにまつわる法律の問題は増えるだろう、と思いましたので、この分野の研究に力を入れてきました」
ペットの法律問題に関わり出した当初と現在を比較すると、裁判所の動物への考え方が変わってきているという。
以前は、交通事故でペットが死亡した場合、自動車と同じく、「時価」が損害賠償額の上限という扱いを受けていた。車の場合、時価が10万円なら、修理に30万円かかっても、賠償額は最大で10万円。その基準を、生き物であるペットにも当てはめていた。「モノと同じ扱いだったのです。今では法律ではモノ扱いではありますが、治療費の賠償が認められたり、飼い主に対する慰謝料が認められるようになりました」。
他の弁護士があまり取り組まない専門分野を持つことで世界が広がり、さまざまな人ともつながっていく。「講演の依頼や、環境省や国会議員に呼ばれて意見を聞かれたり、テレビに出演することもあります。そういう意味で、普通の弁護士では味わえない体験をしているのではないかと思います」
昨今は、ペットに関する訴訟も増え、判例集にもたびたび掲載されるようになった。ペットの法律問題に取り組む若い弁護士も増えてきている。
ペット関連の訴訟を担当するのは、決して楽な話ではない。獣医療過誤については、人間の場合と同じく、関連する文献を多数読み込んだり、専門的な知識が求められる。そのくせ、たとえ勝訴しても賠償額は決して多額ではない。
それでも、渋谷弁護士はやりがいを感じている。
「獣医療過誤については、秋田県や近畿地方、九州地方などの方々が、ウェブサイトを見て相談に来られるんです。『助けなきゃ』という思いがありますし、取り組まなければ世の中が良くなりません」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
渋谷 寛(しぶや・ひろし)弁護士
1997年に渋谷総合法律事務所開設。ペットに関する訴訟事件について多く取り扱う。ペット法学会事務局次長も務める。
事務所名:渋谷総合法律事務所
事務所URL:http://www.s-lawoffice.jp/index.html