セバスチャン・ベッテルがフェラーリドライバーとして初、跳ね馬としても61戦ぶりのポールポジション獲得となったF1シンガポールGPの予選。しかし、それ以上に衝撃だったのが、メルセデスの驚くほどの失速ぶりでした。
予選前のフリー走行からフェラーリとレッドブルに後れをとっていた彼らは、予選最初のQ1でフェラーリ2台とダニエル・リカルドがソフトタイヤで乗り切るなか、早くもスーパーソフトを投入。これまでなら、メルセデスがタイヤを温存するというパターンが普通でしたが、今回はそれがまったく逆に。続くQ2もルイス・ハミルトン6番手、ニコ・ロズベルグ7番手と上位争いに食い込めなかった2台は、最後のQ3でもポールポジション争いにまったく絡むことができず、ハミルトン5番手、ロズベルグ6番手と今季ワーストの結果に沈んでしまいました。
しかも順位以上に驚かされたのが、ハミルトンとベッテルとのタイム差です。唯一の1分43秒台となる1分43秒885を記録したベッテルに対し、ハミルトンは1分45秒300で、その差は約1.4秒と非常に大きいものです。ベッテルと2番手リカルドの差が約コンマ5秒と、今回のベッテルがそれなりに速かったことは事実ですが、ここまで7戦連続でポールポジションを奪ってきたハミルトンは、4番手のダニール・クビアトからも約コンマ5秒も後れる結果となっています。
予選の走行データでは、今回もメルセデスのパワーユニットを使用するマシンがトップスピードに関して、ほぼトップ5を独占。一方、セクター毎のタイムでは逆にフェラーリとレッドブルの4台が上位を独占しています。ただ、こうした傾向はこれまでにも多少はみられたことで、そのような状況でもしっかりとタイムを出してくるのが、メルセデスの強さのひとつであり、今回のマリーナ・ベイとコース特性が似ているモナコやハンガリーでは予選でフロントロウを独占しています。
では、何が問題だったのか? 予選後、ハミルトンは次のように語っています。
「今日速さを発揮できなかった理由は分からない。他のチームのようにタイヤをうまく機能させることができなかったのは事実だから、その点を調べる必要がある。2週間前と比べてマシンパフォーマンスが低下したわけではない。セットアップの問題じゃない。何らかの理由でタイヤが僕らのマシンではうまく機能しないんだ。マシンもドライバーもパフォーマンスは一切失っていない」
6番手のロズベルグも「コーナーでグリップがなかった。すごく変な感じだった。セットアップを多少いじってみたけれど、今週末自分たちがなぜこれほど遅いのか、理由を見つけることができなかった。不思議だよ。これまではどのサーキットに行っても速かったのに。それがシンガポールに来たら突然、トップからこれほど後れを取っている」とコメント。さらに、メルセデスのボス、トト・ウォルフも「パフォーマンス喪失の要因はさまざまだが、主要な原因ははっきりと分かっていない。我々のマシンは空力的にもいまだに優れているのでパフォーマンスが低下したという説明にはならない。おそらく、タイヤの性能をうまく引き出すことができず、スイートスポットを見つけられなかったことによってメカニカルグリップが得られなかったのだろう」と語っています。
このように、チームとドライバーが口を揃えてタイヤが機能していなかったと認めています。これには、イタリアGPから変更されたタイヤの内圧に関する規定が影響を及ぼしたことも考えられます。メルセデスのマシンは、予想される以上にメカニカルグリップが少なく、その分をタイヤの内圧を下げ、そして剛性を下げることで補っていたのではないか……。彼らはイタリアGPで、ピレリが指定する内圧の最低値を下回ったタイヤを使っていたことが明らかになっています。結局は“タイヤブランケットの電源を外した後に温度が下がり、内圧が低下した”という理由で不問とされましたが、それが故意であった可能性は否定できません。つまり、今季これほどまでに圧倒的な強さを発揮しているメルセデスをもってしても、“レギュレーション違反となるリスクを負ってでも、タイヤの内圧を下げなければ、ライバルと戦えない”という危惧があったということではないでしょうか?
タイヤの内圧が下がれば、その分タイヤ自身は“柔らかく”なります。通常F1マシンは、ダウンフォース、メカニカルグリップ、そしてタイヤでグリップを生み出してサーキットを走行しますが、単純にタイヤの内圧が下がれば、その分グリップ力は上がります。しかし内圧が下がると、逆にタイヤにかかる負荷が上がって、危険性が高まります。ゆえに、規定で内圧の最低値が定められることになったわけですが(以前から使用時の推奨内圧値は、ピレリからチームに知らされていますが、今回の変更ではそれがレギュレーションによってしっかりと規定されるようになったということです)、その部分がメルセデスにとって非常に重要だった……そのくらいしか、今回の彼らの失速理由を説明することができません。もしこれが事実なら、メルセデスは鈴鹿でも苦しむ可能性があるように思いますが、さてどうでしょうか?
さて決勝に向け、メルセデスがタイヤの使い方を改善してきたとしても、今回の勝利は非常に難しいと言わざるをえません。なぜなら、ここマリーナ・ベイはコース上でのオーバーテイクが難しいから。アンダーカットを仕掛けるにしても、1台ならまだしも、ハミルトンでさえ前方に4台のマシンがいるのです。
逆を言えば、フェラーリとレッドブルにとっては優勝を手にするまたとないチャンスです。先頭からスタートするフェラーリのベッテルは、一発の速さこそ勝っているものの、レッドブルよりも大きなデグラデーション(タイヤの劣化による、ペースへの影響)を発生させる可能性があります。一方、レッドブルは金曜日のフリー走行3回目の結果から見てもデグラデーションの少ない、非常に安定したラップを刻むことができそうですし、ダニエル・リカルドもその点については自信を見せています。コース上でフェラーリを抜くことができなかったとしても、戦略を上手く組み立てて前に出る……それも十分に可能でしょう。
果たして、どんなフェラーリとレッドブルがどんなバトルを繰り広げるのか? そして問題を抱えたメルセデスは巻き返すことができるのか? 注目の決勝は、今夜21時(日本時間/現地時間20時)スタートです。