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町田康、『黒衣の刺客』トークイベントに登壇「言葉を持っていないものは美しい」

2015年09月18日 19:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2015 Spot Films, Sil-Metropole Organisation Ltd, Central Motion Picture International Corp.

 9月12日(土)に全国公開された、映画『黒衣の刺客』。台湾の巨匠・侯孝賢監督8年ぶりの作品となる本作のスペシャル・トークイベントが、9月17日(木)新宿ピカデリーで開催。芥川賞作家・町田康氏が登壇し、本作に寄せる思いを観客に語った。


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 唐代の中国を舞台に、数奇な運命に翻弄される女刺客を描いた『黒衣の刺客』。町田氏曰く、そのいちばんの魅力は、「台詞が少ないこと」であるという。「この“隱娘(インニャン)”という主人公の女性は、ほとんど言葉をしゃべらないですよね。僕は、そこがすごく良かったんです。普段僕らは、言葉をしゃべることによって、何か問題が解決されたような気になっているけど、本来自分のなかで受け入れるべきものもあると思う」。


 さらに町田氏は、「“ハローキティ”が何で人気あるか分かります? 口が無いからです(笑)。言葉を持っていないものは意地らしいというか美しいというか、そういう感じがするんですよね」と持説を展開しながら、それは“自然”についても同じであると、頓挫したままの映画『熊楠・KUMAGUSU』の撮影時の体験を引き合いに出しながら、映画『黒衣の刺客』が映し出す自然の風景の美しさについて言及した。「『熊楠』は、和歌山県の熊野、“那智の森”という山全体がご神体みたいなところで撮影していたんですけど、渓谷の風景などが、本作とすごく似ていました。湖があって、うしろに林があって、上空には雲が流れている。そうやって言葉がないところに、僕はすごく魅力を感じるんですよね」。


 現在発売中の「文學界」10月号(文藝春秋)で、侯孝賢監督と対談している町田氏。彼は、実際に会った監督の印象について、「映画監督って独善的な人が多いけど、全然そういう感じがしなかった(笑)」と語りながら、対談で監督が語った言葉を披露した。「監督は、自分がこの映画でいちばん重視したのは、その役を演じている人が、その役を“演じる”のではなく、本当にその人物になって、その感情とその人がビタッと一致する瞬間だったと言っていました」。


 妻夫木聡演じる青年が、遣唐使の船に乗って大陸に渡りながら、ある事情で戻れなくなった日本人であることなど、この映画には、いわゆる“説明台詞”が、ほとんど存在しない。よって、本作を難解と感じる人もいるかもしれないが、町田氏はだからこそ敢えて、「観客としてのイマジネーションで、その人間関係を自分の頭のなかで作り変えてみるのもありかなと思います」と語り、主人公・聶隱娘のもとに現れる“仮面の女刺客”の解釈について、「実は道士自身だったのでないか?」など持説を披露してみせた。


 さらに、主人公・隱娘を演じたスー・チーの「歩き方」を絶賛する町田氏は、「僕は、映画を観るときはいつも、その映画のなかを生きる人間が、僕の人生にどう関わってくるのかを考えるんです。(中略)隱娘のように、いっさいの人間関係から断ち切れた孤独な人間は、果たしてどうやってその孤独に耐えるのだろうか? そう考えたときに、この映画は自分にとって、すごい意味のある映画になりました」と話をまとめた。


 映画『黒衣の刺客』は、新宿ピカデリーほか全国ロードショー中。(リアルサウンド編集部)