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クラムボン・ミトが解説する、『心が叫びたがってるんだ。』の音と風景「何気ない毎日をエンターテイメントに」

2015年09月17日 21:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)KOKOSAKE PROJECT

 9月19日(土)から全国公開される話題の劇場アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』。作中で登場人物たちが演じるミュージカルの音楽や、印象的な劇伴を手がけたのは、技巧派ポスト・ロックバンドとして知られるクラムボンのベーシストとして活躍するミト。音楽愛はもちろんのこと、マンガやアニメにも造詣の深い彼に、今作の魅力と、自身の仕事について語ってもらった。


■「オリジナルを作るよりも再構築をするほうが長けているかも」


――まず本作への参加のきっかけからうかがわせてください。


ミト:二年前、ぼんぼり祭り(※アニメ『花咲くいろは』の舞台のモデルとなった石川県金沢市で開催されるイベント。クラムボンは同作の後期EDテーマを担当)で金沢へ行く飛行機の中で、『ここさけ』の脚本の岡田麿里ちゃんと一緒になったんです。麿里ちゃんとはその前から、『いろは』がきっかけで知り合って、ほかのところでもちょこちょこ会ったりしていたんですけど、そのとき突然「実は今、映画をやろうと思っていて、ミュージカルをテーマにしたいんですけど、ミトさんってミュージカルとかって詳しかったりします?」という話をされて。で、本当に偶然なんですけど、僕の両親は、ミュージカルの曲も含む、スタンダード・ナンバーを演奏するお店をやっているんです。そんなこともあって、同世代の音楽家の中でもスタンダード・ナンバーには詳しい方だと思ったので、「選曲アドバイスくらいならいくらでもできるよ」っていって、その話に乗ったんですよ。で、そのときには、劇中に登場するミュージカルのプロットがある程度できていたので、それにあわせて使えそうな曲を羅列していたら、「ミトさん、もしあれだったら、劇伴もやらない?」みたいな話がどこかから出て。じゃあ、もう、言われるままにぜひぜひ、と(笑)。


――ミトさんが参加された時点で、ミュージカルパートのプロットはあったんですね。ということは、全体のシナリオもほぼ決まっていた?


ミト:そうですね。でも「ミュージカル部分にはこの曲を使ったら面白くなるかも」とかアイデアを出していくにつれて、音楽にあわせてシナリオもどんどん変わっていったんです。クライマックスの仕掛けも、最初からあったアイデアではなかったですよ。また自分の家族の話になってしまいますけど、親父がスタンダード・ナンバーを演奏するようになったきっかけというのが、『五つの銅貨』という映画がきっかけだったそうなんです。自分も家族を持ったら、『五つの銅貨』のクライマックスみたいな演奏がやりたいと思ったのが、音楽を始めた最初の動機だったらしくて。たしかに僕も小さいころからそのシーンを見ていて、ミュージカルといったら、クライマックスはそれだよな、と。で、そのアイデアを出したら、麿里ちゃんがすごく興味を示してくれて、結果的に今あるクライマックスのシーンができた。だから、この映画のミュージカルパートに関しては、麿里ちゃんの書いた替え歌的な歌詞もそうなんですけど、遊びの延長みたいなことをずっとやっていた気持ちなんです。もちろん、やっていることは「遊び」なんていえないくらい、高度なことをやっているつもりなんですけど(笑)。


――ミトさんはついこのあいだ、アイドルの夢みるアドレセンスに提供した曲で、「サマーヌード」の再構築をされてましたよね。


ミト:そうですね。あれはまた、この作品の音楽とは違う方法論で作ったものですけど、そういう「リコンストラクションもの」は自分の仕事の中で結構あって、そっちの方がオリジナルを作るよりも長けているかもな、という自覚もあるんです。クラムボンでも、『LOVER ALBUM』というカバーアルバムシリーズの方が、オリジナル楽曲のアルバムより確実に売れちゃいますから(笑)。


――いやいや、そんな。それにしても、ただ作品に音楽をあてはめるという形ではなく、作品に刺激されて生まれたミトさんの仕事が、逆に作品に影響を与えるような、相互作用的な形で今作ではお仕事をされていたんですね。


ミト:あくまで選曲をしただけなんですけど、結果的にはそうなってくれました。ありがたいことにシナリオでも絵コンテでも、曲や劇伴が入れ込みやすい隙間がいっぱいありましたし。「こんなに曲を入れたら食傷気味になっちゃうんじゃないかな」って心配になるくらい、強い音楽が使われているのに、それが気になりすぎないものになっているのが、長井監督や麿里ちゃんの演出力、そして音響監督の明田川(仁)さんのスキルですよね。


――長井監督の作品は、今作に参加する前からご覧になられていたわけですよね。


ミト:ええ。『とらドラ!』から何から、たくさん観てますね。


■「長井監督や岡田麿里ちゃんとは“75年世代”の共通した感覚がある」


――今回スタッフの一員として関わられて、あらためて見えてきた魅力みたいなものはありましたか?


ミト:麿里ちゃんと長井監督と僕って同い年なんですね。だからなのか、会話の齟齬が起こり難い。同じ世代で、同じものを見て、聴いて育っているからなのか、使う語彙の感じが近いんです。それどころか、話さなくても大体、求めている雰囲気がわかった。75年生まれのクリエイターって、びっくりするくらい少ないんですよね。ちょうどベビーブームとベビーブームのあいだに挟まれているせいか、いつも年下か、ちょっと上の人と仕事をすることが多いんです。だからこういうことって、これまで関わった現場だとなかなかなくて、新鮮でした。世代の嗜好感みたいなものが、手に取るようにわかる。僕が『とらドラ!』や『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』が好きなのは、そういう理由も大きいのかもしれないなと、『ここさけ』で仕事を一緒にしたことで思いました。どこがどう通じているのか、というのは説明しづらいんですけど。


――そこをあえて、75年世代のみなさんの共通項を具体的に思い浮かべていただくと、たとえばどのような?


ミト:そうですね……この世代は、タツノコプロのアニメは再放送でひととおり見ているんですよね。『機動戦士ガンダム』も再放送で触れて、『風の谷のナウシカ』が小学校の三年か四年のときに劇場で公開されて、『ナウシカ』の表紙に惹かれて「アニメージュ」を買うんですよ(笑)。そのあと、『コンプティーク』が創刊されて、パソコンを持っていなくても手にとって、その流れでアスキーから出た『ハッカーズ大辞典』に触れたり、MSX2 Plusを買ったり……そういうカルチャーの流れがあった。一方で、いまよりもワイドショーが過激で、写真週刊誌が過剰な写真をいっぱい載せて、ビートたけしがそれに抗議する意味で講談社を襲撃したこともあって。……どれも、思いついたネタを言っているだけに聞こえるかもしれないですけど、そうしたひとつひとつの出来事から子供ながらに受けた世の中の印象というのが、どこか作品を作るときに出てしまう。そんなことを長井監督や岡田麿里ちゃんの作品に感じますね。


 たとえばこの作品でいったら、チアリーダーの女の子たちが会話の途中でいきなり「栄冠は君に輝く」を歌いだして、そのまま踊り出しちゃうシーンとか、「わかる!」って感じなんですよ。このシーン、見ていただくとわかると思うんですが、冷静に考えるとちょっとおかしい(笑)。でも、あそこって75年世代が見ていたテレビ番組にあった雰囲気だよな、と。ああいう演出がグッとくるというのは、世代的なものだと思いますね。


――映像のテンションの持って行き方、みたいなところに、同世代感覚があるんですね。


ミト:そうですね。長井監督の演出って、基本はものすごくキャッチーなんですよ。マニアックなところが一切ない。それが表情に対してしっかりフォーカスをあわせることで、すごく普通のものと違う、アップトゥデートされたものに見える。


 それから、日常のささやかな出来事からイマジネーションをふくらませて、ファンタジーに近いところまで持って行こうとするところがありますよね。これは僕がクラムボンでやっていることと同じなんですよ。クラムボンも日常にフォーカスして、日常の、2秒間くらいの出来事を、どれだけエンターテイメントにまで持っていけるか、みたいなことを考えながら音楽を作っているんですね。十何年間、ずっとそうやってきた。そこもすごく価値観が似ているのかなと思いました。


――長井監督がフィルムで表現しようとしているものと、クラムボンが音楽で表現しようとしているものには、近さがある。


ミト:そう思います。だから一緒に仕事をしていて、違和感がないのかもしれないですね。もちろんそれだけじゃないけど。それは麿里ちゃんも同じような気がします。『花咲くいろは』のときも、若い子たちの何気ない毎日の風景をエンターテイメントにしていた。そこが麿里ちゃんのすごいところで、シンパシーを感じるところです。


 この映画にも、音楽が生活と普通にリンクしていく瞬間というか、日常の中に音楽が何かをもたらす瞬間が数多く潜んでいます。ちょっとつらかったり、大変だったりするときに、なんかしらないけど思いついた歌を口ずさんだりするじゃないですか。なんてことなく。まさに『心が叫びたがってるんだ。』というのはそういうことで、音楽というのは別に特別なものじゃなくて、身近にあって、身近な世界をスペシャルにしてくれるものなんだ。そういうことをとてもロマンチックに、二時間弱の映画で、エンターテイメントとして成立させている。そこを見てほしいです。


――音楽は日常に奇跡を起こしている、みたいな。


ミト:やっている方は、そんなにスペシャルなことをするつもりはないんですけど、自然とスペシャルになっていくんですよね。そうじゃなかったらやってないと思いますし、音楽を。(前田久)