2012年に復活を遂げ、以来着実に注目度を高めてきたFIA世界耐久選手権。“WEC”と呼ばれるこのスポーツカー耐久レースのシリーズは、今やアウディ、トヨタ、ポルシェらが参戦し、盛り上がりを見せている。その日本ラウンドが、10月11日(日)に富士スピードウェイで行われる。そのWEC富士ラウンドを満喫するための基礎知識として、WECそして参戦チームの歴史、そして今年のWEC富士ラウンドの見所を、7回にわたる連載としてお届けしていく。今回はその第2回目だ。
WEC日本ラウンドの舞台となるのが、富士スピードウェイである。2012年のWEC再開後、4年連続での開催。いずれも、“富士6時間レース”として開催されている。
新生WEC初年度、日本ラウンドは第6戦として組み込まれていた。ここで勝利したのが、7号車トヨタTS030ハイブリッドのアレクサンダー・ブルツ/ニコラ・ラピエール/中嶋一貴組だった。トヨタはこの年、スポーツカーによる耐久レースに、13年ぶりに復帰したばかり。その母国凱旋レースで、当時最強を誇ったアウディを、11秒退けたのだ。中嶋一貴は、日本人による新生WEC初優勝を達成。前週、鈴鹿サーキットで行われたF1日本GPで3位に入った小林可夢偉に続き、2週連続での日本人ドライバーによる快挙となった。
翌2013年の富士ラウンドは、大雨の中での開催となった。このレースで優勝したのも、やはりトヨタTS030ハイブリッドの7号車。前年と同じドライバーラインアップだ。WEC参戦2年目のトヨタは、初年度後半の勢いそのままに、開幕からアウディと接近戦を繰り広げると見られていた。しかし、アウディも着実に進歩を重ね、開幕戦シルバーストン(イギリス)から第5戦オースティン(アメリカ)まで連勝。トヨタは劣勢に立たされていた。
迎えた富士は大雨。しかし、この雨がトヨタに味方することになる。ポールポジションの1号車アウディR18 e-トロン・クアトロと2番手スタートの8号車TS030ハイブリッドがトラブルと人為的ミスにより後退。結果、7号車トヨタが先頭に躍り出るも、セーフティカー先導でさえ走行できぬほどの大雨。結局、3度の中断を挟みつつも天候は回復せず、なんと一度もレーシングスピードでの走行が行われぬままレース終了。トヨタがこの年最初の勝利を収めた。まさに“神懸かり的”と言っても、過言ではないだろう。
2014年はニューマシンTS040ハイブリッドを投入したトヨタが開幕戦から速さを見せており、それは当然富士でも変わらず。ポールポジションからスタートした8号車のセバスチャン・ブエミ/アンソニー・デイビッドソン組が、この年からWEC参戦を果たしたポルシェや、前年まで圧倒的強さを誇ったアウディを1周以上引き離し、圧勝している。
新生WEC始動後3年、富士ラウンドはすべてトヨタが母国レースを制しているのである。今年、苦戦を強いられているトヨタTS040ハイブリッドだが、地元富士でアッという活躍を見せてくれるかもしれない。
ところで、富士で行われたWECのレースは、この3戦だけではない。1982年、旧WECとして開催された“富士6時間”が、最初の世界選手権格式の耐久レースである。1989年より開催サーキットが鈴鹿に移るが、それまで7年にわたり、WECそしてWSPC(世界スポーツプロトタイプカー選手権)を開催している。この富士でのレースで強さを見せたのは、ポルシェ956。7戦中4勝を記録している。終盤2年はジャガーの天下だったが、1985年にはマーチ85G・日産が勝利している。
1985年のWEC富士も、台風接近の影響で大雨だった。レースはペースカー先頭でスタートしたものの、海外チームは次々に棄権していき、日系チームのみがコース上に残った。ペースカーの先導が解かれると、スピンやクラッシュが続出。そして、227周から62周に短縮されたレースをトップで駆け抜けたのが、マーチ85G・日産だった。このマシンは、星野一義/松本恵二/萩原光の3人がドライブする予定だったが、62周すべてを星野ひとりで走行し、勝利を収めたのだ。なおこの勝利は、日本人が初めて世界選手権のレースを勝った、記念すべき1戦である。
記念すべき勝利や奇跡的な結末など、ドラマが多いWEC富士ラウンド。さて、2015年のWEC富士は、歴史的な戦いの舞台となるだろうか?