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『私たちのハァハァ』が“ファン向け映画”を超えた理由 プロデューサーが制作の裏側明かす

2015年09月13日 15:31  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2015『私たちのハァハァ』製作委員会

 福岡県北九州市に住む、ロックバンド・クリープハイプの熱烈なファンの女子高生4人が、自転車で東京のライブに向かう青春映画『私たちのハァハァ』が、9月12日より公開された。同作は、スペースシャワーTV開局25周年記念映画として製作されたもので、これまでクリープハイプのMVを手がけたほか、映画『自分の事ばかりで情けなくなるよ』でも同バンドとタッグを組んだ松居大悟監督がメガホンを取っている。プロデューサーを務めたのは、スペースシャワーネットワークに勤務し、『フラッシュバックメモリーズ3D』や『劇場版BiSキャノンボール2014』といった話題作にも携わってきた高根順次氏。音楽ファンの青春をリアルに捉えた映画として、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭などでも高く評価された同作は、どのようにして作られたのか。高根氏に、アイデアの発端から映画制作のプロセス、さらにはインディー映画でヒット作を生み出す意義についてまで、話を聞いた。


■「この映画を単なるファン映画にはしたくなかった」


ーーこれまで数多くの音楽映画が作られてきた中で、あるアーティストのファンの女の子たちの青春をリアルに描いているという点で、とても新鮮な印象を受けました。こうした作品を作ることになったきっかけから教えて下さい。


高根:松居(大悟監督)さんが音楽ファンを主人公にした映画を作りたがっていることを、スポッテッド・プロダクションズの直井(卓俊)さんが教えてくれて、興味を抱いたのがきっかけです。昨今は音楽映画が増えていますが、その多くはアーティストのドキュメンタリー的なもので、ファンに向けた作品になりがちです。でも、せっかく映画を作るのであれば、広く誰にでも楽しんでもらえる作品にしたいですし、アーティスト自身もそう考えているはずだと思い、松居さんらと映画化に向けて動き出しました。また、クリープハイプの尾崎(世界観)さんがこの映画のコンセプトを気に入ってくれたのも大きかったです。松居さんとクリープハイプは、映画『自分の事ばかりで情けなくなるよ』でもタッグを組んでいて絆も深いですし、彼らのファンが持っている熱気は、今作で表現したいことにもピッタリでした。


ーー主演の4人は良い意味で素人感があって、リアリティがありましたね。


高根:そこに関しては、もっと著名な役者さんでやったほうがいいんじゃないかという声もありました。でも松居さんは、三浦透子さんを軸にして、あとはほとんど未経験の役者さんでやりたい、と。それで彼は、スマホの6秒動画アプリ『Vine』で人気のある大関れいかさんを見つけてきて、自ら出演オファーをかけて口説いてきた。彼女は当初、女優をやる気も興味もなかったそうですが、松居さんが実際に彼女と話して、映画に出ることを決心したそうです。真山朔さんは、オーディションの中ではある意味一番、役者っぽくなくて、押しも弱かったのですが、映画の中では主体性のない役柄の子でもありましたので、満場一致で選ばせていただきました。井上苑子さんは、もともと別のミュージシャンを起用する予定だったところ、なんとクランクイン2週間前に出演がNGになっちゃって、制作プロデューサーの林武志さんという方が、「この井上苑子さんって良いと思うんですけど……」という感じで、ウェブで探して見つけてくれました。その時点で彼女は、メジャーデビューが決まったタイミングだったらしいのですが、実は僕らはそういう情報を一切知らずにオファーしたんです。いま、彼女はちょうど音楽ファンの間でブレイクし始めていて、まるでタイミングを狙ったように見えるかもしれませんが、実はまったくの偶然なんですよね。


ーーなるほど。ドキュメンタリー的な撮り方の作品となったことについては?


高根:それに関しては当初からの狙い通りでして、僕もこれまでドキュメンタリーしか作っていませんし、松居さん自身も「全部手持ちカメラでやりたい」と言っていたくらいです。ただ、松居さんと尾崎さんが話し合う中で、全編手持ちは厳しいだろうということになり、客観的なカメラと主観の手持ちを混ぜようか、という結論になったんです。ただ、主観と客観が入り混じってしまうと、観る人に違和感を与えてしまうのではないかという心配もありました。でも、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映して、皆さんの感想を聞いたところ、そこはあまり気にならないということでした。


ーーでは、ほかにどんな指摘がありましたか?


高根:面白いなと思ったのは、とある外国人の審査員の「この主人公の4人は最後まで何も成長していないですね」という指摘ですね。彼女たちが旅を終えて、始まりと同じ状態で元に戻って行くのは、よくわからないというんです。僕は、松居さんが表現するそういうリアリティがすごく好きなんですが、ひとによっては成長物語を求めてしまうのだな、と感じました。ひとは簡単に成長するものではないし、むしろ退化することもあるわけで、僕はそれでも別に構わないと思うんですけどね。そういうところがむしろ、刹那的でキラキラしているし、それだけでも充分、彼女たちは魅力的なんじゃないかな。


ーーそこは同感ですね、いつの時代にもあった普遍的なファン心理を描いていて、クリープハイプのファンではない人が観ても楽しめる作品に仕上がっています。


高根:この映画を単なるファン映画にはしたくない、ということは、宣伝の段階からかなり気をつけていましたね。普通だったらクリープハイプをもっと前面に押し出したかもしれないけれども、あくまで映画として、だれが見ても面白い青春映画だということをきちんと伝えようと、キャッチコピーからビジュアルの作り方までかなりこだわりました。もちろん、クリープハイプのファンにも観てもらいたいですが、場合によっては「何だ、この映画は」と思うところもあるかもしれない。ただ、お客さんの賛否があって映画は育つものだと思うので、どんな反応が来るのか楽しみです。


■「継続可能なやり方で面白い作品を生み出す成功例を作りたかった」


ーー高根さん自身が映画に携わるのは、ディジュリドゥ奏者のGOMAさんの半生を松江哲明監督が描いた『フラッシュバックメモリーズ 3D』、アイドルグループのBiSとカンパニー松尾らAV監督のぶつかり合いを捉えた『劇場版BiSキャノンボール2014』に続き、3本目ですね。どちらもかなり話題となった作品ですが、いまは映画の仕事がメインとなっているのですか。


高根:そうですね……映画の世界では、劇場公開の作品を10本作ったとして、利益を出せるのはその中の1本か2本だけと言われていて、その少ないアタリ作品の利益でほかの映画を作っているんですね。先の2作品は低予算で作ったこともあり、ちゃんと収益化できたので、ここ最近は映画がメインといっても良いかもしれません。僕の場合、映画会社の人間でもないし、映画を作ろうとしていまの会社に入ったわけではないのですが、結果的にそうなっている状況ですね。僕はこれまでテレビの世界でやってきたけれど、それとはまったく違う種類のプレッシャーを感じています。テレビの場合、放送が終わった後にソフト化されるのはほんの一部だし、感想もツイッターなどでつぶやかれるくらいで、そのまま終わっていくけれど、映画の場合は一生残るもので、いたるところに評論家がいて、厳しい目で評価されます。だからこそ総合芸術として素晴らしいものだとも思うけれど、成功と失敗がはっきりしてる世界ですし、ちゃんと結果を出さなければ継続出来ません。今回の映画は前の2作に比べて、使う予算も桁外れに違うので、ちゃんとヒットさせなければいけないから、挑戦するのに躊躇はありました。


ーーなるほど。リスクヘッジの面でも、予算規模が大きいだけに難しい面があるのでは。


高根:そうですね。映画会社の場合、リスクヘッジに関してはスキームが確立されていて、豊富なノウハウがありますが、スペースシャワーは映画会社ではないので、新しいやり方を考える必要がありました。正直、『私たちのハァハァ』が黒字になるかどうかは、今の段階では分かりません。映画作りの素人が、そのリスクの大きさにたじろいでいるというのが、いまの状況ですね(笑)。でも、素人としてやってきたからこそ、できたこともたくさんあって、たとえば『フラッシュバックメモリーズ3D』みたいな作品は、映画会社にいたらおそらく作れなかった。


ーーそれは、どういった面で?


高根:『フラッシュバックメモリーズ3D』は、GOMAさんが交通事故にあって記憶を失う前と、現在の状況を3Dのレイヤー構造で表現した作品なのですが、普通に制作しようとすると編集だけで数千万円かかってしまうんです。それで、グーグルで3D編集について調べたら、格安で請け負ってくれる個人がいたので、頼むことにしました。でも、その人は技術的には編集ができるけれども、70分もの映像の編集はやったことがなく、マシンのパワー不足もあって作業が進まないんです。東京国際映画祭のコンペに出品するのにあわせて締め切りを決めたんですが、出来上がったのは映画祭の3日前の深夜でした。もし、その編集が間に合わなければ、GOMAさんや松江監督のこれからの人生に対するマイナスが大きすぎて、僕が土下座して済む問題ではなくなっていたでしょう。企画そのものが、まともな映画会社だったら通っていなかったと思います。


ーー聞いているだけで胃が痛くなりそうです(笑)。


高根:でも、結果的に非常に安い価格で3D映画を作ることができました。ほかにも大幅にコストカットをできたところがあります。映画は通常、DCPと呼ばれる上映用のデジタルデータを作らなくてはいけないのですが、映画以外にはまったく汎用性のないデータなので、2011年当時は業者に頼むとデータの変換だけで100万円もかかると言われました。結局、それなりの大手の会社と交渉して、なんとか安く仕上げてもらいました。そして、そのデータのコピーに関しては、ウェブでいろいろ調べた結果、どうやらLinuxのOSを使えばできるらしいということで、自分のパソコンにLinuxを入れてコピーしてみたんです。そうしたら、ちゃんとコピーデータができて、本来ならコピー1本15万円かかるところ、ほぼコストゼロで済みました。今ではアドビの編集ソフトにも「DCP書き出し」という機能がついてますし、数年間に100万円かかったものが、やり方次第で無料にもなってしまうのがこの世界で、たとえば宣伝や広告費にも、ドンブリ勘定な部分がたくさんあります。


ーーなるほど。では、そういう費用を抑えるやり方もあると。


高根:そうですね、配給宣伝費なども数千万かかるといいますが、内訳を詳しく見ていくと、先ほどのDCPのように、実はそんなに費用がかからないところがたくさんある。そうして無駄に大金をはたいて、しかも映画が転けたりしたら、企業も出資しようと思わなくなりますよね。だから『私たちのハァハァ』は、新しいタイプの製作委員会を作って、各社の利益構造も透明性が高いものにしました。参画しているのはスポッテッド・プロダクションズさんと、ユニバーサルミュージックさんと、もう一つ、エイベックス・ピクチャーズさんですが、それぞれの会社の権利関係を明確かつメリットがあるようにして、誠実な予算表を作ってやっています。もちろん、幹事であるスペースシャワーは一番お金を出資していて、リスクも一番高いのですが(笑)。従来の製作委員会のように、幹事会社がグレイ・ゾーンを作ってリスクヘッジしていくということも、ビジネスのやり方としては正しいとは思いますが、僕としては出資してくれた会社がかなりの確率でリクープし、継続可能なやり方で面白い作品を生み出す成功例を作りたかったので。


ーー具体的には、今作にどれくらいの予算をかけているのですか?


高根:制作費や配給宣伝費など全部込みで2000万円ほどでやっています。その2000万円をペイしようと思うと、映画の上映だけで考えたら、おそらく3万人くらいの観客が必要でしょう。インディー映画でその数字を出すのは、かなり難しいところですが、レンタルやグッズの販売、さらにテレビの放映権などトータルで考えたら、なんとかできるのではないかと思います。予算の面では、文化庁が出してくれる補助金を狙う方法もありますが、あいにく低予算映画には使いにくい仕組みなのです。あれも不思議な制度で、インディペンデントなことや実験的なことをする映画を応援するために付くというなら理解できるのですが、“超”大手の会社のエンタテインメント大作にお金が出ることも多くて。しかも、本当はリクープしたら補助金は返さなければいけないのですが、ほぼ誰も返していない件が数年前にニュースになってました。補助金の元は税金ですから。映画というものは総合芸術だと思うけれども、その芸術の名のもとに甘えすぎているんじゃないか。そういう現状を変えようと努力している映画関係者もいますし、僕らも僕らのやり方で、メジャー作品では作れない企画で、さらに結果を出していく必要性を感じています。そうしないと、十何億円もかかるメジャー映画と数百万で製作されたインディー映画という二極化になってしまい、僕らが学生時代に見ていた、いわば“とんがった”イメージのある映画は、日本国内では適切な予算ではもうできないということにもなりかねません。


ーー日本映画のこれからを考えるうえでも、気概を持って良質なインディー作品を生み出していくのは大切なんですね。


高根:たとえば、スポッテッド・プロダクションズの直井さんや、松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画製作プロジェクト(『滝を見にいく』(沖田修一監督)、『恋人たち』(橋口亮輔監督))は、そうしたことに意識的だと思います。特に後者は大手映画会社である松竹さんの中で、よくある大作映画のように原作や主役を先に決めて、監督はそのあとに決めるようなやり方ではなく、少ない予算でも監督主導の映画を作ろうというプロジェクトをやっているんです。そのうえで、やはり大事なのは、きちんと結果を出してビジネスとして継続していくことですよね。僕自身は、映画界全体を変えようなんていうつもりはまったくないけれど、少なくとも自分が関わる映画については、面白い作品を作ったうえで、ビジネス的にもきちんと結果を出していきたい。そもそも映画は監督ありきのものですし、素晴らしい才能だと思える監督の出す企画は、十中八九の確率で素晴らしいものなんです。でも、大きな会社の場合だと、莫大な利益を出さなければいけないため、通らない企画も多い。だからこそ、我々のような野武士軍団が、面白い作品を生み出せる監督との話し合いの中で出てきた企画を、できるだけスポイルせずに実現するということが、大きな意味を持ってくると思います。そのためにもプロデューサーとして「面白い映画だったけれども、お客さんは入らなかったね」ではなくて、次回作へつなげられる結果を出していきたいですね。(リアルサウンド編集部)