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パスピエが提示する、リズムの“新モード”とは?「『四つ打ちの中で新たな解釈を生み出さないと』と危機感が生まれた」

2015年09月12日 15:01  リアルサウンド

リアルサウンド

パスピエ。(撮影=竹内洋平)

 パスピエが、9月9日にメジャー3rdアルバム『娑婆ラバ』をリリースした。同作はアニメ『境界のRINNE』(NHK系)のオープニング・エンディングにそれぞれ起用されたシングル表題曲「トキノワ」「裏の裏」など12曲を収録。バンド全体がさらにビルドアップされていることを感じさせるバラエティに富んだ内容に仕上がっている。


 リアルサウンドではこれまで、バンドの中心人物・キーボードの成田ハネダと、パスピエの特徴の一つであるアートワークや歌詞を手がけるボーカルの大胡田なつきに話を訊いてきたが、今回はメンバー全員にインタビューを行なった。パスピエが同作で挑戦したことや、5人それぞれが思う“パスピエらしさ”、バンドが向き合ったストレートな表現について、存分に語ってもらった。


・「結局のところ、この5人で演奏した音がパスピエになる」(三澤)


――まずはアルバムを一聴した感想として、アレンジの仕方が変わったのかなと思いました。全部の楽器が立っているというか。


成田ハネダ(以下、成田):細部にこだわった曲が増えたからでしょうね。5人組のバンドとして、場所によって「個を立たせた方が良いな」と思えた曲がいくつかあったので。ただ、制作過程で意図的に「こういうコンセプトでアレンジしよう」と思ったわけではありません。


――では作品自体をどういう意図でラッピングしたのでしょう。


成田:今回は配信シングルを含めた3曲が既出曲で、しかもその内2曲がアニメタイアップだったので、パスピエを初めて知ってくれた人もたくさんいるタイミングなんです。だからこそ、そのシングルから伝わってくるイメージをひっくり返すくらいの、より濃い“パスピエらしさ”を出せるようにしたい、という意図がありました。


――2ndアルバム『幕の内ISM』のインタビュー(http://realsound.jp/2014/06/post-695.html)では「定型がないこと」を強みにしているという発言がありましたが、前作『裏の裏』がリリースされたときのインタビュー(http://realsound.jp/2015/07/post-4052.html)では、バンドが“パスピエらしさ”に向き合ったことを教えてくれました。今作ではそこで見えた“らしさ”を再追求したということでしょうか。


成田:そうですね。色々紆余曲折して今の場所に辿り着いていますが、方向性を度々変えてきたのは、自分たちにとって挑戦でもあり、世の中の反応への挑戦でもありました。それが、2ndアルバムから3rdアルバムまでの期間で、アルバムの反応を見て、ツアーを経て、ぼんやりとパスピエに求められていること、パスピエという集合体でやりたいことを、メンバーそれぞれが持つようになってきたんだと思います。


――各メンバーごとにその考えもまた別であるということですね。では、やおさんからアルバムの話を含めて“パスピエらしさ”を訊いていきたいのですが。


やおたくや(以下、やお):僕の中では今作に【日常と非日常】というイメージがあって。「贅沢ないいわけ」や「トキノワ」が日常だとすれば、「蜘蛛の糸」や「術中ハック」は非日常。楽曲ごとに結構パッキリ分かれたイメージがあって、2面性みたいなものを出せたかなと思います。


大胡田なつき(以下、大胡田):私は…『娑婆ラバ』は、これまでと違って“現実っぽくなった”というか。歌詞にしても、今まで割とファンタジー的な視点で、物語や想像で書いていたものが多かったのですが、今回は身近で起こった・体験したことを歌詞へ落とし込む機会が増えました。楽曲のイメージとしては、やおさんの言ったように【日常と非日常】があると思いますが、中身はほとんど日常で、いまを生きている自分たちのことが書けたと感じています。


――それは『裏の裏』で初めて日常的な体験を落とし込んだ「かざぐるま」が転機となったのでしょうか。


大胡田:あの曲はぱっと見で理解できるくらいの日常感ですよね。『娑婆ラバ』の曲は、表現しているものは日常なんですが、それをパスピエらしくたとえ話に書き換えているのでその辺りも深読みして聴いていただけるとうれしいです。


――読み取れる風景がより日常的になったということですね。続いて三澤さんと露崎さんが今回のアルバム制作にあたって感じたことを教えてください。


三澤勝洸(以下、三澤):今回のアルバムがバラエティに富んでいるのは、昨年のツアーを経て気付いた部分が大きいと感じています。結局のところ、この5人で演奏した音がパスピエになるというか。それに気付けたからこそ、細かいアレンジや踏み込んだところまで楽曲を持って行けました。


露崎義邦(以下、露崎):バンド自体は、常に新しいことに挑戦していこうというスタンスだったんですけど、『娑婆ラバ』はマスタリング後、初めて聴いたときのインパクトが一番大きかったなぁという感触がありまして。というのも、新しいことに対しての挑戦が、一番明確にリターンされていると思うんです。具体的に言うと「つくり囃子」や「術中ハック」などの、隙間を作りつつ凝ったアレンジをしたものや、「花」のようにストレートなバラードを入れるなど、両極端に振り切れました。そこに新しいパスピエらしさを見つけた気がします。


――露崎さんが言うように、『娑婆ラバ』は、パスピエ史上一番振り幅の大きいアルバムです。これを整理して並べるのも大変だったと思うのですが、どういうイメージで並び替えましたか?


成田:単純にフィーリングで選んだ部分もありつつ、今までのパスピエから一歩踏み込んだところを見せようと思ったんです。あと、セットリスト的な並べ方ではなく、“心地良い違和感”が生まれるように意識した部分もありますね。


――だからアレンジは凝っているけど、なかなか聴き疲れしないのかもしれません。ここからは各曲についても質問させてください。1曲目のパスピエ流ギターロック「手加減の無い未来」は、「七色の少年」→「贅沢ないいわけ」→「トキノワ」の系譜上にあるという感じでしょうか。


成田:そうですね。この曲もそうなのですが、アルバムを通してJ-POPに向き合った曲がわりと多くて。多分、今までシングルのカップリングでカバーをたくさんやってきたことも大きいと思うのですが、「七色の少年」や「名前のない鳥」のように、ポップに聴こえても構成や軸の部分は逸脱しているものよりも、軸や構成もあえてポップスに近づけたものを、いかにパスピエなりに料理するかに重きを置いた部分があります。


やお:この曲って、もともと歌が最初ではなかったんです。ただ、全員で「そろそろポップな始まり方も取り入れていいんじゃない?」という話になり、歌始まりに変えました。そういう風に、構成を話し合って考えることが、今作は特に多かったような気がします。


成田:アルバムの曲順って、プレイヤーに入れてシャッフルで聴いたり、ストリーミングサービスのプレイリストで聴いたりする近年においては、有って無いようなものだと思っていて。だからこそ、どこから入って来ても楽しめるような作品にしたかったんです。あと、僕らの顔を出していない部分から、一風変わったバンドみたいなイメージもデビュー当時はあったわけですが、このタイミングで色々なシーンや状況、自分たちに対して真正面からがっぷり四つで組み合わなきゃいけないと感じたので、ストレートな部分を軸に据えて、聴き通した時に、歌詞や楽曲でストーリーが感じられる構成にしたかった。そう思えたのは、年末に武道館公演を見据えていたり、それ以外の様々な要素が絡み合ったからなんです。


・「世に出ている音楽をパッと分類できるものって、ビートと歌声だと思う」(成田)


――「裏の裏」については、前回のインタビューで話を伺えなかった露崎さん、やおさん、三澤さんにプレイング面でのこだわりを訊きたいです。


やお:この曲は、言葉もすごく詰まっていて展開も速いので、スピード感を大事にしました。フレーズも曲に素直に従って、流れに合わせてやった結果、おもしろいことができたと思います。気付く人だけ気付けばいいという隠し要素を盛り込みつつ、格好良く動くベースとどう絡むかを考えて作りました。


露崎:16分音符もいっぱいあって、音がだいぶ埋まっているので、ベースらしい音質的な部分でちゃんとそのアンサンブルを支えるように意識しました。Aメロは騒がしいですが、サビ辺りでは8ビートの弾き方で緩急をつけていて、対比をうまく表現できたのではないかなと思います。


――続く「アンサー」は、アルバムにおいて最もポップな進行・メロディーが耳に残る楽曲です。


成田:この曲は一番最後に出来た曲ですね。カロリーの高い曲が多くなったアルバムにおいて、頭のほうにある意味薬味みたいなものが作れたらと思って。「アンサー」に関しては、歌詞が乗ってかなり化けました。それに伴って聴かせ方もミックスも変わって、アルバムの核を担う曲になりましたね。


――それだけ大胡田さんの歌詞が素晴らしいものだったということですか?


成田:そうですね。


大胡田:恥ずかしい(笑)。この曲は成田から「最初に<ねぇ、アンサー>という言葉でサビを始めて欲しい」と言われ、そこから広げていったんです。歌詞には「いつも何かしら探し物をしているよなぁ」という気持ちをストレートに書きました。


成田:本人の意図は別として、良い感じで目的語がないんです。パスピエの楽曲って、これまで単語に重きを置いている曲が多いのですが、それが多ければ多いほど、名詞に対するイメージが強くなってしまいます。「アンサー」に関しては、そうしていないからこそ意図せず共感しやすいし、バンドサウンドとして感動的に・神妙に作ればそれぞれ音の行った方向に聴こえうる楽曲だったので、明るい曲調に持っていきました。


――ポップで中軸を担う、四番バッターのような「アンサー」があって、次はアーバンでグル―ヴィーな「蜘蛛の糸」。この曲調ってこれまでのパスピエには無かった、ある意味新機軸といえるものになっていると思うのですがどうでしょう?


成田:この曲は、僕らなりにEDMを新しく解釈したつもりで。フレーズ自体は洋楽っぽいですが、どんどんサビが転調してくような作りはものすごく日本的なんです。メロディ自体も和モノっぽいフレーズが多い曲で。今って世に出ている音楽をパッと分類できるものって、僕はビートと歌声だと思っているんです。だからといって複雑なビートをやればいいというわけではなく、四つ打ちに変わり得る新たなものがまだ見つかってないだけなのかなって。だから「四つ打ちの中で新たな解釈を生み出していかないと」という危機感が生まれてこの曲を作り、アルバムのリードトラックである「つくり囃子」が生まれたんです。


――「つくり囃子」の話はじっくり後で伺うとして、次は「術中ハック」ですね。この曲は三澤さんが間奏のギターで暴れ倒しています。


三澤:デモを貰ったときに、この曲だけちょっと色が違うなと感じたので、6弦のバリトンギターを手に取りました。それを使ってギターソロの部分でメタル・ブログレッシヴの要素を取り入れたリフを弾いたり、音を重ねたりしました。音源には、何度か録ったなかで、勢いのある最初のテイクが採用されました。『娑婆ラバ』はそういう音が多く採用された印象があります。雰囲気重視というか。


露崎:譜面に出来ない感じね。


三澤:そうそう、“再現不可能”なんです(笑)。ライブでは違う形で表現しようかと……。


・「パスピエのモードが昨年とはひと味違っているのだなと感じる」(露崎)


――「贅沢ないいわけ」で再び明るくなったあとは、パスピエのキャリアで全くやってこなかった、転調なしの王道バラード「花」へと続きます。


成田: “内側のパスピエ”を表現できたことは大きいですね。


――今までだったら、何かしらの派手なアレンジを加えたり、収録をためらったりしていたと思います。これらの楽曲をあえて入れたのはどういう心境の変化でしょうか。


成田:過去があったから、というのが一番です。今までそこに変化を付けることで勝負してきたので、あえてストレートなものを入れてみようと。『娑婆ラバ』は2回目の1stアルバムという意識が強く、これを軸にして、また少しずつ変化していくのだと思います。


――大胡田さんは、こういうストレートな曲に対して詞を付ける際、書き方が変わったりしましたか?


大胡田:小細工がいらないなと感じたし、色々仕掛けを施して気を引かなくても、音とメロディだけで伝わるものがあると思ったので、詞は単体で成立するものを書くようにしました。「かざぐるま」以降は、そういう詞も楽しみながら書けるようになりました。


――8曲目の「ハレとケ」は、セッション感の強い楽曲です。


やお:音も荒々しいし、変拍子もあるからでしょうね。この曲は何回も何回も合わせることで、ようやくフレーズができていったし、レコーディングでようやく完成といった感じだったので。


成田:例えば転調のアリナシや、変拍子の使い方に対して「あ、ここで変わった」という基準を設けたくなくて。そういう意味では、上手く枠を取っ払えた楽曲だと思います。個人的には、この曲の歌詞は大胡田っぽいなという印象で、複雑なアレンジに絡め取られるように、彼女の毒っ気が強く出ていると感じました。


――そして「つくり囃子」は、四つ打ちに変わるものを提示した、一つの到達点ですね。先ほど成田さんが言及されていたリズムの部分ですが、マーチング調と例えるのがしっくりくるビート感です。


成田:いつも曲を作る時に一番悩むのって、ビートの部分なんです。リリースする以上は、リスナーをハッとさせれるようなものでありたいし、その結果これまでの作品が生まれてきたのですが、この曲はピアノを使って遊びながら「こんな曲が出来たら面白そうだ」と作ったものをバンドアレンジしました。イメージとしてはバトルスの「Atlas」みたいな感じで。


――ビートはまさに「Atlas」ですね。実際に叩いているやおさんは、デモを貰った際どういう感想を抱きましたか。


やお:成田のデモを聴いた段階から、確実に良い曲になるという手応えはあったので、そこからセッションで詰めていくのはかなり早かったです。あと、レコーディングを通して一気に化けたという印象もあって、今までのパスピエにはないものに仕上がりました。


三澤:間奏のギターソロは、ファズを踏んでガッと録って、勢い一発でOKという感じでした。


露崎:今までやっていなかったリズムというのが自分たちの中でも大きくて、どの曲をリードトラックにしようか悩んだ末、「つくり囃子」に決まりました。これを選んだこと自体、パスピエのモードが昨年とはひと味違っているのだなと感じます。


・「トリッキーな活動をしてきたぶん、それに対するリスクもあった」(成田)


――この曲がリードトラックであることに、アルバムの大きな意義を感じますね。


露崎:まあ、作っている当初は、そんなことになると思ってなかったですけどね(笑)。


やお:あまりにも急ピッチで出来た曲だったしね。「アンサー」とどちらをリードトラックにするか迷いましたが、スタッフ陣も「パスピエらしい」ってすごく面白がってくれたので。


成田:歌詞は危なかったけどね……。サビの<ああ今夜は~>に関しても、ギリギリまで<ああ今夜に~>と迷ってましたし。


大胡田:歌を録りながら歌詞を変えたりしましたね……(笑)。


成田:アルバムのテーマとして、パスピエのストレートな部分もそうですが、内側にある“純粋に音楽が好き”というものもあって。でも、僕はそれを全面には出さなくていいかなと思っていたなかで、そのテーマも拾いつつ、今までのパスピエと新しいパスピエを繋いでくれるのが、この「つくり囃子」たったんです。


――続く「ギブとテイク」は、性急なテンポと感想のスウェディッシュな音色が面白いですね。


成田:最後の「トキノワ」と「素顔」は考えて聴いてほしいポップスだと思ったので、その前に体感的なポップスも欲しかったので、この曲を入れました。ジェットコースターのように楽しんでほしいです。


――では、その考えて聴くべき曲「トキノワ」と「素顔」に関しても伺いたいです。


成田:「トキノワ」は、パスピエとして初めて表に出るタイアップシングルであり、ストレートな部分に初めて向き合った楽曲なので、モチベーションが一段と違います。ポップスという形式を踏まえながら、エンターテインメントという括りに初めて身を投じた作品なので、思い入れが強いですね。「素顔」に関しては、歌詞を僕と大胡田が書いています。一番内容がドロドロしていて、シニカルなものに仕上がったという感触がありました。


――そのドロドロは、個人のことでしょうか、バンドのことでしょうか?


成田:バンドのことであり、バンド以外の外側にいる人たちと、ずっと対話しているような曲です。自分たちの考えていることがどこまで伝わるのかはわかりませんが、どう受け取られるのか楽しみです。


――アートワークに関しては、前回のインタビューで話してくれたタッチでそのまま描いていますが、その理由とはなんでしょう。


大胡田:花札に十二月ぶんの柄があるので、アルバムの十二曲と関連づけてアートワークに使えないかな、と思ったんです。なので淡い色よりも濃いめの色を使いたくて、前作『裏の裏』と同じ濃いめの塗り方をしています。あと、初回盤に付属している歌詞カードは、ご朱印帳みたいになっていて面白いと思うので見ていただきたいですね。


――最後に、パスピエはポップスやストレートな表現と組み合った先に、何を求めるのでしょう?


成田:いままでトリッキーな活動をしてきたぶん、それに対するリスクもあったと思うんです。だからこそ、『娑婆ラバ』のような作品をリリースすることで、リスナーに向けてパスピエの新しい音楽的な気付きを提示しつづけたいですね。


(取材・文=中村拓海)