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不遇の作家・佐藤泰志『オーバー・フェンス』を山下敦弘監督はどう描くのか?

2015年09月11日 10:21  リアルサウンド

リアルサウンド

オダギリ・ジョー

 山下敦弘監督の映画『オーバー・フェンス』の主要キャストが発表された。オダギリ・ジョー、蒼井優、松田翔太……現在の日本映画を代表する豪華キャストが名を連ねることになった本作。しかし、ここで改めて注目しておきたいのは、この『オーバー・フェンス』が、『海炭市叙景』(2010年)、『そこのみにて光輝く』(2014年)と続いてきた、不遇の作家・佐藤泰志の小説を原作とする「函館3部作」の最後を飾る作品であるということだ。


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 村上春樹、中上健次といった同時代の作家たちと並び称されながら、大きな文学賞を受賞することもなく、商業的な成功を収めることもなく、失意のまま41歳で自ら命を絶った不遇の作家・佐藤泰志。その死後、長らく絶版となり、忘れられた存在となった彼の小説に、再び光が当てられるきっかけとなったのは、2007年に出版された『佐藤泰志作品集』だった。以降、再評価の機運が高まり、2010年には、彼が遺した未完の短編集『海炭市叙景』が、熊切和嘉監督によって映画化。そして、2014年には佐藤の『そこのみにて光輝く』が、呉美保監督によって映画化される。こうして作家・佐藤泰志の存在は、再び世に知られるようになったのだ。


 映画化された順番とは逆に、執筆順としては、今回の「函館3部作」のなかで最も若い時期に書かれた小説である『オーバー・フェンス』。そのあらすじは、以下のようなものとなっている。


 家庭をかえりみなかった男・白岩(オダギリ・ジョー)は、妻に見限られ東京から故郷の函館に戻りつつも実家には顔を出さず、職業訓練校に通いながら失業保険で暮らしていた。訓練校の実習と学科対抗ソフトボール大会の練習を惰性で続けていた彼は、仲間の代島(松田翔太)に連れられて入ったキャバクラで、鳥になりたいと願う不思議なホステス・聡(蒼井優)に出会うのだが……。


 一時期、小説家の夢をあきらめかけ、故郷函館に戻り、職業訓練学校に通っていたという佐藤自身の実体験をもとに執筆されたという本作。それにしても、なぜ今、佐藤泰志なのだろうか? そこにはやはり、今の社会的な状況も関係しているのだろう。逼迫した経済状況にある地方都市の現実。そして、そこに生きる若者たちの苦悩と孤独。格差社会と言われるようになって久しい昨今、佐藤が描き続けてきたものは、ある意味、彼が小説家として活躍した80年代後半(いわゆるバブル期だ)以上に切実なリアリティをもって、我々の心に響いてくるのではないだろうか。『オーバー・フェンス』の制作発表時に、山下敦弘監督は、こんなコメントを寄せている。


 「作家、佐藤泰志の『オーバー・フェンス』を映画化する。映画は空っぽになってしまったひとりの男と求愛し続ける女の話でもあるし、函館の職業訓練校に生きる無職の男たちの話でもあるし、もしかしたら若くして死んでしまった佐藤泰志自身の話になるのかもしれない…というか“話”に固執せず、その瞬間を生きている人間たちの映画にしたいと思う。そうすれば自ずと僕自身の話になるし、観ているあなたの話になっていくのではないかと思う。『オーバー・フェンス』というタイトルが示す通り、見えないけどそこにある何かを越えていく映画にしたい」


 “フェンス”を越えた先にあるのは“愛”、または“希望”なのか。あるいは、それとは違う“何か”なのか。映画『オーバー・フェンス』は、7月17日にクランクアップ。現在編集作業に入っており、2015年冬に完成する予定だ。(麦倉正樹)