ルイス・ハミルトンが別次元のスピードで優勝したイタリアGP。しかし、レース中に流れたチームからの不可解な指示は、何か問題が起きていることを感じさせた。タイヤの空気圧が指定値より低かったことから審議となり、パドックを騒がせた“プレッシャー・ゲート”の裏側を、無線のやりとりから探る。
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またしてもルイス・ハミルトンの独走勝利──誰もが、そう感じていた矢先の46周目、メルセデスのピットガレージが慌ただしくなった。トト・ウォルフが声を荒げてインターコムで何かを指示し、やがてレースエンジニアのピーター・ボニントンからハミルトンに無線が飛んだ。
「ストラットモード3、ギャップを広げる必要がある」
29周目に、2番手セバスチャン・ベッテルとのギャップを「18.6秒からピットストップできるギャップまで広げたい」と少々のペースアップを指示されたあと、22秒差をつけた40周目の時点で、すでにハミルトンはクルージングモードに入っていた。
「どのくらいのラップタイムで走ればいい?」
「ターゲットは1分27秒2。それでハッピーだ」
レースが44周目に差しかかった15時07分に、スチュワードからメルセデスに対して1枚の通達書が出された。レース5分前のタイヤ内圧が規定を下回っていたため、レース後に報告せよというものだった。これを受けたメルセデスは、ペナルティを受ける可能性を考えて、ハミルトンにプッシュの指示を出したのだ。
「できるだけギャップを広げなければならない。残り7周。ストラットモード3にしろ。ギャップを広げる必要がある。理由は聞かないで、とにかく実行してくれ」
この時点でメルセデスはくわしい調査内容を知らされておらず、とにかく25秒加算ペナルティの可能性を危惧してプッシュを指示したという。
「我々のタイヤ内圧を調査中だとスチュワードから知らされたんだ。それ以上の情報は何もなかった。ペナルティが頭をよぎったよ。タイヤ内圧の調査を受けていると知らされた時点では、何が起きているのか我々にはわからなかった。だからペナルティを科せられる可能性を考慮して、そのぶんのマージンを稼いでおこうとプッシュを指示したんだ」と、ウォルフは言う。
1分27秒台中盤のラップタイムをキープしていたハミルトンは、47周目からプッシュを始め、48周目には1分26秒672というファステストラップを記録する。しかしミディアムタイヤのグリップはすでに低下しており、それ以降は1分27秒台フラットが限界だった。
「もう、これ以上は速く走れない」
「OK、残り5周だ。ペースは良い。リスクを冒す必要はない」
「これ以上そんなにペースは上げられない。僕は一体どうしたらいい?」
「ペースはそれで良い。このペースで走り続けてくれ、それだけで十分だ」
状況を説明されないまま、急にプッシュを指示され、動揺するハミルトンを落ち着かせるように、ボニントンはペース維持の指示を出した。
結果的にハミルトンは2位ベッテルに対して、25秒042のタイム差でチェッカーフラッグを受けたが、チームからの指示に対して苛立ちを見せた。
「あの数周はクールじゃなかったよ」
無線が中継で流れることを意識したチーム側は「トークモードをゼロにしてくれ。あとで話そう」と会話をさえぎり、ハミルトンを黙らせた。
メルセデス・チームはピレリの手順に沿って内圧を設定して最低内圧を遵守していたと主張。測定時に内圧が下がっていたのは、タイヤをマシンに装着するためタイヤウォーマーを電源から外した状態で使用して温度が少しずつ下がっていたためと説明した。これがスチュワードに認められ、お咎めなしとの裁定が下ったのは周知のとおりだ。
これまでもピレリのスタッフによってタイヤ内圧の測定が行われ、最低内圧が監視されていたが、前戦ベルギーGPでのバースト問題を受けて、今回からレース直前にFIAによるチェックが導入された。しかし測定のタイミングが明確に定められないまま、抜き打ち測定が行われたことで混乱を呼んだのだ。レース後、ウォルフは測定手順の見直しを訴えるとともに「安全を軽視したことなど一切ない」と語った。
「ベルギーGP以降、我々は安全にタイヤを使用するためにピレリと協力してきた。イタリアGPの週末を通して、基準を下回る内圧で走ったことは一度もない。キャンバー角についても同様だ。内圧を規定値以下に下げてアドバンテージを得る可能性は一切排除してほしい」
(米家峰起)