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Ken Yokoyamaが問う、今音楽に向かう理由 「俺は何に興奮して、創作に取り掛かれるのか」

2015年09月04日 22:11  リアルサウンド

リアルサウンド

Ken Yokoyama

 Ken Yokoyamaがニューアルバム『Sentimental Trash』を9月2日にリリースした。『Mステ』に出演して初の地上波生演奏を果たすなど、メディアでの存在感も高まるなか、横山健が今作に込めた思いとは何か? 今回のインタビューで聞き手を務めるのは、横山健が代表を務めるPIZZA OF DEATHで10年以上にわたって宣伝制作を担当し、現在はフリーランスで活躍する阿刀”DA”大志氏。横山健の傍らで制作を見続けてきた同氏が、今作のサウンド変化の背景にあるものや、現在の創作スタンスに切り込んだ。(編集部)


・「世界が広がっていることをエンジョイしてる自分もいる」


ーー今さらですけど、ミュージックステーション(以下、Mステ)出演の話から聞かせてください。とは言っても、コラムで書いたことが全てですよね?


Ken Yokoyama:まあね。でも、あれは出演直後に書いたものだし、自分の感情もたくさん入れたけど、基本的には事実の羅列だからね。


ーーあの文章、めちゃめちゃ気を使ったんじゃないですか?


Ken Yokoyama:人を傷つけないように書きたかったからそういった意味では気を使ったけど、それぐらいかな。俺、出演10日前ぐらいまで他の出演者を知らなかったわけよ。そのずっと前から「出させてください」っていうオファーを始めてたんだけど、出してもらう以上どんな人と共演することになるかは分からないじゃない? だから、そこで「こいつと一緒に出るのだけは嫌だ」とか、そういう意識は持っちゃいけないと思ったの。そうすると、自分が過去に吐いたツバを飲まなきゃいけなかったのよ。俺、前まではアイドルだとか、アニメソングだとか、そういった音楽がチャートを占領してるのが「嘆かわしい」と思ってたの。でも、嘆かわしいじゃねぇんだと。そういう人たちが現にウケてるわけだし、自分らの力不足なんだっていう風に思考を切り替えなきゃいけなかったの。だから、コラムの話に戻ると、あの文章はそういうマインドで書けた。


ーーそのマインドに切り替えるのは横山さんにとって大変な苦労だったんじゃ?


Ken Yokoyama:いや、そんなことなかったよ。もちろん認めることも大変だけれども、それよりも「テレビに出させてもらいたい」って思うまでが自分の中では大変だった。


ーー具体的には?


Ken Yokoyama:俺は「ロックバンドがテレビに出るのは格好悪い」っていう風にしちゃった張本人なわけじゃない? 俺、今でも覚えてんだけど、どこかの媒体で「横山がテレビに出たら“諦めた”と思ってくれ」って言ったの。……それで、諦めたわけさ。このままじゃロックには何の発展性もないなと。「嘆かわしい」と言ってるまま進んでいっちゃうなと。今までは自分たちの城を作って、その中で人口を増やそうとするすごく小さな作業をしていたことに改めて気が付いた。井の中の蛙じゃないけど、そこから出て行かないとなって。『FOUR』(2010年3月リリース)を出した頃からそう思ってた。


ーー『FOUR』のプロモーションにあたって、民放の某音楽番組に出る動きがあったこと覚えてます?


Ken Yokoyama:ああ、あの頃は番組のセットの前で演奏する自分に割り切りがつかなかった。結局、まだ積極的には動けてなかったよね。


ーーあの時の心境はどういったものだったんですか?


Ken Yokoyama:そこまで自分の気持ちが切迫してなかったんじゃない? でも、あれから5年が経って、ライブやフェスに人が入ってるのは分かってるし、KEN BANDも幸いお客さんには恵まれてるよ。でも、果たしてこのままでいいのかなと。ロックそのものが小さくなってる時代に、自分だけが生き残れたらいいのか?そうじゃないだろと。もう一回ロックがフォーカスされるような動きをして、ロックそのものを大きくしてから自分もそこから精神的に利益を得るべきなんじゃないかと。本当はね、若いバンドが新しい才能でライブハウスから出てきてセレブになるのが一番強いのよ。でも、なかなかいないんだよね。だから、「いつまでも出てこねぇなあ」ってそれを見てるだけじゃなくて、自分にできる可能性があるんだったらやりたいっていう風に思ってきた。


ーーテレビに出たいと思うようになったのは震災の影響も大きいそうですね。


Ken Yokoyama:震災以降、いろんなミュージシャンたちと舞台を共にする中で、「震災前に持ってたこだわりってチンケだったな」って思い始めた自分がいて。前は、「あいつらはああだから一緒にやりたくない」とか、「あのバンドは俺らとは違うもんだから」とか、そういった意識があったわけよ。それがものの見事に変えられた。どんどんネットワークが広がって、舞台を共にする仲間が増えたことがすごく楽しかった。それで、そういう人たちが今まで俺らがやってこなかったことをやってるのを見てるうちに、自分もそっちのフィールドに行ってみたくなるのは自然なことでさ。そんな風にして繋がっていったのはあると思う。


ーーMステの共演者のことを簡単に認めることができるようになったのには、そういう理由もあったんですね。


Ken Yokoyama:でも、会って初めて分かる部分は多いね。番組の放送後に、三代目 J Soul BrothersもNMB48も挨拶に来てくれたのね。そこで初めて心が溶けた。「結局、人なんだな」って思わされた。震災前までは、音楽のジャンルとかどこのシーンに属してるかとか、そういうことで分けてたところが自分の中にすごくあったから。


ーーそもそもパンクというジャンル自体がそういうものに対して敵意むき出しなところがありますもんね。


Ken Yokoyama:そういうのがあってナンボみたいなね。それが結局自分たちの首を絞めていくんだけどさ。俺たちも世間一般で言ったら意外と強く自分たちの首を絞めていたほうで。格好のつけ方にしても、発信の仕方にしても無意識のうちに相当制限してたと思う。「あいつらは俺らとは違うから、同じステージに立っちゃだめなんだ」みたいな気難しい思考回路があったよね……まだ残ってるのかもしれないけど。


ーー完全には溶けきってないでしょうね。


Ken Yokoyama:恐らくね。気質が元々そうだから。でも、そうやって世界が広がっていることをエンジョイしてる自分もいる。なんかね、当たり前のことなんだけど、いろいろなシーンでいろいろな生き方をしてる人たちと場を共にするってことはすごく楽しいことで(笑)。”(猛爆)”って感じなんだけど(笑)。繰り返しになっちゃうけど、震災前はそうな風に思いたくても思えなかったんだよね。だから、自分自身が変わったんだと思う。だから今、震災によって溶かされた心のままに、今までやってこなかったことに挑戦するのがものすごく楽しくて充実してる。


・「テーマが無いようでいて、音楽に向かった」


ーーでは、最新作『Sentimental Trash』の話に移ります。こんなにメロディックパンクから離れた作品も珍しいし、思い切ったなと思いました。


Ken Yokoyama:でも、12曲入ってるうちの半分は従来のメロディックパンク的な曲だけど、それでも印象としては離れてるように感じた?


ーーそうですね。正直に言うと、第一印象はピンとこなかったんですよ。その後も、自分の耳がおかしいのかもしれないと思って何回も聴いたけど、やっぱり印象はあまり変わらず。それで、しばらく聴かずに置いておいたんです。それで後日、思い出したかのように聴き直してみたらズドンと入ってきた。そこで、「あ、今回はこれまでと聴き方が違うんだな」と思ったんです。ミドルテンポの「Dream Of You」を1曲目として提案したのはMinamiさんだったそうですけど、これはこれまでとは違う手触りの作品なんだということを明確にするためにそうしたのかなって想像したんです。


Ken Yokoyama:そうかもね。これだけバラエティに富んだアルバムで1曲目が従来のメロディックパンク路線の曲だったら、そういうのが好きな人にとっては尻すぼみのものになっちゃうじゃない? だから、メロディックパンク然とした曲をトップに置かないっていうのは意識したね。


ーーなるほど。今、なぜこういう作品ができたのかを掘り下げるために、過去の作品について改めて聞きたいんですけど、まず1枚目の『The Cost of My Freedom』(2004年2月リリース)はどういう作品でしたか?


Ken Yokoyama:1枚目は成り立ちからして異質な作品だよね。最初は、トミー・ゲレロとかそういったギタリストがサイドプロジェクトとしてやるようなイメージで、アコースティックな曲を作り始めたんだけど、その合間にHAWAIIAN6のプロデュースを挟んだことで、「俺、やっぱりこういうメロディックパンクが得意なんじゃん!」ってことに気付かされて、その要素も足してみて、そして作品が出来上がったら今度はライブもしたくなってKEN BANDを結成したっていう。今の自分の活動の基礎を作ってくれたアルバムだよね。


ーーソロとしての初期衝動みたいなものが詰まった作品ですよね。


Ken Yokoyama:そうだね。特にアコースティック面に顕著なのかなって思う。


ーー3枚目『Third Time’s A Charm』(2007年9月)は、横山さんに子供が生まれたことが大きく影響しています。


Ken Yokoyama:そう。長男坊が生まれて、その喜びの中で作っていったアルバム。だから、自分の中ではすごく柔らかい印象がある。


ーーそして、今作です。今回はメインギターが変わったことが大きいんですよね。


Ken Yokoyama:そう。今回はテーマが無いようでいて、音楽に向かったっていうテーマがあるの。ギターと音楽。そういった意味じゃあ、1stと似たところはあるのかなって気はする。


ーーなるほど。


Ken Yokoyama:音像も違うし、バックグラウンドも違う。あの時は本当にひとりぼっちだった。でも、今は仲間がいてさ、その差も大きい。あとは、曲のバラエティさもそうだし、気持ちの入れ方も1stと近いものがあって。でも、今は未来の子どもたち――この日本で生きていくであろう子どもたちについて考えてると、自ずと自分の過去と向かい合わざるを得なくて。自分が子供の頃はどうしてもらったとか、世の中はどうだったとか、そうすると当時の風景も思い出されてきて、ノスタルジックな気分になったりして。だから、質は違うし、1stは寂しい感じが出ちゃったけど、自分と向き合うって意味では今回のアルバムとすごく一緒なわけ。この2年間ぐらいの間、夜な夜な自分ちの換気扇の下でタバコを吸いながら、「俺は何に興奮して創作に取り掛かれるのか」っていうことをすごく自問自答してた。その時の熱が意外と1stに近いような気がするんだよ。音には表れてないのかもしれないし、自分の感触だけなのかもしれないけど。


ーー1、2、4、5枚目っていうのは感覚的にだったり音楽的にお客さんも共有できる内容だったけど、3枚目と今回は割りと横山さんのパーソナルな部分からスタートしてるように感じたんですよ。


Ken Yokoyama:1stだってパーソナルじゃない? あれは共有できるの?


ーー1stは「横山健が帰ってきた!」っていうお客さんの熱狂があったわけじゃないですか。かなりパーソナルな内容ではありますけど、Hi-STANDARDの活動が2000年にストップして以降の横山さんのストーリーを、一部とはいえファンも見てたわけで、かなり感情移入できた作品だったと思うんですよね。だから、「Running On The Winding Road」を聴くと、サウンド以上にグッとくるというか。まあ、そう考えると今回の「I Won't Turn Off My Radio」もそんなところはありますけど……。


Ken Yokoyama:結局、どの作品とも似てないというところには落ち着かないのかな(笑)? 何かに似てないといけないの?


ーーこんなに回りくどい話をしたのも、前情報なしにこの作品をファンがストレートに受け止められるんだろうかっていう不安があるからなんですよ。だから、曲順に関してもそうだし、このアルバムの良さをしっかり受け止められるように解説していきたいっていう使命感のようなものがあって。要は、理解しづらい作品なのかなと。


Ken Yokoyama:ああ、まあね。音楽としては聴きやすいのかもしれないけど、横山健がなんでこれをやるのかって考え始めると難しいかもしれないね。でもまあ、そこを説明するとしたら“ギターと音楽”しかないのよ。


ーー今回のアルバムを聴いて改めて思ったんですけど、横山さんの曲は疾走感があってパンキッシュだからすごいんじゃなくて、良い曲を書いてそれをキャッチーに鳴らすことができるからすごいんだなと。プロデューサーとしてそもそも優れてるから、どんなサウンドを鳴らそうが関係ないんですよね。


Ken Yokoyama:だって、「A Beautiful Song」なんてSMAPが歌ったら「世界に一つだけの花」越えると思うよ?あはは!


ーー(笑)あくまでもサウンド的な部分だけで言うと、「Mama, Let Me Come Home」みたいな“ザ・メロディックパンク”的な曲は今回必要ないんじゃないかっていうぐらい、横山メロディをほどよいテンポで堪能したい気持ちになりましたよ。


Ken Yokoyama:なるほどね。ちなみにその曲はね、まだNO USE (FOR A NAME)があったらやれなかったな。これ、けっこうNO USEっぽいじゃない?トニーが亡くなってから、NO USEは動いてないでしょう。だから、もしトニーが生きていたら、これは彼のやるべきことであって自分がやらなくてもいいと思ってたかもしれない。“絆”みたいな意味合いもあったりする曲なんだよ。


・「死ぬってことが最近リアルに感じられる」


ーーそうだったんですね。ところで、「I Won't Turn Off My Radio」がMステ出演以降、ライブで大合唱だって聞きました。


Ken Yokoyama:そうなのよ。一番のハイライトになってるね。番組に出させてもらう前から既にみんな歌い始めてて、Mステで一気に加速した。今、シングルのレコ発ツアーが終わったところなんだけど、ツアー中はみんなあの曲を聴きに来てたね。もちろん、全部を楽しみに来てくれたんだろうけど、毎日「Radio」がハイライトな感じがしたよ。本当に大合唱してるよ。


ーーこのアルバムって、Mステとかをきっかけに今回初めて横山さんの作品に触れる人にとっては割りとストレートに聴ける作品なのかもしれないですね。そして、以前からのファンにとっては5年後とか10年後に、「あのアルバムって実は良い曲が揃ってるんだよな」って語るような作品なのかなと。そういう作品ってよくあるじゃないですか。 


Ken Yokoyama:俺はロックのそういうところが好きだからね。


ーーこのアルバムを出した後、ツアーが始まります。そして、来年3月には2度目の日本武道館公演をやるそうですね。


Ken Yokoyama:これはロマンのない話なんだけど、消防法が変わってくれたからやれるようになったってだけなんだけどね。


ーー3月10日開催ということですけど、日にちにも意味があるんですか?


Ken Yokoyama:いや、それは会場が取れた日がたまたまそこだったからなんだけど、それも運命のいたずらだよね。思った以上にいろんなことがドラマチックよね。


ーーこれから先もどうなるか分からないですからね。


Ken Yokoyama:こんなこと言いながら、今日の帰り道に事故で死ぬかもしれないし……話がちょっと脱線するけど、死ぬってことが最近リアルに感じられるの。周りで若くして亡くなる人も多いし、震災であれだけの悲劇を見たし、自分は年老いていくし……40代になってから老眼が進んじゃったり、おおよそ20代の頃の自分にはなかったことが起こるのね。だからね、平たい言葉になっちゃうけど、やりたいことは今やらないと損だぞって思うんだよね。自分の人生をエキサイティングなものにしてくるのは自分しかいないから。


ーー横山さんらしいですね。


Ken Yokoyama:幸せって待ってれば来てくるものじゃなくて、自分からなるものだからね。だからこそそれを掴みにいくのよ……俺、めっちゃ格好良くない(笑)?


(取材・文=阿刀"DA"大志/撮影=石川真魚)