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米国で映画のテレビドラマ化が相次ぐ背景とは? 9月から『マイノリティ・リポート』も放送開始

2015年08月30日 17:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『マイノリティ・リポート 特別編』(20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン)

 近年は、とりわけ有名映画のテレビドラマ化が相次いでいる。「サイコ」の前日談を描いた「ベイツ・モーテル」、レクター博士の若き日を描いた「HANNIBAL/ハンニバル」、コーエン兄弟の「ファーゴ」をベースにした「FARGO/ファーゴ」など、枚挙にいとまがない。先日もデンゼル・ワシントンがオスカーを受賞した サスペンス・アクション「トーレニングン デイ」のテレビドラマ化が発表され、9月から放送開始の新番組としてSFサスペンス「マイノリティ・リポート」のドラマ版が注目を集めている。その背景にある事情とは何なのか。


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 そもそもアメリカのテレビドラマは、放送権、DVDリリース、動画配信を含めてワールドワイドにセールスを展開することを常に視野に入れているので、国際的に知名度が高いヒット映画の知名度を利用することは常套手段だ。加えて、00年代以降、映画界のビッグネームが次々とテレビ業界に本格的になったことは、テレビ業界に多くの映画界の才能ある人材を呼び込むこととなり、格段に技術がレベルアップした。同時に、世界でも類を見ないほどケーブルネットワークが発達したアメリカでは、90年代後半からケーブル局のオリジナルシリーズが台頭。表現などの規制や視聴率の合格ハードルが高く、万人向けの番組を強いられる地上波(日本の民放にあたる)と違い、表現の自由度が格段に高いケーブル局、とりわけ有料チャンネルの最大手HBOは映画界との強いコネクションを生かし、圧倒的にクオリティの高い番組を生み出した。


 映画人の流入に、ケーブル局の映画に並ぶ質の高い番組作りは、結果としてテレビ業界全体の質の底上げを促進。さらに08年のリーマンショックにより、映画業界から多くの人材がテレビに流れたことによって、テレビの現場はかつてないほどの高い技術レベルを誇るようになった。こうした質の向上により、映画でしかできなかったスケール感のある映像世界や、密度の濃いドラマ作りがテレビでも可能となり、映画のテレビドラマ化にも拍車がかかったのである。もちろん、万年ネタ不足であることは言わずもがなの第一の理由で、「CSI:」シリーズや「NCIS」シリーズのようにフランチャイズ方式で、本家の人気にあやかり類似番組を軌道に乗せるやり方が増えていることにも、それは顕著だ。これは映画界のリメイク、リブート流行りと似た状況と言えるだろう。


 だが、映画でも単なるリメイクは不発に終わることが多いのと同じく、テレビでも知名度があるからこそ、視聴者の期待もいやが応にも上がる有名映画のテレビドラマ化はハードルが高く、失敗例が多い。企画だけなら毎シーズン複数あるし、パイロット版を作ったものお蔵入りとなった作品も少なくない。


 ポシャった番組の代表例としては、80年代の大ヒット映画「ビバリーヒルズ・コップ」の主人公アクセル・フォーリー刑事の息子を主役にした「Beverly Hills Cop」(13)がある。映画で主演をつとめたエディ・マーフィー御大も参戦したにも関わらず、シリーズ化は見送られた。放送局は米3大ネットワークのひとつ、CBS。ここ10年以上、最も多くのヒットシリーズを安定して供給している同局は、それゆえ新番組の合否のハードルが非常に高いことでも知られている。他局だったら打ち切りにならないレベルの結果を出したとしても、あっけなくキャンセルされる作品は多々あるが、作り手にとっての難関は、やはり万人受けを求められる点だろう。


 最近で成功している例は、「NIKITA/ニキータ」や「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ」のように割と真っ向勝負の前日談や後日談といったものではなく、ある程度視聴者層を絞り込んだ作り、とりわけ二次創作的な要素が色濃い作風がトレンドとなっている。「サイコ」の前日談「ベイツ・モーテル」は、現代が舞台という大胆さ。映像全体にレトロ感を演出して「サイコ」にこれでもかと目配せしながら、映画を知っているからこそ引っかかるトリッキーなエピソードも盛り込まれていて、心憎い。傑作シリーズ「FARGO/ファーゴ」は、コーエン兄弟の「ファーゴ」の世界観を踏襲しながらも、似ているようで全く違う物語を1シーズンで見せ切るアンソロジー形式で描いて、前シーズンの賞レースを席巻した。


 こうした成功例は、大抵はケーブル局の作品だ。前述のCBSの例に漏れず、地上波の縛りは非常に厳しく大味になりがち。大味は大味で需要はあるが、映像のスケール感や国際的なスターのバリューも含めてヒットした映画を、ゆるく大味にドラマ化されても誰も喜ばないのは万国共通である。


 そういう意味では、地上波としてはギリギリの線まで挑戦し、原作、映画の世界観を忠実に再現しながらオリジナリティを発揮した「HANNIBAL/ハンニバル」は、注目に価する。誰もが目にする地上波のNBCネットワークで、これほど過激な映像表現を放送して良いののか否かは別問題として、二次創作的な作りでありながら超一流の映像世界を構築したクリエイター、ブライアン・フラーの挑戦は、作り手にとっての夢そのもの。また、視聴率だけで言えばシーズン1の時点で打ち切りが妥当だったにも関わらず、シーズン3まで放送したNBCの判断は、視聴率至上主義の米国テレビ業界に一石を投じるものであった。残念ながら3シーズンで終了となったが、失敗作かどうかという判断には、ワールドワイドのセールスも含めた分析が必要だ。作品の質という意味では文句無しに優秀で、映画のドラマ化にひとつの可能性を提示したものと位置付けることができるため、単純に打ち切り=失敗作とは言えない。


 こうした流れを背景に、「トレーニング・デイ」と「マイノリティ・リポート」のテレビドラマ版を考えてみると、この企画を軌道に乗せることの難しさが見えてくる。前者はワーナー・ブラザース・テレビジョンが製作し、放送局はまだ決まっていないが、映画から15年後のロサンゼルス市警が舞台で、映画とは逆に新人刑事が黒人、ベテラン刑事が白人になるという程度のひねりでは新鮮味は薄い。このところテレビでは失敗作が続いているジェリー・ブラッカイマーがプロデューサーというのも、アメドラファンにとっては不吉な予感は拭えないだろう。


 後者は、パイロット版がネット上にリークされるなど話題性は抜群だったが、そのパイロット版に関しては微妙な評判しか聞こえてこない。映画の10年後を舞台に、未来に起こる兇悪犯罪を事前に察知して犯人を逮捕するという設定も、それだけを聞けばアメドラには似たような設定の作品はいくつもある。プロデューサーにはスティーヴン・スピルバーグが名を連ねているが、”名義貸し”と言われることの多いスピルバーグの名前に、少なくともテレビ作品においてはブランド力は低い。放送局が地上波のFOXネットワークであることも、万人向けを強いられそうで不安要素の一因と言えるだろう。


 もちろん、パイロット版から修正をかけてうまく軌道に乗せるところまで持っていける基礎体力が、アメリカのテレビ業界にはある。何百回となく描かれてきた警察内汚職の話もSFサスペンスも、ふたを開けてみれば「その手があったか!」といった意外な形で成功を収める可能性は十分にあり得る。「トーレニング・デイ」と「マイノリティ・リポート」が、予想を裏切ってくれることを期待したい。(今祥枝)