ベルギーGPでロマン・グロージャンが表彰台に上がることを予測できた者はいるだろうか。ロータス・チームでさえ、ここまでの好結果は期待していなかった。その裏には戦闘力うんぬんではなく、いつマシンを差し押さえられて走れなくなってもおかしくないという財政事情があった。無線を通じたドライバーとチームのやりとりとともに、涙の舞台裏を覗いてみよう。
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「ロマン、ストラット7を使え」
ハイペースで追い上げ、次々とオーバーテイクを成功させるロマン・グロージャンのもとには、レースエンジニアのジュリアン・シモン・ショータンから何度も指示が飛んでいた。
ストラットとは、MGU-HとMGU-Kの発電と放電をどのように割り振るか、あらかじめ組み合わせ設定を何種類か用意したもので、レース状況によってドライバーがエンジニアから指示を受けて切り替えながら走行している。
最大限のERS(エネルギー回生)アシストを使おうとすると、スパ・フランコルシャンのようなサーキットでは1周の発電量よりも放電量のほうが上回り、バッテリーの残量はどんどん減っていってしまう。グロージャンに許された「ストラット7」の使用時間は、2周程度しかなかった。
その短いチャンスで確実に追い抜きを成功させたグロージャンの走りを、チーフエンジニアの小松礼雄は褒め称えた。
「それまでバッテリーの電気エネルギーを貯めて、貯めて、貯めながら走って、どのくらいディスチャージ(放出)できるかという予測に基づいて、2周で抜く予定でストラット7を使ってディスチャージしてプッシュしたわけです。ラップタイムを見ていれば、我々も何周で抜けるなっていうのは予測がつきますから、前に追いつくまでにバッテリーをこのレベルにしておきましょう、ということで貯めていってるんですね。そこでストラット7にして、もし2周で抜けなかったら(バッテリーが空になってしまって)ヤバいけど、最後のベッテル以外は1~2周でスパッと抜いてくれたから、今日のロマンは素晴らしかったですよ」
グロージャンはストラット7を使ってケメルストレートでバルテリ・ボッタス、ダニエル・リカルド、セルジオ・ペレスと何台も追い抜きに成功した。
終盤戦はセバスチャン・ベッテルとの3位争い。じわじわとタイヤのデグラデーションが進むベッテルに対して着実にタイム差を縮めたが、38周目に再びストラット7使用の指示が飛んだ。
「ストラット7だ、ベッテルをやっつけろ!」
最初の試みは失敗に終わった。そして、42周目にベッテルの右リヤタイヤがバーストして自滅。これでグロージャンは3位に上がった。
しかし、その裏でロータスは、もう一度ストラット7による攻勢を準備していた。
「最後に(ベッテルを)抜くために貯めていて、最後の3周に勝負をかけていたんです。抜くのが難しいのはわかっていたんで、完全にギャップを詰めてからエンジンとバッテリーを使おうと準備していた」と、小松チーフエンジニア。
グロージャンが予選で見せた4位という結果は、チームとしても大きく予想を上回るものだった。「行けても8位くらいで、降格ペナルティが加わって13番手くらいからのスタートだろうと思っていた」(小松エンジニア)からこそ、予選ではアタックを控えて新品タイヤを温存し、決勝に備えた。それが第2スティントの最初にボッタスをかわす原動力となり、レース全体を通してのハイペースの要因ともなった。チームの総合力でつかみとった表彰台だったのだ。
「素晴らしいレースだった、よくやった、P3だ! 君のキャリアで最高のレースのひとつだ」
シモン・ショータンが讃えると、グロージャンは涙まじりの声で答えた。
「最高だ、みんなありがとう。最高のチームだ……」
かねてからの資金難はいよいよ難局をきわめ、スペアパーツの量は減り、チームから外部への支払が滞っていたためにベルギーGPに出場できるかどうかすら危ぶまれる状況だった。木曜日の夜にはマシン差し押さえの危機があり、チームマネージャーとテクニカルディレクター、チームコーディネーターが夜間作業禁止の夜11時以降もガレージに居残って対処したほどだった。
「いまのウチらは、表彰台に乗れるような状況じゃなかったんです。特に今週は、ここに来る前からお金の面が大変で、レースに出られなくなってもおかしくないというレベルだった。お金がないから開発はできないし、パーツも足りないし、モチベーション的にもツラい。そんな状況で、この結果が出せたのは、エンジニアからメカニックから、みんな素晴らしい人材がそろっているからです。この人たちだからこそ、できたことなんです。本当にすごい、素晴らしいことだと思います」
そう語る小松エンジニアの目にも、涙が浮かんでいたように見えた。
(米家峰起)