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リアルな匂いや手触りを表現する――チェコのパペット映画『クーキー』の"新しい懐かしさ"

2015年08月16日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『クーキー』/(C)2010 Biograf Jan Svêrák, Phoenix Film investments, Ceská televize a RWE.

 チェコを代表する映画監督、ヤン・スヴェラーク。やさぐれた老人と純粋な5歳の少年の心の交流を描き、第69回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『コーリャ 愛のプラハ』で知られる。ヤン監督は、国際的な映画賞に輝くなどこれまで世界的な成功をおさめながらも、ハリウッドなどのビッグ・スタジオからのオファーからは距離を置き、故郷チェコに根ざした映画製作を長年、続けてきた。ここ最近ではチェコの人気俳優を起用したコメディ作品や俳優、作家としても活躍する父ズデニェク・スヴェラークのドキュメンタリーなどを次々と制作し、国内で安定した評価を得ている。


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 今回、日本での公開が決定した実写パペット映画『クーキー』は、チェコでは2010年に公開されたもの。本国では、同年に公開された『トイ・ストーリー3』を超えるヒットを記録し、チェコのアカデミー賞と言われるチェコ・ライオン賞で4部門を受賞するなど、子供たちから大人まで幅広い層の支持を獲得した話題作だ。チェコ伝統の操り人形(パペット)を使い、主人公の捨てられたぬいぐるみ・クーキーが現実の森を舞台に大冒険を繰り広げる。登場人物たちは、だれもかれもちょっと奇妙で、不格好。動きもスムーズではないけれど、それが逆にかわいらしい。そんなハンドメイドなファンタジーは、チェコの伝統的な絵本や寓話に通じる温もりや神秘性に満ちている。カレル・チャペックやイジー・トルンカが生まれた国、そしてその地に脈々と息づく文化を敬愛しながら映像制作を続けている映画監督だからこそ描けた、新しくも懐かしいパペット・アニメーション。ヤン監督に自身にとって初の試みとなったパペット映画制作の秘話と、作品に込めた想いを伺った。


■小さい生き物の目線で自然を描く


――まず、なぜ長年実際の俳優を使い実写映画を撮っていた監督が、人形が主人公の物語を描こうと思ったのか。そのきっかけを教えてください。


ヤン:私はずっとチェコの有名な俳優たちといくつも仕事をしてきました。彼らスターとの仕事はなかなかに大変なものです。制約も多いし、できることにも限りがある。そういうしがらみとは離れた、もう少し自由に撮れるものに目を向けたいとつねづね思っていたんです。その一方で、私は長い間、昆虫のような小さなものに焦点をあてた映画を作りたいとも思っていた。小さい生き物の目線で自然の世界を描いてみたいとね。7歳の息子と遊んでいた時に、子供時代には確かに感じていた自然の中の美しい世界に再び気づかされる瞬間がいくつもあった。空を舞うタンポポの綿毛や木漏れ日の柔らかな光。そういったものをきちんと映画の中に描いてみたいと思ったことがこの作品を考えはじめたきっかけです。


――最初から主人公は捨てられたぬいぐるみにしようと思ったんですか?


ヤン:いいえ。最初は犬が主人公の物語を考えました。でもこのアイデアはあまりうまくいかなかったんです。その後、石や木の枝が主人公だとどうだろうかとも思いました。石や木なら、手で投げたり川に流したりして動きを作れるかなと思って、いろいろと実験をしてみたんです。でも、これもあまりうまくいかなかった(笑)。そんな中、ある時、息子とぬいぐるみで遊んでいたら、彼がその遊びをとっても喜んでくれたんです。私が、ただ手で動かしているだけなのに! 息子は、私が動かしているぬいぐるみを実際に生きているキャラクターとして受け止めていた。その時に"これだ"と思ったんです。ぬいぐるみを主人公にすれば動きもつけやすいし、リアルな自然の中でも撮影ができる。そして何より、多くの人が共感し、楽しめる物語にすることができるぞ、と。


■リアルな匂いや手触りを感じるものにしたかった


――現実の自然を描くということに一貫してこだわっているからこそ、ぬいぐるみが主人公でもアニメーションではなくパペットによる実写撮影にこだわった。しかし、監督にとっては実写とはいえ、パペットが主体の撮影は初めての挑戦。苦労されたことが多かったようですね。


ヤン:そうだね。私ももちろん、ディズニーやピクサーのアニメーションは息子と一緒に楽しんでいる。だけど、そういったメインストリームとは対極にある手法でこの物語を描きたかったんだ。リアルな匂いや手触りを感じるものにしたかった。とはいえ、この映画の撮影はまるで悪夢のようだったよ!(笑) 当初は35日間の予定だった撮影期間は100日にのびてしまったし、映画撮影クルーもいつも一緒にやっている6人のミニマムなメンバーで行う予定だったけれど、それも最終的には60人ものチームになってしまっていたんだ。これは、普通の実写映画を撮るのと変わらない人数だよ! 森に差し込む太陽の光は常に変化するし、主人公たちが芝居をするのに最適な森の雰囲気、彼らが暮らす木を1本探すのにもチェコ中を移動しながら行ったからね。また、映画にはたくさんの動物たちも出演している。リスや小鳥、犬だけでなく、トンボやハチといった昆虫たちもね! 彼らとパペットのシーンをリアルに合成するのにはCGの技術が役に立ったよ。その作業でもまた、スタッフが増えてしまったけれどね。動物たちの撮影も根気のいる仕事だよ。彼らが私のイメージに合うように動いてくれるまでスタッフは何時間も待って、辛抱強く撮影を続けてくれたんだ。


――物語では、捨てられたテディベアのクーキーと年老いた森の村長ヘルゴットがゴミ捨て場から脱出し、森を抜け、街を目指します。若いクーキーと年寄りのヘルゴットのバディ関係は『コーリャ 愛のプラハ』の主人公たちのように年の差をこえて互いに影響を与えます。2匹(?)のユニークなキャラクターはどのように生まれたのでしょうか。


ヤン:クーキーの持ち主であるオンドラ役とクーキーの声を演じたのは、私の息子、オンジェイだよ。彼は当時8歳だったけど見事に演じてくれた。また、ヘルゴットの声を演じたのは、父のズデニェクなんだ。信頼できる家族に任せたことで説得力のある関係を描くことができたと満足しているよ。クーキーとヘルゴットは父親と息子のようであり、親友同士のようでもある。クーキーの子供の純粋さを描くために、ヘルゴットのような老いた存在が必要だったんだ。クーキーはナイーブでデリケートな少年で、勇気や行動力もある。ヘルゴットは、昔はメイドインチャイナのおもちゃだったんだ。それが捨てられ、森の中で長い年月をかけて自然と一体化していった。老いていて、もう目もよくみえない、悲しい生き物なんだ。


――チェコはパペット・アニメーション大国として知られています。ヤン・シュバンクマイエルやイジー・トルンカなど、世界的にも巨匠と評価されるアニメーション作家も多数いますが、今回の映画ではそういった過去の名作を参考にする場面などはあったのでしょうか?


ヤン:今回の撮影ではストップ・モーションの技法は使っていない。だから、具体的に過去の名作を見返すことはなかったね。過去を参考にするよりも、新しいテクノロジーやアイデアでパペットの映画を作りたいと思っていたんだ。人形アニメを制作しているアニメーションスタジオに基本となる人形の動かし方を教えてもらったりはしたよ。ぬいぐるみの片方の脚を軸足にしてホッチキスで固定してから動かすと動かしやすいとかね。そういったトリックはかなり学んだよ。イマジネーションの部分では、自身の子供時代に観ていた人形アニメーションの記憶を振り返るだけで十分だったよ。もともと、私はアニメーションや人形劇をやりたいと思って30代のころに映像の世界に入ったんだ。今回は、そんな初心に戻る、いいきっかけになったんだよ。僕は今、50歳。初心に戻って何かをまた何かを目的をもってやりはじめるのに遅過ぎるっていう年齢ではないと思うんだ。『クーキー』での経験は、自分の子供時代のこと振り返り、そして映像作家としてのキャリアを原点に戻してくれた。それだけでも、とても意味のある作品だと思っているよ。(梅原加奈)