2015年08月16日 10:21 弁護士ドットコム
イヤホンで音楽を聴きながら自転車を運転していたとき、横断歩道をわたっていた高齢女性をはねて死亡させたとして、男子大学生(19)が8月上旬、重過失致死の疑いで書類送検された。
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報道によると、大学生は今年6月上旬、千葉市稲毛区の路上で、青信号の横断歩道をわたっていた歩行者の女性(77)を自転車ではねて死亡させた疑いが持たれている。当時、大学生はイヤホンで音楽を聞きながら運転していた。また、自転車のスピードは時速20~30キロ程度だったとみられ、赤信号を見落とした疑いが強いという。
警察の調べに、大学生は「下を向いて前をよく見ていなかった」などと供述したという。今回のケースでは、事故の原因になりそうな行為がいくつかある。それぞれの行為は、大学生の責任にどのような影響を及ぼすのだろうか。自転車事故の責任について、好川久治弁護士に聞いた。
「自転車事故によって人を死亡させた場合、『重過失致死罪』(刑法211条)に問われます。
報道によると、今回の自転車事故の直接の原因は、大学生が『タイヤや路面の状態を見ていて前を見ていなかった』ことにあるようです。
つまり、大学生が重過失致死に問われる主な根拠は、(1)自転車のタイヤや路面の状態に気を取られ、前方の安全確認不十分なまま自車を進行させたこと、(2)これによって、横断歩道をわたっていた高齢女性の発見が遅れて、自転車を衝突させてしまったことにあります」
具体的には、どのような行為が責任の根拠となるのだろうか。
「自転車の運転者は、道路交通法により、『ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通および当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない』という義務(安全運転義務)を負っています。
今回のケースでは、こうした安全運転義務に違反したといえます。
また、時速20~30キロとスピードが出ていた点もポイントになります。もし仮に、もっとゆっくり走っていれば、被害者との接触を避けられたり、死亡にまで至らなかったりという事情があれば、責任の根拠となりえます」
今回のケースで、イヤホンで音楽を聞いていた点は考慮されるのだろうか。
「イヤホンで音楽を聞きながら自転車を運転することは、たしかに、『安全な運転に必要な音声が聞こえないような状態』で運転しないことという道路交通法施行規則に違反する可能性があります。運転者の行為としては非難されるべきです。
しかし、死亡事故との関係では、(a)周囲の音が聞こえず注意散漫となって信号を見落とした(b)被害者の発見が遅れた、という因果の流れが立証できないと、責任の根拠とするのは難しいでしょう。
また、信号無視についても、わざと赤信号を無視したのであれば、責任の根拠となりえます。ですが、今回のケースは、『下を向いて運転していたので、赤信号に気付かなかった』ということのようですから、信号無視自体を根拠としにくいでしょう。
もちろん、これらの行為も道路交通法に違反しますので、遵法意識が鈍っていたという点で、大学生にとって不利な情状として考慮されることはあります。
今後、大学生は、検察庁の捜査を経た後、家庭裁判所に送致され、保護処分に付するかどうかが決められます。これらの違反の事実は、その際の家庭裁判所の判断に影響を与えるでしょう」
今回の事故では、被害者の女性が亡くなっている。大学生は被害者の遺族に対して、どのような責任があるのだろうか。
「大学生は、刑事事件の問題とは別に、民事で被害者の遺族に対して損害賠償責任を負わなければなりません。
具体的には、死亡までの治療費や入院付添費、入院雑費、入院慰謝料、葬儀費用、死亡による将来の逸失利益(生きていれば得られたであろう利益)、死亡による慰謝料、遺族固有の慰謝料などです。
被害女性は高齢ですが、彼女に責任のない事案ですので、大学生は3000万円~4000万円の賠償責任は覚悟しなければならないでしょう」
このように述べたうえで、好川弁護士は次のように注意喚起していた。
「自転車が関与する交通事故が全体の2割近くを占め、加害者となる事故も毎年2万件近く発生しています。被害者の救済のためにも、自転車を運転する機会の多い方は、対人賠償責任保険に加入しておくべきでしょう」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
好川 久治(よしかわ・ひさじ)弁護士
1969年、奈良県生まれ。2000年に弁護士登録(東京弁護士会)。大手保険会社勤務を経て弁護士に。東京を拠点に活動。家事事件から倒産事件、交通事故、労働問題、企業法務まで幅広く業務をこなす。趣味はモータースポーツ。
事務所名:ヒューマンネットワーク中村総合法律事務所
事務所URL:http://www.hnns-law.jp/