トップへ

WARHEAD、VIVISICK、九狼吽……海外で活躍する日本のハードコアバンド5選

2015年08月15日 18:01  リアルサウンド

リアルサウンド

VIVISICK『NUKED IDENTITY』

 日本のハードコアパンクバンドは、80年代から独自のスタイルを築き上げ、世界でもかなり注目されてきた。


参考:浅野忠信はなぜバンド活動を続けるのか「音楽を通じて自分の気持ちを変えたい」


 1984年、世界中で発売されたオムニバス『P.E.A.C.E./War』に、GISMとTHE EXECUTEの楽曲が収録されたことにより、日本のハードコアパンクのレベルの高さや、その凄みが国境を越えて知れ渡ったと言って良いだろう。


 そして、1988年にROSE ROSEが日本のハードコアパンクバンドとして初の海外進出となるイギリス&ヨーロッパツアーを行い、1989年にはGAUZEがイギリスへ、S.O.Bがヨーロッパツアーを敢行、1990年代に入ると原爆オナニーズがアメリカでのライブを成功させた。日本発パンク・ハードコアバンド、海外進出の幕開けである。


 それから30年近くが経った現在も、海外で活躍する日本発のパンク・ハードコアのバンドは少なくない。今回は、世界でも評価されている日本のパンク・ハードコアを紹介したい。


■WARHEAD


 メンバーは、Vo.JUN、Dr.荒木、Gt.江渕、Ba.陽水。1990年にDISCHARGE、CHAOS U.K、DEATH SIDEなどに影響を受け、京都で結成された。何度かのメンバーチェンジを経て、今年で結成25年目を迎えたバンドである。現在まで3枚のシングルと、2枚のアルバムのほかに、スプリットシングルとオムニバスCD、3枚のDVDも発売している。


 親交の深いイギリスのCHAOS U.K、FUKのギタリストGABBAに「HARDEST CORE」と表現されたように、ハードコアをも超えた激しさを持つ、日本を代表するパンクバンドである。圧倒的なステージでの迫力は、問答無用で観る者すべてを衝撃と驚愕の渦に叩き込む。


 常にMAXを超えた激情が、声とパフォーマンスとなり放たれるJUNのボーカル。荒木のドラムは、3rd EP「DRIVE IT IN YOUR HEAD」に収録されている「月下」のイントロに象徴されるように、まさに「怪物」そのものだ。その凄まじさはレコード、ライブともに必聴である。陽水のダウンピッキングは、人間の持つ感情を激しく揺さぶり、江渕の放出する轟音は、ほかには何も考えられなくなるほど危険なノイズとなり、すべてを破壊する。


 ステージではもちろん、日常生活においても、その生き様と人間性が現れているWARHEADは、「これが日本のハードコアパンクだ!」と誰もが認めざるを得ない存在だろう。


■VIVISICK


 メンバーはVo.SUNAO、Gt/Vo.KAZUKI、Gt/Vo.HARU、Ba/Vo.TAKAHASHI、Dr/Ch.HITOSHI。1996年結成。現在までアルバム1枚、スプリットアルバム1枚、単独EP2枚、スプリットEP3枚、DVD1枚、その他多数のコンピレーション作品に参加し、2015年8月に2ndアルバムとなる『NUKED IDENTITY』を、完全自主制作で日本、アメリカ、チェコ、マレーシア、韓国で発売する。


 SUNAOのセンス溢れる歌詞とコーラスワークが特徴的で、サウンドはポップでキャッチーな部分もありながら、ライブでは客席でサークルモッシュが起きるほどの激しいパフォーマンスを披露している。パンクスなら一度は体験するべきだろう。


 海外ツアー経験は、日本のハードコアパンクの中で一番と言っていいほど豊富で、恐らく日本で最初にブラジルツアーを行ったハードコアパンクバンドだと思われる。2007年にはブラジルツアーのツアーメイトであるMUKEKA DI RATOを日本に招聘し、FORWARDとの合同企画で世界中のパンクバンドを集めた、日本ツアーを伴ったイベント「GOLDEN WORLD PUNK WEEK」を敢行。2011年の5月と10月に行われた上野公園野外音楽堂での自主企画「PUNKS WERE MADE BEFORE SOUNDS」では、両日ともに1000人以上の動員を記録し、その売り上げを東日本大震災の支援金に充てるなど、活動は多岐に渡っている。


 特筆すべきなのがライブパフォーマンスで、ライブハウスの中が混沌とする様は、パンクのライブの醍醐味をこれでもかというほど味わうことができるだろう。


■九狼吽(CLOWN)


 メンバーは、Vo.MUNE RED MOHAWK、Gt.COMI、Ba.RIKIYA。Dr.は募集中。1998年に名古屋を訪れた「CHAOS U.K BURNING SPIRITSツアー」にて、FORWARD鉄アレイを観て覚醒したMUNE RED MOHAWKと、現メンバーであるCOMIとRIKIYAにより、1999年に名古屋で結成された。現在まで2枚のアルバムのほかに、2枚のオムニバスに参加しており、名古屋、東京を中心に、結成当初から月に3~5回のペースでライブ活動している。


 2013年に行ったスカンジナビアツアー以降、その経験からか、サウンドやライブパフォーマンスが見違えるほど上達し、一気にジャパニーズハードコアの中心バンドとなった。


 MUNE RED MOHAWKの巨体から繰り出される迫力のボーカルが印象的だが、COMIの繊細なプレイはヘビーメタル界の観客にもファンが多い。RIKIYAのパンクテイスト溢れるベースと、ドラミングの掛け合いによるドライブ感は、mortorheadの疾走感を彷彿とさせる。(現在、ドラムは募集中ではあるが)そうしたドライブ感溢れる楽曲に乗ったMUNE RED MOHAWKのボーカルスタイルは必聴。彼の生き様から放たれる歌詞の内容も、九狼吽の魅力をさらに引き立たせる。


 また、MUNE RED MOHAWKは、世界で一番知名度の高いバイクチーム「ヘルズエンジェルズ」のメンバーで、アジア初、黄色人種初のヘルズエンジェルズ支部を日本で立ち上げた人物でもある。さらに彼は、名古屋でライブハウス「RED DDRAGON」を経営するなど、九狼吽とともに、名古屋ハードコアパンクシーンで欠かせない存在となっている。


■HAT TRICKERS


 メンバーは、Vo.CLOCKWORK KENJI、Gt.FANTA、Space Gt.Y.A.S、Ba.KYOKO、 Dr.MOLO.KO。1996年頃、CLOCKWORK KENJIを中心に結成され、1997年に初ライブを行う。現メンバーまで、数々のメンバーチェンジを繰り返してきたが、一貫したHAT TRICKERSワールドを作り出している。HAT TRICKERSを一度でも観たことのある人間ならば、その印象を忘れることなどできないだろう。


 映画「時計仕掛けのオレンジ」に影響を受けたメイクやファッションは、音楽のジャンルを超え、ハードコアやパンク界のみならず、サイコビリーやゴシックのシーンでも支持を集めている。そうしたライブにも数多く出演しており、このバンドの多様性が伺える。


 映画とパンクに多大な影響を受けたCLOCKWORK KENJIは、ライブに遊びに行く時以外にもメイクをして外出しているため、様々な一般人や同じパンクス達からも多くの攻撃を受けてきているが、それでもその姿勢を貫き通す精神は、まさにハードコアパンクそのものと言えよう。


 2枚のシングルと2枚のアルバムのほかにも、数多くのオムニバスやスプリットに参加しており、サウンドは1980年代のUK PUNK、特にOi!と言われているジャンル(ABRASIVE WHEELS, COCK SPARRER, THE CRACK, MAJOR ACCIDENT,THE BLOOD等)や、サイコビリーにも影響を受けている。いわゆるハードコアとはひと味ちがっていて、パンクを知らない人間でも入りやすいサウンドであるように思う。


 将来映画を撮ってみたいと話すCLOCKWORK KENJIの今後にも注目だが、まずはHAT TRICKERSのライブを一度体感してもらいたい。日本のアンダーグラウンドのエンターテイメント性が、世界に通じていることが素直に理解できるだろう。


■CRUDE


 メンバーはBa.Vo HIDEKAZU、Gt.弁慶、Dr.HIDETOSHI。1994年に北海道函館で結成され、現在まで5枚のシングルと、6枚のアルバムのほかに、12インチ、スプリットのシングルや、ヨーロッパツアーのビデオも発売している。結成当初から90年代はボーカルがいる時期や、ツインギター編成などの4人編成で活動していたが、2001年からは3人での活動になっている。


 叙情的なメロディックさとハードさのコントラストを併せ持った、まさにジャパニーズハードコアの真髄とも言えるサウンドは、海外からも高い評価を受けている。


 外国人にも引けを取らない体格を持つ3人のパワフルな演奏は迫力満点で、間近でCRUDEを体験すると、3人編成とは思えない音圧と、非常に高いクオリティの演奏に惹きつけられる。楽曲の中に見られる各パートの繊細さが融合されたサウンドは、このバンドの真骨頂と言えよう。


 ホームページやFacebook、Twitterなどのツールを使わずに、これだけ世界にファンを増やしているということは、生演奏の迫力を知ったファンやリスナーが、どうしても観たいという衝動に駆られているからだろう。近年のインターネット文化に対するアンチテーゼとも見てとれる。


 また、函館に唯一存在していたライブハウスが閉店した後には、自分たちが練習していた場所をライブスペースとして開放し、完全なるD.I.Y(Do it your self/自分自身でやる)を実践。函館という街で、ハードコアパンクシ—ンを持続させ、世界に発信し続けている真実のハードコアパンクスたちである。


 ほかにもまだまだ紹介しきれないほど素晴らしいバンドはたくさんいるが、そうした日本のハードコアやパンクのバンド達は、国内での知名度よりも海外での知名度の方が高い場合が多く見られる。これをきっかけに、日本のリスナーもアンダーグラウンドシーンの素晴らしさを知ってくれることを心から願う。(ISHIYA)