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世界で「金曜日」がアルバムリリース日に デジタル音楽時代を見据えた「業界の変革」とは

2015年08月11日 13:11  リアルサウンド

リアルサウンド

「New Music Fridays」公式HP

 今年7月、音楽の世界業界の歴史が変わる出来事が起こった。


(参考:定額ストリーミングサービスは音楽に何をもたらす? 専門家・榎本幹朗が分析する現状と未来


 世界の音楽業界団体を代表する組織「国際レコード産業連盟」(IFPI)が、7月10日から世界45カ国以上で、新アルバムを毎週金曜日に発売する新たなリリース日を設定した。


 「New Music Fridays」と名称されたこの新しいリリース方式は、レコード会社やディストリビューター、小売店など世界中の音楽ビジネス全体に統一のルールを導入し、より多くの音楽ファンに新しい音楽を聴いてもらうために目的で制定された。


 これまでアルバムのリリース日は国によってバラバラだった。例えば、イギリスとフランスでは月曜日、アメリカは火曜日、日本は水曜日、ドイツとオーストラリアは金曜日というように、アルバム・リリース日は国ごとに固定されてきた習慣だった。このため、各国にちらばるレコード会社やディストリビューター、小売店、オンラインショップは、国に沿ったルールに従い音楽販売を行ってきた。


 IFPIはこの業界の決まりを打ち破り、アルバム発売日を世界統一するという斬新な試みを始めたのだった。


・金曜日が世界同時リリース日の理由


 「New Music Fridays」が実施に至った理由ははっきりしている。まず、リリース日の「ズレ」を減らすことで、新しい音楽が違法サイトにアップされることを防ぐことができる。これまでのように国によってリリース日が違えば、他の国でリリースされた時にはすでに違法ダウンロードサイトに音源がアップされ、ビジネスとして売上にダメージを受けることが問題視されてきた。リリース日を統一すれば、違法サイトにアップされることも減り、ファンも合法的な音楽が楽しめる。


 「New Music Fridays」のもう一つのメリットは、アーティストやレコード会社、マネジメントが世界共通のプロモーションやマーケティングを行うことが簡単になることと言える。これまでは発売日が国別に違っていたため、アーティストは国別にファン向けの施策を作り、情報を配信してきた。しかしソーシャルメディアやオンラインメディアが情報発信の中心になった現代において、世界の音楽情報はボーダーレスでファンに伝わっていく。そのため世界に散らばるファンにサブライズ的要素を与えるプロモーションをソーシャルメディアを使って行うことが「New Music Fridays」によって可能になるという利点が生まれる。


 さらに「New Music Fridays」として金曜日が選ばれたのは、消費者の音楽購入が変化してきたことを示している。IFPIは公式サイトで、週末始めの金曜日に最も新リリースを聴きたいと答えたファンが多く存在すること、金曜日がオンラインショッピングに人気の日であること、金曜日はソーシャルメディアが最もアクティブになる日であることを理由に挙げている。


 覚えている人も多いと思うが、ビヨンセが何の前触れもプロモーションも絡ませず、突如iTunesで独占販売したアルバム『Beyoncé』は、2013年12月13日の金曜日0時にビヨンセのInstagramから世界同時に解禁されている。また今年に入って、ラッパーのドレイクがiTunesで独占配信したアルバム『If You're Reading This It's Too Late』も、2015年2月13日の金曜日にドレイクのTwitterを通じて世界同時にリリースされた。


 アルバムのリリース数日間でビヨンセは80万ダウンロード以上、ドレイクは50万ダウンロード以上を記録。2014年11月にはビヨンセのアルバムは世界で売上500万を超える成功を収めている。


 つい先日となる8月7日にも、ドクター・ドレーが新アルバム『Compton』をApple Musicで独占配信し、日本のiTunesアルバムチャートでも1位を獲得した。今後も同様のケースでアルバムを世界同時配信するアーティストが増えつづけるはずだ。


・デジタル時代へと変化する世界の音楽業界


 厳密に毎週金曜日といっても世界同時発売ではない。毎週金曜日ローカル時間の00:01に新作がリリースされる。さらには、このリリース日を準拠する判断は市場によって異なる。この新しいリリース日は、iTunesなどデジタルダウンロード、CDやアナログレコードなどフィジカルな音楽メディアに適応される。しかし、アーティストやレコード会社が独自の判断に従いアルバムをリリースしても構わない。


 この変化で、もう一つ大きな影響を受ける音楽の既存システムがもう一つある。それは「音楽チャート」である。


 音楽チャートはこれまで各国のリリース日に合わせて集計されてきた。例えばアメリカのBillboardなら、これまで月曜~日曜の売上データを集計してきた。「New Music Fridays」の発足によって、これまでの音楽チャートを発売初日の金曜日を基準に変更することを発表する音楽市場が徐々に現れ始めている。


 アメリカのBillboard、イギリスのThe Official Chart Companyはすでにチャート集計システムを金曜日~木曜日へ修正、7月の新システム開始と同時に新チャートも実現させている。


 またSpotifyなど定額制音楽ストリーミングサービスの再生データも、新チャートのシステムに応じて集計を金曜日~木曜日に変更し、データを統合させる国も出始めた。これもアルバムリリースと同時にストリーミングサービスで音源を配信開始するアーティストが増えたためである。


 IFPIは金曜日のリリース日を決定するために、SpotifyやRdio、Napster、iTunesなどデジタル音楽サービスとも協議を行ってきた。アップルはすでにApple MusicとiTunesを使った独占配信を始めている。Spotifyはすでに金曜日に合わせて「New Music Friday」プレイリストを用意するなど対応を進めており、今後は金曜日に合わせて、新作に対するバズを最大化する配信方法をどう戦略的に取り組んでいくか、音楽サービス各社の存在価値がビジネス面でさらに重要になるだろう。


 「New Music Fridays」が提示する新たな価値、それは音楽の聴かれ方とビジネスが、もはやダウンロードだけでなくなったことを示している。それは定額制音楽ストリーミングの世界的な普及が大きいし、よりリアルタイム性ある音楽の配給が業界でも重要であることを意味している。さらに言えることは、iTunesでの世界同時配信や、音楽ストリーミングの配信、SNSでの情報拡散を考えた場合、CD中心のシステムではこれら音楽消費行動の流れをカバーできなくなりつつあると断言してもいいだろう。CD時代の焼き増しではない、デジタル音楽を聴くファンに寄り添った基準を作るための一歩といえる。世界の音楽業界は変化できる可能性があるうちにアクションを起こしてきたのである。


 もちろん、世界統一リリース日に反対する業界関係者も存在する。特に大きな懸念は、大物アーティストになればなるほどリリース日の話題作りを巨大化できてしまうというプロモーション上の問題だ。


 インディーズレーベルグループで大きな影響力を持つベガーズ・グループのCEO、マーティン・ミルズは改定を疑問視する代表格だ。ミルズは「新たな仕組みによって、メインストリート級のアーティストの支配が広がり、明日のメインストリートとなるはずのニッチなアーティスト達が無視される市場が生まれることを危惧している」とインタビューで答えている。この問題に対して、IFPIは世界中のインディーズレーベルや独立系レコードショップなどとも連携を図り、納得できる答えを導き出してもらいたい。


 さて日本はどうだろうか? 日本では、邦楽は従来通り水曜日のリリースとなる。つまり「New Music Fridays」は洋楽に、従来のリリース日は邦楽に適応されるシステムという2つの異なるリリース日が生まれてしまった。この決定によって日本のオンラインストアやショップは異なる日本の音楽産業にどんな影響をあたえるのだろうか? 


 この是非を判断するには、まだ時期尚早といえる。しかし、金曜日という週末の初日に新しい音楽で盛り上がろうとする文化が世界中でできつつある今、旧式のシステムを変えることも音楽を盛り上げる一つのアプローチではないだろうか? イギリスでは、28年間に渡って公式チャート番組を放送してきたBBCが日曜から金曜放送に変更する英断に踏み切った。システムに変化を与え最適化することから生まれる新たなアイディアが、ファンと音楽の距離を縮めてくれるヒントになるかもしれない。今後も「New Music Fridays」から生まれる新たなスターとトレンドに注目していきたい。(ジェイ・コウガミ)