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乃木坂46に秋元康が託したものは? ドラマ『初森ベマーズ』と楽曲「太陽ノック」に共通する“青春”

2015年08月11日 07:11  リアルサウンド

リアルサウンド

ドラマ24『初恋ベマーズ』(テレビ東京系)番組HPより

 テレビ東京系で金曜日の深夜に放送されている「ドラマ24」枠の『初森ベマーズ』はアイドルグループ・乃木坂46のメンバーが出演しているドラマだ。


(関連:乃木坂46『太陽ノック』は売れるべくして売れた AKB48代表曲に通じる”ヒットの法則”とは?


 物語は、下町にある初森公園を地上げ屋から守るため、ナナマル(西野七瀬)たち「初森第二女子商業」の女子高生が、地上げ屋の令嬢・キレイ(白石麻衣)率いる「セント田園調布ポラリス学園」の女子ソフトボール部に戦いを挑むというスポ根タッチのドラマ。個性的なソフトボール部のメンバーを乃木坂46が演じている。


 企画・原作の秋元康は、AKB48を中心とするAKBグループのプロデューサーだ。対して乃木坂46はAKB48の公式ライバルグループとして結成されたアイドルで、こちらのプロデューサーも秋元康である。そのため両者は比較されることが多い。


 近年の秋元康は、巨大化し過ぎたAKBグループではできないことを乃木坂46で試しているようにみえる。それは一言でいうと作家性の追求で、楽曲のクオリティと映像作品の充実ぶりはAKBグループを上回っている。特にMVの出来は毎回素晴らしい。


 あらゆるメディアで内輪ノリをダダ漏れさせることで視聴者参加が可能な場を提供していくAKBグループには、放送作家としての秋元康の企画力が強く現れている。対して乃木坂46には、秋元康の作詞家としての純粋さが全面に出ている。


 どれだけえげつない商売をしていても、秋元康がアイドルファンから信頼されているのは、彼が10代の時に感じたであろう教室の片隅から見つめることしかできなかった女子生徒への憧憬を今も忘れてないからだ。その「触ることができないものへの憧れ」こそ、まさにアイドルを見つめるファンの気持ちに他ならない。


 ダダ漏れのドキュメンタリーと、作りこまれたフィクション。これこそがAKBグループと乃木坂46の違いだといえる。では、テレビドラマにおいてはどうか。


 AKB48が出演した『マジすか学園』は、タイトルからしてネタ的で、ヤンキー漫画『クローズ!』のパロディ的な世界観をAKB48で作るという、いかにも秋元康的な企画モノのドラマだった。


 しかし、前田敦子を筆頭とする主演女優たちが本気(マジ)で演じることで秋元康の企画したネタ的な設定を、演者の迫力が上回るという奇跡を起こすことに成功した。これは監督を担当した佐藤太のシリアスな演出の影響も大きいだろう。


 『マジすか学園』では、AKBグループが得意とするドキュメンタリー的な手法で撮られていた。前田敦子の役は前田。大島優子の役は優子先輩と、本人と役をギリギリまで近づけようとし、その結果、虚と実が混合したノンフィクション・ドラマが立ち現れたのだ。


 乃木坂46主演の『初森ベマーズ』も『マジすか学園』の手法を受け継いでおり、ピアノが得意な生田絵梨花の役名がショパンといった、出演アイドルと演じる役の距離感を限りなくゼロに近づけていくという手法がとられている。


 第5話では、演劇部と兼任しているアカデミー(生駒里奈)が極度のあがり症のため、試合で成果を出せないという悩みが描かれる。そして「メンバーそろってるし、アカデミーには辞めてもらっていいんじゃないか」というチーム内での話を立ち聞きしてしまったアカデミーはその場から逃げ出してしまう。このシーンは本作の主題歌「太陽ノック」のMVを連想させる。


 生駒が約二年ぶりにセンターを務めた「太陽ノック」のMVでは、合宿中にプレッシャーから逃げ出しそうになる生駒の姿が物語として描かれた。これは、一度センターから外された生駒の状況をフィードバックしたものだろう。


 この第5話が面白いのは、生駒の物語であると同時に、乃木坂46の世界観自体に対する自己言及にように見えるところだ。


 アカデミーは、演劇をやりながらソフトボールを続ける理由について「演劇はフィクションでしょ。でもソフト(ボール)はリアルで、だからソフトがんばれれば変われると思ったけど。人間、そんな簡単に変われないよね」と心境を吐露する。その後、アカデミーは再びバッターボックスに立つのだが、コーチから「この世は舞台、人は皆、役者」と言われ、舞台の上にいる時のように振る舞うことで、アガリ症を克服してホームランを打つ。フィクションの中の住人(アイドル)として振舞うことで彼女は過酷な現実を乗り越えたのだ。


 本作は必ずしも出来のいいドラマではない。かわいい女の子を撮るというアイドルドラマの課題は一応、クリアしているものの、スポ根漫画のパロディとなっている劇中のギャグがドラマ全体のレベルを引き下げている。別に「笑いをやるな」とは言わない。例えば、バナナマンが司会を務める乃木坂46のバラエティ『乃木坂工事中』は面白い。ただ、あの番組で起きる「笑い」は彼女たちの素の魅力を引きだしたことで起きたもので、ドキュメンタリー的な面白さだ。バラエティ出身という自負が秋元にはあるのかもしれないが、本作に関しては、笑いを排した方がAKBグループと差別化できたのでは。と、思う。


 いつか、作詞家・秋元康の純度100%の青春ドラマを乃木坂46で見せてほしい。(成馬零一)