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Netflix日本社長、壮大なビジョンを語る「20年後も、Netflixは日本でサービスを続けていく」

2015年08月11日 07:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今年の春先に「この秋、日本に上陸!」と大々的に報じられ、つい先日、来月9月2日からサービスがスタートすること発表された世界最大のインターネット映像配信ネットワーク「Netflix」。テレビ業界や映画業界だけでなく、ウェブ業界からの注目度も非常に高く、早くもこの段階から様々な媒体で特集記事やインタビュー記事が出ているが、その多くが「業界内の視点」からの興味に終始している印象が拭えない。


 リアルサウンド映画部では、日本の映像カルチャーを取り巻く環境を根底から揺るがしかねない潜在力を持つこのNetflixの実像と、その本当のインパクトを読者にわかりやすく伝えるべく、Netflix Japan代表取締役社長グレック・ピーターズ氏に、かなり内角スレスレの質問を投げかけてみた。


 印象的だったのは、ピーターズ氏が何度も繰り返し「10年後、20年後も」と言っていたこと。既にフジテレビとの共同制作で『テラスハウス』新シリーズなどを配信することが発表されているが、それは独占的にフジテレビと提携することを意味するわけではない。世界各国での成功によって非常に潤沢な資本を持ち、10年、20年という長期的なビジョンを持ち、外部との協力体制において極めてニュートラルなスタンスを持っているNetflix。社長のピーターズ氏との会話で感じたのは、「勝つか負けるか」ではなく、「勝つまで続ける」という強い信念だった。


■「スポーツと音楽はやらない」というビジネスモデル


――まず、どんな経歴を経てあなたがNetflix Japanの社長に就いたのか興味があります。


グレッグ・ピーターズ(以下、ピーターズ):コロラド州のデンバーで生まれて、大学では物理学と宇宙物理学を専攻していました。その後、IT系技術会社のスタートアップに複数関わってきて、8年前にNetflixに入社しました。そして、数ヶ月前にNetflix Japanを立ち上げるために日本にやってきたというわけです。


――もともとはゴリゴリの理系だったんですね(笑)。


ピーターズ:でも、ずっと映画は大好きでよく観ていたんですよ。


――今、何歳ですか?


ピーターズ:44歳。1970年生まれです。


――タメです(笑)。


ピーターズ:Yeah! そんな気がしてました(笑)。


――日本でサービスを開始するにあたって、これまで十分にリサーチを重ねてきたと思うのですが、日本というマーケットをどのように捉えているかを教えてもらえますか?


ピーターズ:アメリカから始まって、カナダ、中南米、ヨーロッパ、オセアニアとサービスをグローバルに展開していく中で、アジアでは日本からスタートしたいとずっと思っていました。日本には大きなマーケットがあって、ブロードバンドも普及していて、サービスに対する支払いにおいても信頼性が高い。でも、一番重要だったのは、日本人のコンテンツに対する思いの強さだったんです。日本にはたくさんの素晴らしいストーリーがあって、たくさんの素晴らしいクリエイターがいますからね。


――現実問題として、日本の一般ユーザーがテレビをブロードバンドに接続している率は非常に低いのが現状です。一方で、Netflixでは一部のコンテンツで4K配信をうたっていて、これはもちろんスマホやパソコンではなく、大型のテレビを想定したものですよね。そのあたりのインフラの問題についてはどのように考えているんですか?


ピーターズ:日本のユーザーにテレビをブロードバンドに接続してもらうには、そこまでしても見たいコンテンツがなければ無理だと思うんです。それは、これまでサービスを開始してきたどの国にもあった問題で、仮にブロードバンドは引いていたとしても、それをテレビに繋いでいる率はどこも10%に満たないような状況でした。その率が、Netflixがサービスを開始することで徐々に上がっていったという実績があります。もちろん我々は、日本でNetflixがサービスを開始したその日に何百万ものユーザーがブロードバンドにテレビを繋いで一斉に見始めてくれるとは思っていません。まずはNetflixの存在を知ってもらうこと。そして、使ってみたいと思ってもらうこと。今はそれが大切なことだと思っています。それと、私やあなたの世代には少し抵抗があるかもしれませんが(笑)、Netflix Japanではローンチのタイミングから、スマートフォン、タブレット、パソコンといったすべての環境に対応したサービスを提供していきます。


――(とても立派なオフィスを見回して)これだけ大きな初期投資をしていることからも、仮にスタートダッシュに失敗したとしても数年で撤退するなんてことはないと思うのですが、実際のところ、日本で目標としている普及率に至るまでにはどのくらいの時間がかかると考えているのですか?


ピーターズ:これは終わりのないプロジェクトなんです。具体的な数値があって、それを達成するのが目的というわけではありません。我々がアメリカでサービスをスタートさせたのは1998年、もう20年近く前のことで、アメリカ国内では今でも成長を続けています。それと同じように、日本では今年9月からサービスを開始するわけですが、10年後も、20年後も、Netflixはここ日本でサービスを続けていると自信を持って言うことができます。


――これまで日本の有料放送では、海外のスポーツ中継と国内外の音楽ライブ/コンサート放送が非常に重要なキラーコンテンツの役割を果たしてきました。Netflixは、あくまでもそこには手を出さない?


ピーターズ:そうです。まさに、そこがNetflixのキーとなるビジネスモデルなのです。本来、放送に向いているコンテンツというのは3つあって、それはニュースとスポーツと音楽番組です。だからこそ、これまでの有料放送事業者はそこに大きな資金を投じてきました。でも、我々はそれとは別の場所に焦点を定めることで、ここまで成功することができました。もちろん、音楽関連の番組をやることもありますが、それはただライブの映像を流すようなものではなくて、ドキュメンタリーのような、一つの作品といえるものになるでしょう。


■日本のローカルコンテンツに注目する理由


――Netflix Japanのこれまでの公式のアナウンスからは、Netflixが日本のローカルコンテンツを非常に高く評価していること、今後日本でNetflixを運営していく上でローカルコンテンツの制作にも非常に力を入れていくということが強調されていました。実際のところ、その方針は「日本だから」なのでしょうか、それとも他の国でもやってきたことなのでしょうか?


ピーターズ:ローカルコンテンツの制作や、その国のクリエイターとの協力体制は他の国でもやっていますが、日本ではよりそこに力を入れていきます。ローカルコンテンツの制作を充実させる理由は大きく二つあって、一つは、言うまでもなくその国のユーザーにより親しみやすいコンテンツを届けること。もう一つは、その国の優れたコンテンツを世界に届けるシステムを我々は持っているということです。将来的には、日本のクリエイターと一緒に作ったコンテンツを世界中に発信していく可能性も視野に入れています。


――何人かの名前の知られた映画監督やクリエイターには、すでにNetflixからアプローチがあったなんて噂もちょっと耳にしています(笑)。


ピーターズ:(笑)。実際に、本当にたくさんの人と様々な話をして企画を進めている段階です。今後、何かかたちになったらすぐに発表させてもらいますので、楽しみにしていてください。


――逆に言うと、今の段階でNetflixから話が来ていないクリエイターは「Netflixのお眼鏡にかなわなかった」という理解でいいんでしょうか?(笑)。


ピーターズ:No! No! No! そんなことはまったくないです! 実は、我々からアプローチをするだけではなく、たくさんの日本のクリエイターからアプローチを受けてもいるんです。なので、いつでも我々の門戸は開いていると思ってください。才能のある人とだったら、我々は誰とでも一緒に仕事をしたいと思っています。


――「日本のクリエイターと一緒に作ったコンテンツを世界中に発信していく可能性」について、自分にはちょっと耳当たりのいい理想論のようにも思えるんですね。先ほどあなたは「日本にはたくさんの素晴らしいストーリーがあって、たくさんの素晴らしいクリエイターがいます」と言っていましたが、確かに日本には、まだ映像化されていない、あるいは映像化されてもそれが国内のみでしか消費されてない素晴らしいストーリーのアイデアはたくさんあるかもしれません。でも、それを世界中の視聴者を満足させられるレベルの映像作品としてデベロップさせることができるクリエイターの数は、現状、非常に限られていると思うのです。それは、才能の問題というより、環境や経験の問題かもしれませんが、それを変えていくのはとても時間がかかると思います。実際、アメリカのドラマのマーケットが日本でも拡大していくのと反比例するように、日本では地上波のテレビドラマ離れが急速に進んでいて、Netflixが順調に普及していくと、その状況を加速させることにもなり得ると思います。端的に言って、あなたの発言だけを聞いていると、Netflixはそんな危機的な状況にある日本の映像界を過大評価しているようにも思えるのですが。


ピーターズ:あなたの言ってることはきっと正しいのでしょう。でも、私が一番可能性を感じるのは、そもそも新しいストーリーのアイデアが豊富にあるということなんです。世界的に見て、それは非常に貴重なものだし、日本発の一風変わったアイデアというものが世界の映像界に大きな影響を与える可能性は十分にあると思います。ただ、それを映像化するスキルにおいては、日本はまだ成長の余地が大きく残されているのかもしれないですね。Netflixができることの一つは、各国の才能を結びつけることです。それぞれの国のクリエイターに得意な分野で才能を発揮してもらって、それが国籍を超えて一つの作品になることもあるでしょう。だから、どんなに理想主義と言われようと、夢想家と言われようとーー。


――そこまで言ってません(笑)。


ピーターズ:(笑)。Netflixは10年、20年の長いスパンで、日本の映像界にポジティブな影響を与えることができればと思っています。10年後、もう一度インタビューに来てもらって、「私が言っていたことは理想論でしたか?」とあなたに訊いてもいいですか?(笑)


――楽しみにしてます(笑)。最後にもう一つ。今回、Netflixが日本でスタートする際の目玉作品の一つは、マーベル・コミックス原作の『デアデビル』ですよね。一方で、Netflixが本国アメリカにおいてブランド力を高めた理由の一つは、『ハウス・オブ・カード』のデヴィッド・フィンチャーを筆頭とする、スーパーヒーローものに牛耳られてしまったハリウッドに嫌気がさした優秀な映画作家たちに、新たな制作の環境を与えてきたことにありました。そのNetflixがマーベルのスーパーヒーローものをやる。そこに、結局ドラマの世界もハリウッドの後追いをしているんじゃないかという危惧を覚える人もいると思うのです。


ピーターズ:言いたいことはすごくよくわかります(笑)。ただ、Netflixがターゲットとしているのは本当に幅広いユーザーなんです。『ハウス・オブ・カード』のような硬質なポリティカルサスペンスが大好きな人もいれば、きっと『テラスハウス』のような作品が大好きな人もいる。その両方をターゲットにしていく必要があるんです。その上で、例に挙げていただいた『デアデビル』に関して言うなら、とにかく「一度見てください」と言うしかないですね(笑)。いわゆる、伝統的なスーパーヒーローものとは一味も二味も違う作品なんです。人間の深部を描いたヒューマンドラマであり、敢えて言わせていただくなら、あらゆるスーパーヒーロー作品の中で最も『ハウス・オブ・カード』に近い作品だと思います。(宇野維正)