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榎本幹朗が語る、音楽配信の現状とこれから「各サービスがメディアとして機能することが重要」

2015年08月09日 17:31  リアルサウンド

リアルサウンド

榎本幹朗氏。

 『Apple MUSIC』が7月1日にスタートし、『LINE MUSIC』『AWA』と合わせて国内大型ストリーミングサービスが出揃って約1カ月半が経過した。8月末に無料トライアルが終了するサービスもあるため、ユーザーもどのサービスを選ぶべきか判断の時が近づいている。音楽配信について長く論じてきた識者は、この移り変わりや現状をどう捉えているのだろうか。今回は音楽配信の専門家であり、『Musicman NET』連載の本格論考『未来は音楽が連れてくる』の著者でもある榎本幹朗氏を直撃。各社の動向や『Spotify』や『PANDORA』といった海外サービスとの比較、今後の見通しなどについて多角的に語ってもらった。


「3大ストリーミングサービスは予想以上に伸びている」

――『LINE MUSIC』、『AWA』、『Apple MUSIC』という3つの国内大型ストリーミングサービスが出揃ってから約一ヶ月が経ちました。ダウンロード数や社会への普及スピードなど、榎本さんの事前予想と比べて現状はどうでしょうか。


榎本:予想以上に伸びていると思います。先陣を切った『AWA』の段階では大きなニュースになりませんでしたが、『LINE MUSIC』が“LINE”という冠もあって広く認知され、さらに『Apple Music』の参入により、そろってマスメディアに取り上げられたことが大きかった。


 これはYahoo!ニュースの記事(参考:なぜ音楽は定額制配信へ向かうのか)にも載せたのですが、『LINE MUSIC』が開始2日で200万ダウンロードを突破したのは快挙と言えます。アメリカで『App Store』がスタートした際に『PANDORA』がランキング1位になり、“iPhone初のキラーアプリだ”と騒がれた衝撃を思い起こさせるものがありました。


――榎本さんは3サービスの先行事例としてNTT docomoの『dヒッツ』や、KDDIの『うたパス』を取り上げ、普及の下地を作ったと評価しています。これらは1曲1曲聴くストリーミング型と違い、チャンネルを選曲してまとめ聴きする“ラジオ型”と言われるものですね。


榎本:当初はアーティスト側から楽曲もあまり提供されず、サービスも荒削りでなかなか厳しい状況でしたが、プレイリストの充実やリコメンド機能の搭載などで、ユーザーにしっかりと使われるようになったことにより“音楽サービス”として認識されるようになりました。Docomoは300万ユーザー、auも100万に届くユーザーを抱え、多くの楽曲を集めてきたし、通信各社の努力が実ってきたのだと感じています。実際、2014年まで定額制サブスクリプションサービスを牽引してきたのは、通信キャリアでした。彼らの努力のおかげで、「着うた」が崩壊したことによりマイナス成長だった音楽産業の売り上げがプラスに転じました。なかには音楽の聴き方を革新した『Spotify』と比較してその意義を疑問視する方もいますが、僕は社会的な役割を果たしたという認識です。


――現在では、榎本さんがポイントのひとつとして語られてきたリコメンド型の機能も増えてきました。2年前にお話を伺ったときは「PANDORA型」と「Spotify型」の2つの傾向に分かれるともおっしゃっていましたが、現状では後者もパーソナライゼーションに力を入れているように見えます。


榎本:アメリカで『PANDORA』が『iTunes』をはじめ、『Spotify』や『YouTube』まで圧倒していることを踏まえ、定額制配信がパーソナライゼイションを取り入れようとしているのが現状です。リコメンド機能についてはここ数年で状況が大きく変化しており、同じビジネスに参入を発表したGracenote社へ顧客が殺到し、『AWA』もGracenoteと協同で仕事をしている状況ができあがっています。


 しかし、Gracenoteには課題もあります。それは15年の蓄積がある『PANDORA』ほどパーソナライズの精度が高くないため、ユーザーを感動させるようなプレイリストを提示できていない。精度だけでなく機能の面も遅れがあります。『PANDORA』に次ぐ選曲の精度を誇るThe Echo Nestを買収した『Spotify』は、最近のリニューアルで「PANDORA型」のラジオ機能のさらに先へ進みました。「Spotify NOW」を実装し、ユーザーがログインすると、自分に合ったプレイリストを表示されるようになっています。一方、『LINE MUSIC』と『AWA』では、似たようなTOPページが表示されてしまっている。


――他方で、パーソナライゼーションに注力する『Spotify』は、アメリカにおいていまだ『PANDORA』の牙城を崩せていません。


榎本:音楽配信サービスの利用率を示す統計のグラフでも、ぶっちぎりで『PANDORA』がトップで、そのあとに『YouTube』、『Spotify』、『iTunes』が続いています。アメリカの場合、音楽の8割がラジオで消費されており、ラジオ型の『PANDORA』は音楽配信の入り口として親しみを持てたのでしょう。『PANDORA』は15年選手であり、インタフェースも改良が重ねられているため、多くの人が使うほどにビッグデータが蓄積され、さらに精度が上がる。ユーザー個人も、使えば使うほど自分にフィットしていくので離れられなくなります。


 またアメリカの特殊な状況として、サブスクリプション収入が増えている一方で、5~6年のスパンで見ると「サウンドエクスチェンジ」(権利料徴収機関)の売上の方が大きく伸びている。その大半は『PANDORA』の広告収入です。欧州はサブスクリプション収入が上がる一方で、CDとiTunesにおける売上が下がってマイナスになっている国もありますが、アメリカは『PANDORA』の広告売上をそこにプラスできる仕組みを作り、4年連続のプラス成長を実現しているのです。


――『PANDORA』の場合は、サブスクリプションでの収入がメインではない、と?


榎本:サブスクリプション収入は全体の15%ほどです。有料ユーザーの特典は15分に1回入る広告がなくなること、音質が128Kから196Kへと少しだけ向上することくらいで、現状は「ファンとして応援したい」という人が加入しているようなもの。有料会員も増やしたいなら、無料会員の試聴時間に制限を設けることになり、実際アメリカのメジャーレーベルがこれを要請しています。これを受けて一度月100時間のキャップを設ける実験をやったこともありましたが、その時に『PANDORA』はアメリカの有料アプリランキングで1位になりました。これ以上国内で売上を伸ばすにはその方法しかないでしょうから、いずれは時間制限を設けることになると予測しています。


――『AWA』、『Apple MUSIC』は、アメリカでの成功モデルと言える『PANDORA』の機能性を取り入れている、という見方もできるのでしょうか。


榎本:日本でのプライオリティは高くないでしょう。車社会であるアメリカでは、ラジオ型サービスである『PANDORA』型が強い一方で、電車社会の日本はラジオ文化が根付いていないところがあります。


 Appleに関しては、サービスが始まる前の2013年から「Genius」をベースに「PANDORA型」の「iTunes Radio」を開始しました。今回の『Apple Music』では日本の音楽ファンもこの機能を使えるようになっています。「ステーションを始める」というやつです。『AWA』でもGracenoteをベースに同様の機能を実装していますので、ふたつの選曲を比べてみると、僕の話した精度の意味がわかると思います。


・「レンタルは日本のマーケットの特殊性の大きな要因」


――欧州を見てみると、ドイツはまた違った結果が出ているそうですね。


榎本:日本に次ぐCD大国のドイツですが、欧州のなかでは定額制配信の開始が遅れていました。『Spotify』は2012年にドイツへ上陸しており、イギリス・フランスなどの2009年に比べると3年遅れです。


 このように日本とよく似たドイツですが、昨年CDの売り上げは微減なものの、音楽産業全体としてはプラスに成長している。だから、日本の音楽業界の人たちはドイツの状況には興味津々といった状態なんです。


 ドイツを比較対象とした場合、日本には特殊事情がふたつあります。まずは、定額制配信とカニバライズしやすいダウンロード配信売上が、すでに壊滅状態であること。日本ではダウンロード配信の主流は着うたであり、iTunesは日本でもともと負けていたという背景がこれを物語っています。もうひとつの特殊事情は、定額制配信では見つからない楽曲も、日本ではレンタルCD店には置いてあるというパターンがとても多いということです。加えて、1カ月1000円のストリーミングサービスに比べ、1枚200円のレンタルCDのほうがユーザーにとって魅力的だったということもあり、『AWA』は毎月360円、『LINE MUSIC』は学割で300円のメニューを用意することになりました。


――日本の場合、ストリーミングサービスのライバルは、しばらくはレンタル事業になるということでしょうか。


榎本:レンタルは日本独自のものですが、日本のマーケットの特殊性の大きな要因になっています。


 日本の場合、レンタルで新譜が出る確率はほぼ100パーセントの上、シングルは新譜の出た当日からレンタルが可能です。一方、配信に積極的なソニーやエイベックスなどを例外として、たいていの国内レーベルは新譜から3カ月から6カ月後に定額制配信に供給しようとしています。しかし新譜というのはリリース後から4週間くらいが経過すると全く話題にならなくなり、売上はほとんど無くなるのが常識です。


 実際、ある週のオリコンCDシングルチャート邦楽TOP50の網羅率を調べたところ、レンタルは100%、『YouTube』が70%、『LINE MUSIC』が28%、『AWA』が18%、『Apple MUSIC』が14%となりました。


 『YouTube』に出てない30%というのは、ジャニーズ関連やアニメソングです。それらのジャンルは10代のユーザーにとって、音楽に興味を持ち始める入り口として大変重要な役割を担っている。ヒットチャートを見てもその盛り上がりはよく分かりますが、スカパーのデータによると、10代、20代のリスナーが好きな音楽は、ロックとアニソンが同じぐらいの人気を持っています。


 また、2013年の日本のメディアユーザーに関する調査において、「知らないアーティストは無料の動画で済ませよう」「知っているアーティストの曲はレンタルで済ませよう」「大好きなアーティストの作品はCDを購入しよう」という最近の傾向が明らかになっています。


 YouTubeにも出ない音楽が定額制配信に出る可能性は低いうえ、それが30%もある。そしてそこは10代にとってキラーコンテンツが詰まっている。こうした点を踏まえると、レンタルCDの需要は日本からなくならないと予測しています。


――なるほど。そういう意味では、ストリーミングサービスはジャニーズとアニソンを抜きにしてレンタルにどう勝っていくか、あるいは共存していくか、ということがポイントなんですね。


榎本:かつてCDレンタルはCDセルの敵にされることもありましたが、ここまでCDの売上枚数が落ちると、レンタル店がまとめて購入する高額なレンタル用CDの売上は大事な下支えになっています。


 Appleは定額制の『Apple MUSIC』に加え、ロッカー型のiTunes Matchというサービスも実施しており、自分の持っている曲をAppleのサーバーに保存してiPhoneやiPadやMacで利用するロッカー型のクラウドサービスは、レンタルとすごく相性がいい。欲しい曲が配信されていなければレンタルしてiTunes Matchに入れればいいという風に、同じアプリですべて楽しめます。このように、Appleのように定額制配信側でロッカー型も用意していけば、レンタルと定額制は日本では共存していくことになると思います。


 アルバム発売から2週間はコアファンがCDやハイレゾを買い、3週間後からレンタルと定額制配信で、「この曲いいな」と思ってくれたライトファンから売上を立て、シングルはセル・シングル・YouTubeに加えて、定額制配信も発売同日にする。このようにルール決めをすれば、音楽ファンにもわかりやすい共存関係が生まれます。


――『YouTube』とストリーミングサービスの関係についてはいかがでしょうか。


榎本:どの定額制配信アプリの評価欄を見ても「入っている音楽が少ない」と配信会社が怒りを買っていますが、無料の『YouTube』には音楽を提供して、有料の配信サービスには曲を提供しないと決めているのはアーティスト側の方です。配信会社が盾になっていますが、怒りを買っているのは実際にはアーティストですから、シビアに考えておかないと危険な状況です。


 『Apple MUSIC』において、邦楽のチャート曲はYouTubeの5分の1という現状は、結果的に有料から無料のサービスへとユーザーを誘導しているようなものです。プロモーションとは無料で名前を広めて、有料に誘導するため、有料から無料へ誘導するのはプロモーションの逆といえるでしょう。


 レコード会社とアーティストは、『YouTube』とどう付き合っていくのか、もう一度見直すべきだと思います。以前はファイル共有ソフトが“敵”として扱われてきましたが、ファイル共有の利用率は10%以下に下がっており、代わりに無料層が音楽を無料で済ませる理由は「動画共有で充分だから」が大半。昨今、『YouTube』をダウンロードできるアプリがAppストアやGoogle Playストアで人気で、アプリ検索に「YouTube」と入れれば「YouTube ダウンロード」とサジェストしてくれます。ということは、『YouTube』に音楽ビデオを公開することは事実上、無料でシングルダウンロードを許していることになります。


 ソーシャルメディアを利用するユーザーが増えるに従い、アーティストたちはネット上でプロモーションを始めましたが、その落とし所はユーザーを『YouTube』に連れてくることでした。『YouTube』でシングルを無料で聴いてくれればCDアルバムを買ってくれるだろう、ライブに来てくれるだろうという価値観が根付いている。しかし最近出た調査では、CDアルバムを買うのは大ファンのアーティストだけ。知らないアーティストで「いい曲だな」と思ったのは、動画共有で済ませる人が大多数、という結果が出ています。CDアルバムも買わない人たちがライブに来てくれる可能性はさらに低い。


 そのため、『YouTube』がプロモーションとして成り立つには、アルバムの出来がとてもいいことと、ライブに来てくれるコアファンを一定以上持っていることが前提となります。シングルカットした曲以外に自信の曲も無く小規模のライブしか見込めないなら、ほかの方法を選んだほうが良いと思います。


 解決方法はシンプルで、再生数が少し減ったとしてもフル尺ではなく1:30の動画をYouTubeに流すことです。ライブ担当や広報担当が文句を言ってくるでしょうが、アーティストのみなさんは、ライブや名前を売ることだけが自分の音楽活動ではないことを、大事にしてほしいと思います。


・「新人がブレイクして風穴を空ければ、大物アーティストも続く」


――そうした状況を踏まえ、日本のストリーミングサービスは、今後どう展開していくべきでしょうか。


榎本:現在は、CDをリリースすれば黙っていてもファンが購入するような――つまり、定額制配信を必要としないビッグアーティストが参加しないため、サービス全体に盛り上がりが欠けるという状況が生まれています。しかしながら、『MySpace』からリリィ・アレンやアウル・シティなどさまざまなアーティストが巣立ち、最近であれば『Spotify』からロードが出てきたように、日本の定額制サービスからブレイクする楽曲やアーティストが誕生すれば、この地図は塗り替わると思います。たとえば、僕の古巣でもあるスペースシャワーネットワークが放送を開始した1990年ごろというのは、音楽ビデオなんて誰も作らないという状況だったのに、新人だったウルフルズの「ガッツだぜ!」を作って、スペシャで人気が出たところをNHKが着目し、番組主題歌になったことから世間に一気に浸透。いままでMVを無視していた大物アーティストも、こぞってMVを制作するようになりました。定額制配信は音楽メディアの要素が強いですから、新人の誰かがそこからブレイクして、最初に風穴を空けさえすれば、大物アーティストも続くでしょう。そういう意味では、各サービスがメディアとして機能することが重要なのだと思います。


 まず『Spotify』におけるロードのように定額制配信からブレイクする新人を創りだす。同時に、定額制配信のミッションに賛同していただける大物アーティストを探していかなけれなりません。これまでのCDやiTunesのように、アーティストが自分にお金を払ってくれるファン作りに勤しむ時代ではなくなります。「定額制ストリーミングサービスを使って、音楽ファンの分母を増やそう」という考え方に賛同してくださる大物アーティストを探さねばなりません。


 iTunesミュージックストアが出る前夜、世界はダウンロードにアレルギーを持つアーティストでいっぱいでした。AppleがiTunesミュージックストアを成功できたのは、ジョブズが大物アーティストに直接会いにいって熱い説得を重ね、ひとりひとりから賛同を得ていったからです。同じことが定額制配信でも必要だと考えます。


――サービスがメディアとして機能する、というのは重要なポイントですね。


榎本:『Spotify』や『YouTube』はユニバーサル志向ですが、メディアとして尖っていくことで人気を得る音楽配信も出てくるでしょう。『PANDORA』は選曲の精度を磨き上げ、どこも追いつけない精度にしたことで、『Apple MUSIC』や『YouTube』も敵わない人気を確保しています。


 また、機能ではなく得意ジャンルを研ぎ澄ます道もあります。『AWA』は、avexが得意とし、世界的にも一番人気であるダンスミュージックに特化することで、自身のメディア化を図っています。『Spotify』やApple、LINEのような強敵と戦い生き残ることを主眼にした戦略であり、なかなか鋭いなと思います。


――続いて“配信報酬の分配率”について伺っていきます。メジャーアーティストがストリーミングサービスへの参加に対して慎重な姿勢を保っているのは、実績や分配率、CD売り上げへの影響などを考慮してのことだと思いますが、たとえば、楽曲やアーティストをアラカルト方式で選択できるようなメニューを用意し、メジャーアーティストには分配収入の還元率を高めるような施策はのようなことはできないのでしょうか。


榎本:『Spotify』は事実上そのようなシステムを導入していて、メジャーレーベルに対してはMG(ミニマムギャランティー)という形で何十億円も払っていますし、再生数が一定数まで増えてくるとボーナス値として1再生あたり0.3セントが0.7セントに増額するシステムになっているようです。


 このように再生数に比例して収入が上がる仕組みであれば、人気アーティストほど有利で、曲がヒットすれば夢のような収入が得られます。しかし現段階ではユーザーの母数自体が少ないため、そこまで巨額の割り当てはなされず、アーティストが支払い書を見れば、わずかなお金に見えることでずっとニュースになってきました。これは日本でも秋冬以降に起こる事態です。


 定額制配信は音楽にお金を払わなくなった層を、月1000円払ってくれるライト層に変えていくのがいちばんの強みですが、これは同時にかつて月数万円をCDにつぎ込んできてくれたコアファン層も月1000円しか払ってくれないライト層に変えてしまう副作用があります。


 定額制配信が流行ればハッピーエンドということではなく、新しいコアファン層を創る仕組みを作っていくという課題が次に始まるのです。


 Jay-Zの所有する定額制配信の『TIDAL』は高音質の楽曲が聴けるサービスを月額20ドルで提供し始めました。日本でもハイレゾ音源で配信されるアルバムに対し、躊躇なく投資するファン層が出始めています。これらは定額制配信の次へ向け、すでにアーティストや音楽業界が動き始めている一端なのです。


――しかしながら、まだまだ特定の層にしかリーチしていないと。


榎本:そうですね。少しずつ広がっていくのではと思っていますが、ハイレゾについてはスペックを優先してマーケティングをしているので、30代の後半から40代の男性にしか支持されていない。おそらく、もっと感性に訴えるようなマーケティングで、初めから女性客を前提にハイレゾのコンテンツで作っていけば、幅広い層に支持されるようになると考えています。


 感性的なマーケティングを推進する上では、肉感的というか、肌感覚で伝わるようなアーティストが適役かなと思います。例えば、今ある技術を駆使すれば「斉藤和義さんがすぐそばで歌っている」ような音を制作することもできるのに、「マスターテープと同じ質感です」というコンテンツばかりでは女性層には広がらない。これではオーディオマニアの男性にしか伝わらないのです。ハイレゾはそろそろ次の段階に進むべきだ、と考えています。


――ハイレゾについては、データ量の問題をどう解決するか、という課題もあります。


榎本:ムーアの法則で半導体の価格が年々半減していくのに基づき、1GBあたり通信コストは年々下がっていきます。Docomoが第5世代の通信回線ストリーミングを開始するようですし、そこは自動的に解決されていくでしょう。もっと大事なことは、ムーアの法則が支配する技術ロードマップの進展を音楽会社がいかに味方につけていくかです。


 ゲーム業界はパッケージの容量が拡大するに合わせて、新しいコンテンツを開発してきました。フロッピー時代は白黒ドット、ROM時代はファミコンの色付ドット、CD時代はプレイステーションのポリゴン、DVD、ブルーレイになって実写と見紛うばかりのコンテンツと変わってきました。


 ゲーム業界のようにムーアの法則と共に新コンテンツを開発できればパッケージやダウンロードは生き残れるのですが、音楽は30年前のCDから、メディアもコンテンツも変わっていません。


 難しい話になりますが、音楽会社は「技術開発部」を、LPが開発された段階で捨ててしまったんです。レコード業界は、ラジオが出てきたときに一度壊滅状態になったのですが、音質をラジオよりも向上させたり、無料のラジオを使って流通商品やライブチケットの購買を促したりするなどの試みをして、売上を持ち直したという過去があります。


 現在、技術がふたたび音楽に猛威を振るっているのですが、技術に勝つには技術への投資がなければ厳しいでしょう。その一つが『Spotify』のような爆速の定額制ストリーミングでもあったわけですが、もし音楽会社がパッケージを本当に復活させたいなら技術と新コンテンツへの投資が必要です。


 例えばCDの発売以降、パッケージの技術革新は止まってしまった。そんな中でも、年々記録メディアのデータ容量は増えていますし、海外では一枚で350TBあるメモリークリスタルのような画期的なパッケージメディアも開発されはじめています。


 また、映像面でも大幅な革新が迫りつつあります。Facebook社のOculusや、プレイステーションのMorpheusなどがそうですね。音楽ビデオの中に入り込めると、従来の音楽ビデオづくりとはまったく違う内容の手法を開発できます。ライブ映像もボーカルの横に立ったり、最前列で女の子やイケメンと楽しんでみたり、イリュージョンと重ねるなど、動画では不可能な表現がいろいろできます。


 そのためにはさらなる技術革新も必要ですが、決まりきった制作手法をぶち壊すようなクリエイターが何よりも必要で、かつそういった新世代の台頭を支援していかなければなりません。


 ストリーミングもダウンロードも不可能で、大容量パッケージでしか届けられないデータを擁するクリエイティブなコンテンツが開発できれば、パッケージの世界に戻ることだってありうるのです。技術ロードマップに沿って考えればストリーミングが終着駅ではなく、その鍵を握っているのは常識はずれのクリエイターなのです。音楽会社は技術開発は苦手でしょうが、才能を見出し、育て、投資していくことに本領があるのではないでしょうか。


――なるほど。一方、楽曲リストの充実も重要と思いますが、たとえばビートルズの曲がストリーミングサービスで聴ける日も来るのでしょうか。


榎本:可能性としてはあると思いますし、『レコチョクbest』がアーティストごとのメニュー作りに向けて奮闘していますね。現段階では成功にまで至っていないものの、アーティスト単位の定額制のオプションというのは、今後実装されるのではないでしょうか。ただ、ファンクラブの活動内容とぶつかってしまうため、事務所側との交渉に手間取ることになりそうです。


――現状ではいくつかのプラットフォームが競っており、その競争過程で終了していくサービスも出てくると思いますが、榎本さんはどう予想されますか。


榎本:『Spotify』や『YouTube』が強いのは、もちろん基本的に無料というスタンスを取っているからです。つまり、有料サービスの場合はシェアする相手も有料会員でなければシェアできないので、拡散の範囲も狭い。このことに気をつけないと、無料側にプラットフォームとしてすべて持って行かれてしまうでしょう。『LINE MUSIC』はその点を「会員以外のユーザーにもシェア可能(ただし秒数制限あり)」という形でクリアしようとしています。


 しかし、『YouTube』はすでにアメリカで定額制配信サービスの『YouTube Music Key』を始めており、いずれ日本にも上陸するでしょう。この場合、有料・無料のサービスがすべて『YouTube』に収斂していく、ということも起こり得ると思います。


――そのためにも、「一部無料」というシステムを使って上手くやる必要があると。


榎本:そうですね。『PANDORA』のパーソナライゼーション、『YouTube』など動画共有のように、新たな曲を見つけてシェアするという部分に関しては、無料の段階を残しておくことが必要だと考えています。昔から放送の世界がそうであり、近年はIT業界がそうなっているように、「無料の圧力」というのは音楽以外の世界から来ています。タダの方へ流れていくので、気が付けば広告収入だけになりますが、世界の広告予算は限られています。広告による無料を呼び水に、いかに有料コンテンツを育てていくか。『Spotify』のフリーミアムモデルは、そうした潮流への挑戦でもあったから、議論を巻き起こしたのです。


 音楽は好きな曲を見つける「発見のフェーズ」と、お気に入り曲を繰り返し聴く「リピートのフェーズ」がありますが、『Spotify』や『PANDORA』などストリーミング配信が得手としているのは「発見のフェーズ」です。とても便利にお気に入り曲を発見できる、という利便性にお金を払ってくれるようになりました。しかし「リピートのフェーズ」は利便性よりもコンテンツの質です。コンテンツの質を引き出せるサービスが次の段階では求められていくでしょう。


・「『音楽が売れる時代の再来!』というところまではいかない」


――例えば、何らかの形で市場に法的な介入をする……つまり、かつての再販制度のような状況をつくることも選択肢として考えられるでしょうか。


榎本:再販制度は「音楽を買わないとどうしようもない、さもなければCDを盗むしかない」という状況だったからこそ成り立っていたシステムです。「音楽文化を守るために定額制配信も再販制度の対象です。よって月額2000円以上」と決めても、無料とどうやって戦うかという時代にあっては、禁酒法がギャングを増やしたように、デジタル再販制度が状況を悪化させる可能性すらあります。


 もともと2009~10年くらいのオランダでは、ワーナー・ミュージックを中心に「音楽に対して誰もお金を払ってくれないから“音楽税”を作ろうか」と話していたのですが、これは定額制配信で実現したようなものでおあります。「月1000円で音楽が聴き放題、音楽の天国に行きたければ一月に1000円払いなさい」という概要に近いです。あとはイギリスで『Spotify』が登場する直前、違法ダウンロードする人はネットから遮断してしまい、その代わりにキャリアやプロバイダに用意させた定額制配信へ全員、義務加入させようとしたそうですが、反対意見が多くて実装には至りませんでした。その代案として『Spotify』がイギリスに上陸したという流れがあります。


――その壁を越えた国はあるのでしょうか。


榎本:韓国は先進国のなかでもかなり早い段階で「スリーストライク法(2度の警告の後、これを無視してさらに違法ダウンロードしたときにインターネットの接続を一年停止する法案)」を実施して、携帯電話会社の定額制配信に加入するよう国家で導いた結果、この6年間で音楽市場の売り上げが67~68パーセントほど伸びたようです。現在はスウェーデンよりも上がっています。キャリアが販促に音楽サービスを使う構図のため、音楽の値段は低いですが、トータルで見ると今のところは上手くいっているケースですね。


――若手のミュージシャンへの再配分についての見通しは。


榎本:大物アーティストが稼いだお金を新人の投資に回せない状態ですが、逆に余裕ができてくればもちろん再投資もできるようになります。この点は、一般の企業とまったく同じです。不況になって会社が苦しんでいると、倒産を避けるだけで精一杯の状態になり、投資はできない。そうすると新商品の開発もできなくなり、ジリ貧になって結局は倒産してしまう、ということです。今がまさに「持ちこたえられるかどうか」という状態なので、再配分の話をしても現実味がありません。ある程度持ち直して、初めてそういうことが話せるようになると思います。今の段階ではCDや配信側のレーベルより、ライブで景気のいい事務所側に期待したいです。CDや配信はレーベルが取り、ライブ売上は事務所が取っているというのが基本的なルールですので。


 大物アーティストがライブで稼いだお金を、事務所の新人に再投資していく方が現実的です。レコード会社ができることがあるとすれば、新人を絞りに絞って、いっきに何億もの投資をして大々的に売り出すぐらいしかできませんが、デビュー作が外れて当たり前のこの世界で、このやり方はとてもリスキーで、勇気が要りますし、ハリウッドや大手ゲームのように多様性を失うデメリットも強いです。


――景気回復も大きな要素になりそうです。


榎本:そうですね。もう少しレコード産業の景気を戻さないと、そういった前向きな話は出てこない。スティーブ・ジョブズもAppleに復帰した時、まずやったことはリストラとコストカットです。こうした流れはどんなビジネスにおいても変わらないから、今の新人ミュージシャンさんにとってはかわいそうなところでもあります。しかしAppleはコストカットが成功したから倒産を免れ、『iMac』が創れるようになり、iMacで稼いだお金で『iPod』ができ、『iPhone』『iPad』とどんどん再投資出来るようになっていきました。定額制で一息つけば、そういった再投資のサイクルに入って行けます。


――榎本さんの見立てとして、この定額制の音楽配信の定着というのは、リスナーにとってもミュージシャンにとっても継続性のある環境を作り得るのでしょうか。


榎本:正直なところ、「音楽が売れる時代の再来!」というところまではいかないと思います。しかし世界各国の先行事例を見ていると、お先真っ暗という状態からは、これでようやく脱することができると僕は確信しているんです。そこでようやく一息ついて、音楽に専念できると思いますし、気軽にさまざまな音楽を試すことができるということが、これからの音楽文化を変えてくれるでしょう。プレイリストに有名なアーティストばかり掲載しても広まらないので、いろいろなアーティストの曲を乗せることで、多様性も回復してくるはず。ただ、アルバムでは本当にいい曲しか聴かれないとも思いますし、アルバム全曲が良曲場合は、アルバムというよりもプレイリストとして評価されるんですよ。アルバムが優れた作品として成立しているのなら、ハイレゾでも購入するだろうし、場合によってはアナログでも購入してくれるという愛情表現がしやすいので、そういう点では変わらないのではないかと。だから、“アルバム崩壊”と“アルバム復活”が同時に起こる時代に入ると考えています。


――アルバムの復活というのは、逆説的で面白いですね。


榎本:僕自身が2005年の『PANDORA』、2008年の『Spotify』の開始時期からずっと付き合ってきたんですが、最近は「何度も通して聴けるアルバムというのはすごいな」と思うようになってきました。テイラー・スウィフトの『1989』などは成功例ですね。今はアルバムが作れない時代だとはよく言われますが、ちゃんとしたアルバムを作ればちゃんと売れる。このことは、変革期のサバイバルにおいて最も大事になってくると考えています。


(取材=リアルサウンド編集部)