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なぜ人々はスパイ映画を好むのか? 『M:i5』『キングスマン』からジャンルの魅力を探る

2015年08月09日 12:21  リアルサウンド

リアルサウンド

『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』/(C)2015 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

 スパイ映画は古くより勧善懲悪のエンターテインメントとして、あるいは国際情勢を背景としたサスペンスとしてその歴史を刻んできた。奇しくも今年は映画界にとって 恰好の"スパイ年"。ビッグ・タイトルが続々と封切りを迎える。我々はなぜこれほどスパイ映画に魅了されるのか。先陣を切って公開される『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015年/公開中)と『キングスマン』(2014年/9月11日公開)という対照的な二作にそのジャンルの魅力を探ってみよう。


■60年代から続く老舗スパイ


 トム・クルーズが製作と主演を兼任し、96年に始動させたこの映画シリーズも今回で第5作目。結論からいくと『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』は、鑑賞した誰もが「シリーズ最高傑作!」と親指を立てたくなる破格のクオリティに仕上がった。


 そもそも前身となるTVシリーズ「スパイ大作戦」が誕生したのが1966年。当時は『007』シリーズが冷戦の膠着状態に大きな風穴を空け社会現象を巻き起こした頃である。その影響を受けて『007』に類似したスーパー・エージェント物、あるいはそのアンチテーゼとも言うべきリアルなスパイ物も多数誕生した。しかし「スパイ大作戦」だけは違った。それらの枠組みとは一線を画し、特殊技能を持ったメンバーがチームとなってミッションに挑むという全く新しいスタイルを築き上げたのである(64年のクライム・コメディ『トプカピ』に着想を得たとも言われる)。


■シリーズ最高傑作の誕生


 なぜ最新作『ローグ・ネイション』はスパイ映画として最高なのか。理由は3つある。まず何よりもトムのスタントなしのアクションがあまりに凄いのだ。軍用機にしがみつく彼の姿を予告編等で見かけた人も多いと思うが、あれはスタントなしでぜんぶ自分でやってのけている。しかも撮影の都合上、離発着を8回も繰り返したのだとか。その役者根性、ただごとではない。もはや役柄以上にトムという人間そのものがスーパー・エージェント化している逆転現象がここに見て取れる。


 そして、物語のドライヴ&ツイスト感も魅力的だ。ウィーン、カサブランカ、ロンドンを股にかけたワールドワイドなミッションが視野を拡げたかと思えば、専門性や特殊技術に富んだディテール感が作品をグッと引き締める。ここに「騙し、騙され」のプロットが炸裂することでスパイ物ならではのストイックさに更なる磨きがかかる。


 また、メンバーの描き方も大きな見どころとなる。今回は米国極秘諜報機関IMFの解散を受け、はじめは主人公イーサンがたったひとりで奮闘するのだが、そこにいつもの仲間が次々と集結してくる。さすがトムの厚い信頼を得たクリストファー・マッカリー(監督、脚本)、各々のキャラを最大限活かしながらそこに熱いバイブスを巻き起こす術を知っている。この笑いと友情のコンビネーションもまさにシリーズ最強。


 従来の持ち味をただ踏襲するだけではマンネリズムに陥ってしまう。その点、『ミッション:インポッシブル』はかくも確実に「前作越え」の結果を出すからこそ、老舗シリーズである以上に、なおも記録を更新し続ける生涯現役選手たりえるのだろう。そこにスパイ物としての唯一無二の魅力、そしてブランド力を感じずにいられない。


■スーパー・エージェントの元祖とは?


 ちなみに『007』や『ミッション~』のようなスーパー・エージェントの歴史を遡るとどのような原点に辿りつくだろうか。映画の黎明期、スパイといえば「日常に忍び寄る恐怖」としての扱いが多かった。が、1928年にドイツの巨匠フリッツ・ラング監督が『スピオーネ』を誕生させる。一説にはこれが元祖とも言われている。


 同作はサイレントながら、もう溜め息の出るほどの面白さ。なにしろ作品内に凄腕スパイ、諜報機関、コードネーム、悪の組織、さらにはツイストするプロット、ロマンス、アクションという現在の定番要素が全て揃っているのだ。ラング監督は20年代の時点で、スパイ物がありとあらゆる要素を内包し、最高のエンターテインメントとして成立しうる可能性にいち早く気付いていたのかもしれない。


■伝統と革新が紡ぐスタイリッシュな魅力


 話を戻そう。時にスパイ映画は、歴史にオマージュを捧げることで劇的進化、いや突然変異を遂げることがある。9月11日公開の『キングスマン』はまさにその典型と言っていい。


 キングスマン、それはロンドンにある老舗高級テーラーに秘密の入口を持つスパイ機関のこと。第一次大戦以降たびたび世界を悪の脅威から救ってきたという彼らがこのたび新メンバーの募集を開始し、シングルマザーの家庭に育った一人の青年に白羽の矢が立つのだが......。


 何よりも見どころは、オスカー俳優コリン・ファースがオーダーメイドのスーツを着こなし、主人公の青年を導く紳士スパイとして優雅に大暴れするシーンである。『キック・アス』シリーズのマシュー・ボーン監督が紡ぐガジェット満載のアクションはとにかくスタイリッシュかつ奇想天外な魅力がたっぷり。さらに「スーツとは?」「マナーとは?」という紳士教育の問いかけも備えており、スパイ物でありながら、若者の成長物語としても一級品となっている。


■60年代のエッセンスをギュッと凝縮


 また本作は、ヴォーン監督が幼少期にどっぷり浸かったスパイ物のエッセンスを凝縮させている。『007』はもちろん、『おしゃれ(秘)探偵』『0011ナポレオン・ソロ』『電撃フリント作戦』シリーズなど、オマージュを捧げられたスパイ物は枚挙に暇が無いほど。


 また、キングスメンのボスとして60年代の『国際諜報局』シリーズにてジェームズ・ボンドに並ぶ人気を博したマイケル・ケインを起用しているのがニクい。当時彼が演じた"ハリー・パーマー"は、007のアンチテーゼとも言うべきリアルなサラリーマン・スパイだったが、『キングスマン』では彼にならってメンバー全員がスーツに黒ぶちメガネをかけているという凝りようなのだ。


 こういった濃厚なオマージュと監督独自の強靭な創造性がケミストリーを巻き起こし、スパイ映画を全く新たな文脈で起動させようとする。そこに抗い難い面白さがある。こういった後代のクリエイターのジャンル愛の深さもまた、スパイ映画が色褪せない理由ではないだろうか。


■バラエティに富んだスパイ映画大集結


 最後に、今年公開を迎える注目作も駆け足でご紹介しておこう。まずは『007』の影響を受けたTVシリーズ「0011ナポレオン・ソロ」が映画『コードネームU.N.C.L.E.』(11月4日公開)として復活する。マシュー・ヴォーンの盟友、ガイ・リッチー監督作なだけに、60年代を舞台にしたクールな映像センスと小気味いい語り口が期待できそう。


 また、10月にはアメリカでスピルバーグ監督作『ブリッジ・オブ・スパイ』が封切られる(2016年に日本公開)。こちらは冷戦期、鉄のカーテンの向こう側に不時着したスパイの引き渡しをめぐって、大統領の密命を受けた弁護士がギリギリの駆け引きを繰り広げるというもの。


 そして極めつけは12月4日公開『007/スペクター』だ。前作からの続投となるサム・メンデス監督が、シリーズお馴染みの悪の秘密結社"スペクター"を復活させることに注目が集まっている。2015年の大トリとして、さらにはスパイ映画を牽引してきた立役者の新たな一手としても、どんなスパイ像を魅せてくれるのか非常に楽しみでならない。(牛津厚信)