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RHYMESTERが示す、プロテストとしての音楽表現 DJ JIN「美しくあろうという気持ちが大切」

2015年08月01日 18:10  リアルサウンド

リアルサウンド

RHYMESTER

 RHYMESTER、通算10枚目のアルバム『Bitter, Sweet & Beautiful』にまつわるインタビュー後編。前編【RHYMESTERが語る、日本語ラップが恵まれている理由 宇多丸「自らを問いなおす機会があることはありがたい」】では、本作のテーマである<美しく生きること>に込められた真意を探るとともに、日本語ラップシーンの現状や、昨今のSNS事情について思うことまで、幅広く話が及んだ。後編では、アルバム後半の楽曲についてひも解くとともに、より複雑になっていく昨今の社会情勢に対し、RHYMESTERは音楽家としてどう向き合っているのか、音楽ライターの磯部涼がさらに掘り下げた。(編集部)


・「どうすれば有効なプロテストが出来るか葛藤があった」(宇多丸)


――ちょっと話が逸れましたが、アルバムに戻すと、続く10曲目の「The X-Day」から「Beautiful」、そして、「人間交差点」という流れがこの作品の要だと思いました。


Mummy-D:それはよく言われるね。


――よく言われるというのは、それだけ分かりやすく表現されているということだと思います。冒頭、アルバムをつくるにあたって行ったミーティングで、ヘイト・スピーチの問題を皮切りに、「人々がちょっとした価値観の違いを受け入れられなくなってきている」「そういうのは窮屈で嫌」という話になったとおっしゃっていました。「一方で、何が正しいかってことも言いにくい時代」だとも。「The X-Day」ではまさにそのようなモヤモヤが歌われていますよね。ただ、世界中で起こっているのは〝正義〟と〝正義〟がぶつかり合う〝どっちもどっち〟のいざこざだと主張しているとも取られかねない危うさがあるようにも感じました。


Mummy-D:うーん、ここはセンシティヴな問題だから言葉を選んでしまうんだけど……。


――ただ、「The X-Day」の歌詞が恣意的に切り取られてそれこそネットで出回ると、意図とは別の伝わり方をしかねないので、はっきりと説明しておいた方が良いと思います。


Mummy-D:オレたちは〝どっちもどっち〟だとは思ってないんだ。ただ、〝どっちも〟〝正義〟だって主張しているよね、っていう現実をそのまま歌ってる。


宇多丸:例えば、単に人種差別ならそれは「絶対にダメでしょ」とはっきり言えるけど、これが歴史問題、宗教問題になると、簡単には結論を出せない根の深さがあるわけで。


Mummy-D:そうそう。それで、「大人になったけど分かんねぇよ。子供に何て説明したらいいんだろう」みたいに悩んで。


――そこで、やっぱり、〝子供〟にどう伝えるかという話が出てくるわけですね。


Mummy-D:うん、やっぱり出てくるか。


宇多丸:例えば、筋の通った思考を突き詰めていくと、「宗教は妄執だ」って批判をしなきゃいけなくなってくるかもしれない。〝(空飛ぶ)スパゲッティ・モンスター教〟っていう、架空のバカバカしい宗教をきっちりつくって「信仰」してみせるジョークというか思考実験があるんだけど、あれみたいなこととか。ただ、そういう知的にひねった表現は、批評の対象が〝正しい〟と心から信じ込んでいるひとには伝わらないだろうとも思うし。


 だから、出発点としては、この国で大っぴらに人種差別が行われていることだとか、世界中で宗教が原因の戦争が起こっていることだとかにショックを受けて、どうやったらそういう状況にオレらなりの有効なプロテストが出来るんだろうっていう葛藤があった。それで、例えば「The X-Day」では、「差別とか戦争とかって何てくだらないんだろう」って、聴いているひとの肩の力が抜けるような表現を模索したんだよね。


――「グレイゾーン」(04年発表のアルバム『グレイゾーン』収録曲)のフック「危険だ! その錆び付いたシーソー 右も左も危なっかしいぞ」と同じことを歌っているとも言えるので、RHYMESTERとしては一貫しているなとも思いましたけど。


Mummy-D:まぁ、同じ人だからねぇ。最近、改めて、「あの頃、もう〝グレイゾーン〟だと思ってたのかぁ」ってびっくりしたもん。


――自分の先見の明に?


Mummy-D:うん(笑)。


宇多丸:何て意地悪な質問(笑)。


Mummy-D:というか、当時は日本でもヒップホップが盛り上がっていて、皆、迷いがなかったと思うんだけど、その中でこんなことを感じてたのかって。


――その波に乗っていけばいいのに、RHYMESTERとしては何故かモヤモヤしていた。


Mummy-D:うん、モヤモヤしていた。それが今の活動に繋がってくるとも思うんだけど。


宇多丸:『グレイゾーン』は、それこそ、9.11の記憶が生々しい時期につくっていて、当時は当時で世界的に不寛容感みたいなものが強くなっていたことも背景にはあったよね。


――だから、「The X-Day」「Beautiful」「人間交差点」は組曲というか、「The X-Day」だけ聴くと、「じゃあ、どうすればいいんだよ」って思うんですけど、「Beautiful」「人間交差点」で徐々に答えを提示していくという流れなのかなと。


Mummy-D:そうだね。ただ、答えって言っても明確なものではなくて。「このぐらいは言えるんじゃない?」程度の消極的な答えではあるんだけどね。


宇多丸:自分たちが〝正しい〟と思っているひとに、こちらが〝正しい〟と思っている言葉が通じないのだとしたら、皆がそれ全体を社会として、世界として受け入れるしかないんじゃないか、というか。そういう考え方が浸透すれば、自ずと差別や排外的な発想はできなくなっていくんじゃないか、という。


――それは、こちらが折れるということではなく、全てのひとが全てのひとを受け入れるという理想を語っているわけですよね。


宇多丸:もちろん、人種差別みたいな明白な社会悪が改善されていくべきなのは大前提としてね。これはもっと俯瞰の話。いろんな人がいて、いろんなことを考えていて。あんたらも、あんたらに文句を言ってるオレらも、その諍いを見て嫌だと思ってる人らも、全部を引っ括めて世界だっていう。


――あるいは、「Beautiful」で歌われているのは、今、至る所で〝正義〟=〝ヒーロー〟がぶつかり合っているわけだけれど、むしろ、その足下にいる市井の人々が自分たちの生活を見直すことによって世界は良い方へ向かっていくのではないかということですよね。重要なのは〝ヒーロー〟じゃなくて、〝パンピー〟っていうか。


Mummy-D:ははは!


宇多丸:そういう意味で、PUNPEEを起用っていう(笑)。そのこじつけ感は半端ない。


――パンピー同士による対話が、世界を救っていく。


Mummy-D:世界を救うとまでは行かなくても、まぁ、悪いことにはなんねぇだろうみたいなね。


・「何処までカメラを引けるか試してみたっていうのはある」(宇多丸)


――ちなみに、「Beautiful」の「美しく生きよう いや、美しくあろうと願い続けよう/それが唯一のプロテスト We got to be beautiful!!!!」というラインは、吉田健一が戦後に書いた「戦争に反対する唯一の手段は、 各自の生活を美しくして、それに執着することである」(随筆「長崎」より。初出は57年の「朝日新聞」)という一節の引用ですよね。


宇多丸:その通りです。最初、トラックを聴いてテーマを考えて、「タイトルは〝Beautiful〟でいいかもね」ってなった時に、「そういえば、こういう言葉があるよ」って話をして。そうしたら、Dがリリックにズバリ入れてきたっていう。Dの中でも入れたり外したり、悩んだみたいなんだけど、皆で「絶対、入れた方がいいよ」と言って。


――件の吉田健一の一節は、小西康陽さんも引用していましたね。


宇多丸:そうそう。当然、オレもピチカート経由で知ったんだけど。改めて凄い言葉だなと思って。むしろ、今の時代にこそフィットする。


――その吉田健一の言葉が元になっていると分かったからこそ……深読みかもしれないですけど、戦前的な、戦争を前にした雰囲気のあるアルバムだと思いました。


宇多丸:いやぁん(笑)。今が戦前かどうかは分からないけども、時代の空気への危機感みたいなものが出ているなら、つくり手としては喜ばしいです。


――それによって、先程から話に出ている〝子供〟というキーワードも浮かび上がってくるわけです。今だからこそ、伝えておきたい、と。


Mummy-D:そうだね。それはあるかもしれない。渦中にいると分かんないじゃない、何が正しいか。例えば〝エネルギー問題〟〝防衛問題〟……「分かんねぇよ!」っていうさ。いろんな人のいろんな意見があって。で、今から戦前を振り返って、あの時代は狂っていた、間違っていたって言うわけだけど、渦中のひとたちは「分かんねぇよ!」って思ってたのかもしれないよ。


宇多丸:一方で、今と同じようにイケイケな空気もあっただろうし。そして、段々とそっちが主流になっていったっていう。


Mummy-D:アルバムをつくる上で、そういうことは考えたよね。だから、何が正しいのか分かんないんだけど、「多分、醜いことは違うんじゃないかな」みたいな。そういう直感を言葉にしたいと思ったんだ。


宇多丸:多分、RHYMESTERとしては今まででいちばん引きのカメラで撮ってるアルバムで。渦中に居て、何が正しいか分からないからこそ、何処までカメラを引けるか試してみたっていうのはあるんじゃない? 「今、引けてここまでなんだけど!」って。


――これまでもRHYMESTERの持ち味は〝引きのカメラ〟だったと思いますけどね。こういう時代だからこそ、改めてそれが有効だと考えたということなのではないでしょうか?


宇多丸:そうかもしれないね。無意識ではあるけど。


――〝どっちもどっち〟論みたいな相対主義の悪い部分には陥らないようにしながら、相対主義の良い部分は使っていくという。


宇多丸:このアルバムが『グレイゾーン』から進んだところがあるとしたら、やっぱり、相対主義よりは一歩、先に行っているところかな。やっぱり、『グレイゾーン』は相対主義への退却みたいなところがちょっとあったと思うんで。


――そういう反省があるんですね。


宇多丸:今回は引くだけじゃなくて、一応、答えめいたものも提示してるし。ただ、引きにも限界があるからね。正直、このあと、どんな時代になるかは分からない。


DJ JIN:〝正しい〟って言葉は危険だし、〝美しい〟って言葉は難しい。『Bitter, Sweet & Beautiful』ってタイトルなわけだけども、苦いものと甘いものが混ざるからこそ美味しくなるわけで。そういうふうに、色々な価値観を認め合いながら、美しくあろうという気持ちが大切だって思う。何も「美しくしろ!」って言ってるわけじゃなくて、ちょっとした想いが大切なんだっていうことを伝えられたらいいな。


宇多丸:オレらなんかもうじきにジジイだけど、まさに、DやJINの子供が大人になる頃にどうなってるのかっていうことが心配なんであって。


――いま審議されている安保法案なんかにも関わってくる話ですよね。


宇多丸:いやいや、洒落にならんすわ。


――だから、下の世代と、〝伯父さん〟っていうウエでもなくヨコでもなくナナメから気軽なスタンスで付き合う一方で、父親として直接的に責任や不安も感じていることによって、このアルバムのメッセージが、それこそ、〝リッチ〟になっていると思いました。そして、「The X-Day」の葛藤や「Beautiful」の決意が、「人間交差点」というある種の大衆讃歌に繋がっていくわけですよね。


宇多丸:そうだね。こういうふうになら、世界を肯定できるかなっていう。


・「歌に時代の空気を落とし込む」(Mummy-D)


――それを踏まえた13曲目の「サイレント・ナイト」では、Dさんがお子さんに対してストレートにメッセージを送っています。


Mummy-D:アルバムを通してずっといろんな話をしてきてさ、「人間交差点」でひとつになる瞬間があって、その後、みんな別の方向へ行くわけじゃん? だから、RHYMESTERの曲ではあるんだけど、それぞれ、メンバーが家に帰ったあとのオフみたいな雰囲気が出ればいいなぁと思って、オレはパーソナルなことを歌っちゃったっていう。


――テーマとしては、「WELCOME2MYROOM」(『グレイゾーン』収録曲)と近いわけですけど、あれから10年経って、RHYMESTERも変わったんだなぁと思いました。


宇多丸:そうだよね。あれは、凄い汚い部屋のことを歌ってるじゃない。物と一緒に、世の中への不満も溜め込んでるような。今回の部屋はそんなに汚くないよね。ちゃんと整理してる。


――あと、「サイレント・ナイト」の、〝ひとり〟がテーマであっても、家族がいたり、だからこそ、ひとりの時間を貴重なものとして捉えていたりするところにも時間の経過を感じました。


宇多丸:みんなもっと、ひとりの時間とか孤独な時間と上手く付き合えばいいのになって思うんだよね。孤独ってそんなに嫌なものじゃないよ。孤立じゃなくて、孤独ね。孤立は悲しいけど、孤独とは上手く付き合うべきだと思っていて。みんな、寂しがりすぎだよ。寂しくないじゃん。


――「寂しいの楽しいじゃん」って?


宇多丸:そうそう、何故なら寂しくないから。本当には。


――宇多さんのヴァースは結婚したのにひとり感あるなぁと思いました。


宇多丸:やっぱりひとりっ子だし、ひとりの時間が心地良いんだよね。だから、「オフの話を書こう」ってなった時も、「オレはひとりの話だな」って思った。「ひとりでいいんだぜ」って。いわゆる〝お一人様〟じゃないけど、オレはひとりで<USJ>行ったりとかするしさ。 もちろん、奇妙な振る舞いに見えたかもしれないけど、オレは本当に冗談抜きで〝ひとり<USJ>〟が最高に楽しかったの。全然問題ないっす。そりゃあ、一生ひとりだったら悲しいけど、夜はみんなで一緒にごはん食べるんだもん。全然寂しくない。今回、その感じが出せないかなぁと思って、ちょっとそこで、SNSに嫌みを言ってしまいましたが。四六時中、繋がってなくてもいいじゃないと。


ーー「人間交差点」で多様性の大切さを歌ったあとだからこそ、個の大切さが沁みてくるというのもあります。


宇多丸:同じことだからね。他人と認め合えるっていうことは、自分をしっかり持つということだから。


――多様性も大切だし、孤独も大切だと。


宇多丸:そうそう。


――さて、ラストの「マイクロフォン」です。ここで、戦いがモチーフになっているから、さっき言ったような戦前的なイメージを持ったのかもしれません。


宇多丸:そこは本当に無意識だな。ただね、〝スタイル・ウォーズ〟って言葉が好きで。それこそ、多様性を認めた上で、個と個がぶつかりあうっていうか。あと、この曲をつくってた時にDと話していたのは、マイクっていうのは意見を伝えるためのものだから、単なるラップのボースティングものを超えて、普遍的な意見を個として言う曲にしょうってことで。責任を持ってものを言う全てのひとに向けた曲になればいいなと。


――「そしてまた歌い出す」(11年発表、アルバム『POP LIFE』収録曲)を思い出したりしました。あの曲は3.11の直前に発表されて、その後、謹慎ムードの中で音楽が鳴り止んだ状態と歌詞の内容が奇しくもリンクしてしまったわけですが、もともとは、3.11以前から感じていた閉塞感について歌ったものでしたよね。つまり、『Bitter, Sweet & Beautiful』は、「そしてまた歌い出す」の延長線上にあるとも言えるのではないでしょうか。


Mummy-D:そうだね。〝歌は世につれ〟じゃないとダメだなとは思う。それをメッセージにすることに関してはまだまだなところもあるし、ちょっと直接的過ぎんじゃねーかって悩む時もあるけど、やっぱり、歌に時代の空気を落とし込めてないと。


宇多丸:そもそも、アルバムをつくる上で時事ネタっていうか、「いま何を思ってるか?」っていう話から始めてるんで、当然っちゃ当然なんだけど。次のアルバムはもっと戦前色強くなったりしてね。嫌ですねー。そうしたらもうあれですよ、シングルは戦意高揚曲。


一同 笑


Mummy-D:急に転向?


――ホーン使いまくって。


宇多丸:しかもそれがライムスター史上、いちばんキレの良いメッセージになって。そして、初の大ヒット。


――そうならないためにも、いま頑張っておかないとっていう。


宇多丸:実際、そういう時代になったら、自分は流されてしまうかもしれないっていう思いもあるんで。だからこそ、いま、ブツクサ文句言っておくっていうね。


――言えるうちに言っておけば、その言葉が自分に「あの時、こう言ってたじゃないか」って刺さってくるわけですからね。


宇多丸:幸いにも、今が前の戦前の繰り返しじゃないのは、戦前とか戦中に言ったことが記録として残っていて、「あいつはこんなこと言ってた」「それなのに、戦後はこんなこと言ってやがる」みたいなことが検証されてるわけだからね。みんな、戦争があったとして、戦後にどう見られるかっていう視野も持ってる。そこは進歩していて、だから、まったく繰り返しにはならないと思うんだけど。


(取材・文=磯部涼)