トップへ

RHYMESTERが語る、日本語ラップが恵まれている理由 宇多丸「自らを問いなおす機会があることはありがたい」

2015年07月31日 21:30  リアルサウンド

リアルサウンド

RHYMESTER

 RHYMESTERが、通算10枚目のアルバム『Bitter, Sweet & Beautiful』を7月29日に発売した。<美しく生きること>をテーマに掲げた同作には、フィーチャリングアーティストとしてPSGのPUNPEEを迎えたほか、KREVAやSWING-O、BACHLOGICといった面々がプロデュースした楽曲も収録され、いまのRHYMESTERのアティテュードが浮かび上がる新鮮な仕上がりとなっている。2015年、ビクターエンタテインメントへ移籍し、主催レーベル「starplayers Records」を設立したほか、5月10日には初のフェス<人間交差点>を開催するなど、結成26年目を迎えてますます精力的に活動する彼らにとって、同アルバムにはどんな意味合いがあるのか。音楽ライターの磯部涼が切り込む。(編集部)


・「アルバムをつくる上で、〝RHEYMESTERならではの表現〟とか〝他のアーティストがやってない表現〟とか、あるいは、〝新しい表現〟みたいなことを模索した結果、ピアノがメインになっていった」(DJ JIN)


ーーRHYMESTERのディスコグラフィーの中でもかなりコンセプチュアルなアルバムだと感じました。


Mummy-D:うん、今まででいちばんって言っていいんじゃないかな。


ーーそのコンセプトをひと言で表すと、アルバム・タイトルや、アルバムのムードを決定付けているピアノをフィーチャーしたイントロ/インタールードのタイトル等で繰り返し使われている、〝ビューティフル〟という単語があてはまると思うのですが、そのようなコンセプトに至るまでにはどんな経緯があったのでしょうか?


Mummy-D:そうだな……結局、制作にトータルで2年半ぐらいかかっちゃったわけだけど、最初にメンバーで集まってこのアルバムについてのミーティングをした時に、まず、「最近、どんなことを考えてる?」っていうところから話を始めたのね。そうしたら、ちょうど、ヘイト・スピーチが問題になっていた頃で、「あれは嫌だよな!」ってことで意見が一致して。そこから、「みんな、ちょっとした価値観の違いを受け入れられなくなってきている感じがする」「そういうのは窮屈で嫌だよなぁ」って話になって。でも、一方で、何が正しいかってことも言いにくい時代だとも思うんだよね。そもそも、ヘイト・スピーチだって〝正しさ〟を笠に着ているわけであってさ。それに対して、こちらから〝正しさ〟をぶつけても、問題が解決しないんじゃないかと。で、「じゃあ、どうしたらいいんだろう?」って考えた末に、「やっぱり、醜いのはダメだよな」「美しくあろうとすることは大事」「そのぐらいは言ってもいいんじゃない?」っていう結論に何となく辿り着いて。そこから、〝ビューティフル〟って単語が出てきたのかな。


ーー〝ビューティフル〟というコンセプトは、前作『ダーティーサイエンス』(13年)と対になっているとも言えますよね。


Mummy-D:いや、逆の概念ではないんだよ。


宇多丸:〝ビューティフル〟には〝ダーティ〟も包括されてるから。「汚いとされるものへの不寛容に対抗する」っていう意味にも取れる。アルバム・タイトルにもある通り、酸いも甘いも、そして、汚いも含めて美しい、みたいな。


Mummy-D:確かにサウンドとしては逆に行ったようなところもあって、前回があえてノイジーなものだったり、音楽的にあえて間違ったものを狙ったとしたら、今回はメロウネスを中心に据えて、音楽的にも間違ってないものを目指した。グッドミュージック感というか。


宇多丸:あるいは、アダルトな感じというかね。


ーーミーティングをする中で、メッセージは〝ビューティフル〟、サウンドは〝アダルト〟という方向性が決まっていった?


宇多丸:結果的にそっちに完全に行ったよね。移籍が決まったこともあって、途中、迷ったりもしたんだけど。「移籍第一弾がそんなイレギュラーなタマで良いのか?」とか。


ーーイレギュラーというのは?


宇多丸:やっぱり、リスナーが期待するだろう〝RHYMESTERっぽさ〟ってあるじゃない。今回のアルバムの収録曲で言うと「マイクロフォン」とかさ。


ーー前回のインタビュー(RHYMESTERは今のスタイルをどう掴みとったか?「やっぱり、オレらはライヴ・バンドなんだ」)で話した、〝エモい〟表現みたいなことでしょうか?


宇多丸:そうだね。『人間交差点/Still Changing』はそれに準ずるようなところもあって、あのシングルが結構好評だったことでカムバックのイメージは打ち出せたので、アルバムは振り切っても大丈夫だろうと。


ーーただ、「人間交差点」も「Still Changing」もアルバムの流れで聴くとまた印象が違いました。


宇多丸:だから、あの2曲が〝RHYMESTERっぽさ〟と今回の〝イレギュラーさ〟の橋渡し役になっているのかな。


ーーちなみに、サウンドに関しては先程も言ったようにピアノが印象的ですけど、Dさんは『ダーティサイエンス』収録曲「It’s A New Day」に関して、リリース当時、「新しいアプローチ」「あんなキレイなピアノ使ってる曲なんかやったことなかった」「『黒っぽくない』というか。俺らはやっぱ、どこかでファンク臭とかソウル臭がしちゃうんだけど……その当時、『白い』モノに興味があったんだよね」と語っていました。


Mummy-D:今回、「ピアノ中心で行こう」みたいなことは意識していなかったものの、改めて考えてみたら、確かに多いね。「フットステップス・イン・ザ・ダーク」もそうだし、「The X-Day」でも使ってるか。


 昔、RHYMESTERには、曲にキーボードが全然入ってない時期があってさ。ホーンとギターばっかりっていう。でも、ヒップホップの表現の幅も広がってきて、ラップもエモーションみたいなものを開放していこうっていう流れになって。で、そういうことをやろうとした時にピアノっていうのは、やっぱり、ぴったりなんだよね。下手に使うと危ないんだけど、勇気を持ってピアノだけをバックにしたこともあったし。


ーー『ダーティサイエンス』と本作の間にリリースされたベスト・アルバム『The R~The Best of RHYMESTER 2009-2014』(14年)には、「It’s A New Day」と「ちょうどいい」のピアノ・バージョンが収録されていましたよね。ホーンが勇ましい〝アツさ〟を表現するのに適しているとしたら、ピアノはそれとは対照的に繊細な〝エモさ〟を表現するのに適しているといったところでしょうか。


Mummy-D:そうだね。ホーンもエモーショナルな楽器ではあるんだけど、ピアノとは感情の種類が違う。


宇多丸:ピアノは流麗さを表現するのにも適してるよね。


ーー「人間交差点」がホーンとオルガンをメインにしているのも、宇多さんの「(同曲が)〝RHYMESTERっぽさ〟と今回の〝イレギュラーさ〟の橋渡し役になっている」という説明を裏付けているような。


DJ JIN:アルバムをつくる上で、〝RHEYMESTERならではの表現〟とか〝他のアーティストがやってない表現〟とか、あるいは、〝新しい表現〟みたいなことを模索した結果、ピアノがメインになっていったってことなのかな。要はフレッシュというか。いわゆるミュージシャン・シップみたいなものを取り入れてトラックをつくるっていう試みはこれまでもやってきたけど、今回はそれをまたさらに違う方向でやれたと思うし。


ーー身近にSWING-Oというアーティストがいたからこそ、というのもあるんじゃないですか?


DJ JIN:もちろん、それもあるね。SWING-Oっていうキーボーディストは、ピアノでリッチかつ情感豊かに演奏出来る人で、彼とのセッションから膨らんでいった部分も大きい。


ーー〝リッチ〟って表現、いいですね。今回のアルバムのイメージを言い表す言葉として、〝ビューティフル〟もそうだし、〝エモーショナル〟もそうだけど、〝リッチ〟もしっくりくる。


宇多丸:オレ、最近、〝豊か〟って表現、超便利だなと思って評論とかでよく使っちゃうの。いろんなものが包摂されてるでしょう。『Bitter, Sweet & Beautiful』っていうタイトルにしても、並んでいる3つの単語をひと言でまとめるとしたら、それは、〝リッチ〟ってことになるのかもしれない。


・「今回は表現の幅を広げるアルバムにしたかった」(Mummy-D)


ーーリッチ・ギャングじゃないですけど、〝リッチ〟って単語にはヒップホップ感もありますしね。そして、『Bitter, Sweet & Beautiful』の音楽性に関して、当然、目を引くのがPUNPEEのクレジットです。5曲でプロデュースを手掛け、その内、2曲ではラッパー/ヴォーカリストとしても参加していますが、最初の段階から彼にはこのように全面的に関わってもらおうと考えていたのでしょうか?


Mummy-D:PUNPEEは、最初にトラックを集め始めた時に5曲入りのやつをくれたんだけど、それがどれも凄く良くて。


宇多丸 うん、突出してフレッシュだった。


ーーああ、RHYMESTERはアルバムをつくる上で、トラックのオーディションみたいなことをやるんですね?


Mummy-D:最近はそうなってるね。まず、オレが200から300ぐらいは聴いてるんじゃないかな。その中から選んだものを皆にも聴いてもらうんだけど、とにかく、PUNPEEが気合入っててさ。あと、彼はオケをつくると同時にフックも頭の中で鳴っちゃうタイプらしくて、デモの段階でそれを仮歌で入れてきてて。だから、トラックを採用すると同時に、ヤツの声も採用せざるを得なくなるっていう。それで、PUNPEEだらけのアルバムになっちゃったんだけど(笑)。


宇多丸:でも、あのフックの感じとか、オレらからは絶対出てこないものだから面白くて、「これ、そのまま使ってもいいかもね」っていう。


ーー以前、宇多さんは『ウィークエンドシャッフル』(TBSラジオ)でPUNPEEを上手いラッパーの代表に挙げていましたよね。


宇多丸:そうそう。一緒に曲をつくり出すちょっと前ぐらいかな。ヴォーカリストって武器を1個でも持ってりゃ良くて、2個持ってるのは上手いひと、3個持ってるのは天才だと思うんだけど、あいつは3つ以上持ってる気がするな。しかも、その3つ以上のバランスの調整が見事というか、トータルで確実にクリティカルヒットしてくる。


ーー結果として、PUNPEEがアルバムの要となりました。


Mummy-D:PUNPEEという毒を食らっていいものをつくろうみたいなところはあったね。前回は(illicit)tsuboiくんにその役をやってもらったわけだけど、今回は彼に。


ーーアルバムのコンセプトにも通じる話なんですが、今回のリリックには、下の世代へのメッセージも多く含まれていますよね。「Kids In The Park」はそのものズバリですけど、「ガラパゴス」も若いラッパーに向けたラインがあります。だからこそ、PUNPEEが大々的に起用されたのかなとも思ったのですが?


宇多丸:それは、ひとつに、DとJINに子供がいるっていうのもあるんじゃない? ただ、PUNPEEに関しては「若手をフックアップ」的な意識はないね。


Mummy-D:うん。彼はもはや中堅どころの実力派みたいな位置にいると思うし。今回はヤツの才能を借りて新しさを導入したっていうより、むしろ、表現の幅を広げてもらったっていう感じかな。音楽的な許容度が高いじゃん、PUNPEEは。今回はまさにそういうアルバムにしたかったから。


ーーなるほど。では、フレッシュさではなく、SWING-Oのピアノと同じようにアルバムにおける〝リッチさ〟を担ってもらったと。


宇多丸:あとは、あいつを入れることで、風通しが良くなるっていうかね。オレらは意味意味意味、コンセプトコンセプトコンセプトでがっちりとした建築をつくっちゃいがちなんだけど、PUNPEEのヴァースで「お前、何言ってんの?!」みたいなところがあると、そこににちゃんと襖がつく。


ーー後程、詳しく訊きますけど、「SOMINSAI」のラップとか、笑わせ方を分かっているというか、結構、ロジカルなタイプなんだなって思いましたよ。


宇多丸:ベースには彼なりのロジックががっちりあったりするんだろうけどね。でも、その表出の仕方がさ、「〝加奈子〟(「SOMINSAI」のPUNPEEのパートで「忘れちゃえ 穴兄弟 過去の事 加奈子の事」というラインがある)って誰だよ? 昔、付き合ったことあるの?」「いや、ないっす」みたいな感じで(笑)。やっぱり、オレらにはない、いい意味でのルーズさがあるっていうか。あいつのヴァースが上がってきた時に、すごく感心したもん。「ラップってこれぐらい力が抜けてるほうがカッコいいってのもあるよな」「難しく考え過ぎなんだよな、オレは」みたいな。


Mummy-D:一方で、「ここはこの小節で終わってくれ」とか「この言葉は使わないでくれ」とか。そういう細かい注文も多いんだけどね。それで、喧嘩までは行かないけど、結構なやり取りをして。


ーーRHYMESTERに対してラップのディレクションをするんですか!


Mummy-D:うん。ヴァースの言葉を変えてくれとか、サイズを変えてくれって言われたのは初めてだったね。


宇多丸:最初、「Kids In The Park」の3番は16小節書いたんだけど、「8小節で終わってください」って言われて、「あ、はーい」っていう。


ーー音楽的に考えた時に、それが、彼にとってはビューティフルだと。


宇多丸:そうそう。PUNPEEなりに響く在り方っていうものがあるみたい。


・「ひとはどうしてもシラフじゃ生きていけない」(宇多丸)


ーーでは、続いて、アルバムの収録曲で特に気になったものについて順に伺っていきたいと思います。まずは5曲目の「ペインキラー」。フックに〝ドラッグディーラ―〟という、アメリカのラップ・ミュージックでは頻出するものの、これまで、RHYMESTERには縁遠かった単語が使われています。ただ、当然というか、ドラッグそのものではなく、音楽をドラッグに例えて歌っている。


宇多丸:音楽だけでなく、そもそも、エンターテインメントは気晴らしっていうか、もしくは、ある種の毒っていうか、わざわざ、身体に入れなくてもいいものなのに、それなしで生きているひとはまずいないっていう。もちろん、ドラッグを推奨しているわけじゃないんだけど、そういうものを非難するひとも、音楽とか聴いてる時点で同じだよっていう。


ーー誰もが何かしらにアディクトしてるということでしょうか?


宇多丸:そうそう。ひとはどうしてもシラフじゃ生きていけないんですよ。みんな、何かに逃げ込んでいる。これはアルバムの中でいちばん古い曲で。今回の裏テーマとも言えるんじゃないかなって思うんだけど。


ーーアメリカとは違って、今、日本のメジャーで狭義のドラッグについて歌うことは出来ないですよね。だから、「ペインキラー」は、やはり後程、詳しく訊こうと思っている「ガラパゴス」と同じように、日本のラップ・ミュージックのガラパゴス性を表現したとも言えると思いますし、あるいは、宇多さんが仰ったように音楽を含む広義のドラッグにでも逃げ込まないとやっていけないこの国のキツい状況を表現したとも言える、RHYMESTERらしい批評的な曲だと感じました。


宇多丸:いま思い出したけど、この曲をつくる時に、デジタル・アンダーグラウンドの『セックス・パケッツ』(90年)のこともちょっと頭にあったかも。


ーーセックスの代替薬を巡る物語を描いたコンセプチュアル・アルバムですよね。


宇多丸:あれもドラッグのメタファーでしょう。


ーー続いて、シリアスなアルバムの中でいちばん浮いているのが、先程も話に出た7曲目の「SOMINSAI」。元ネタになっているのは日本三大奇祭に数えられる岩手県奥州市の黒石寺蘇民祭ですよね。知らない方は、是非、画像検索してみて下さい。


宇多丸:検索して出てくる画像は完全にアウトだからね! 本当に全裸。ここ数年、流石にふんどしはするようになってきたみたいなんだけど、長老だけは相変わらずしてないっていう。


Mummy-D:出してる人のほうが偉いんだね(笑)。


宇多丸:日本の奇祭っていうと他にも川崎市のかなまら祭とかあって、それも西洋的価値観から見たらアウト中のアウトなんだけど、やっぱり、我々みたいな土着の人間が感じる〝豊かさ〟みたいなものに、そういう、裸とか性とかっていうものが含まれてるんだと思うんだよ。


ーー蘇民祭もかなまら祭も〝ビューティフル〟だし、〝リッチ〟なものだと。


宇多丸:凄くドメスティックで、それこそガラパゴスな価値観なんだけど、一方でその〝豊かさ〟みたいなものは形を変えながら世界中の何処にでもあるはずで。


ーー極めてローカルだけれど、同時にグローバルでもあると。それにしても、「SOMINSAI」っていうタイトルは直球ですね。


宇多丸:これはねぇ……迂闊そのもの。


Mummy-D:もともとは「蘇民祭〝的〟なことを歌おう」って言ってたのに、PUNPEEが自分のヴァースで〝ソミンサイ、ソミンサイ〟ってそのまんま連呼してて(笑)。「じゃあ、しょうがねぇ。ローマ字表記にするか」って。それで、「SOMINSAI」。


宇多丸:ただ、〝蘇民祭〟って言葉自体は一般名詞だから。


ーー曲中に〝黒石寺権蔵〟ってキャラクターも出しちゃってますけどね。


Mummy-D:言い訳不能(笑)。


ーーあのキャラクターを演じてるのはPUNPEEですよね?


Mummy-D:そうそう。オルター・エゴらしい。


宇多丸:あんなの頼んでないよ! あいつが勝手にやってるんだよ(笑)。


ーーKICK THE CAN CREWとやった「神輿ロッカーズ」(02年)なんかは祭囃子をラップに取り込むというか、それこそ、ガラパゴスなラップ・ミュージックをあえてつくろうという試みだったわけですけど、「SOMINSAI」はガラパゴスとも言えない何がなんだかよく分からないものになっていますよね。


Mummy-D:途中で入ってくるバイオリンの音とかアイリッシュっぽかったりして、全然、日本の祭じゃないもんね。


ーー声ネタもちょっと中東っぽく聴こえたり。タイトルに反して土着的ではなくて、むしろ、人工的なサウンドですよね。


宇多丸:〝SOMINSAI〟っていうタイトルだからって、蘇民祭の音をそのまま使っても面白くないじゃん。


ーーただ、蘇民祭はRHYMESTERにとってはひとつの理想郷であると。


Mummy-D:全然、違うよ!(笑)


宇多丸:でも、まぁ、褒められたものではないかもしれないけど、ああいう、〝豊かさ〟もちゃんと認めていきたいよねっていうのはあるかな。


ーー〝褒められたものではないかもしれない〟……というのは、8曲目の「モノンクル」にも繋がる話です。


宇多丸:そうそう。全体を通してそれを言ってるから。


ーー「モノンクル」は〝おじさん〟がテーマで、前回のインタビューの時、Dさんが自分のことをやたらと〝おっさん〟と言っていたのが気になったんですけど、ここで言う〝おじさん〟は〝おっさん〟とは違う。


Mummy-D:うん、違う〝おじさん〟だね。


ーー要するに〝伯父さん〟ですよね。文化における〝伯父さん〟って伝統的な立ち位置だと思うんですけど。


宇多丸:その通りです。


ーー父親よりも気軽で、友達よりも身内な、文化のことだったり、あるいは人生のことだったり、色々な知識を教えてくれる歳上のひとっていう。その知識が〝褒められたものではないかもしれない〟わけですが。ちなみに、タイトルはジャック・タチ『ぼくの伯父さん』の原題〝Mon Oncle〟の引用ですか?


宇多丸:それを〝モノンクル〟ってカタカナ5文字の表記にすると、伊丹十三の出してた雑誌(朝日出版社/81年~)のタイトルでもあって。おそらく、伊丹十三も文化における〝伯父さん〟的なスタンスを打ち出そうとしたと思うんだけど。「モノンクル」って表記にしたのはそれに対するオマージュ。


ーー宇多さんもラジオで自分よりは歳下のリスナーの子たちを相手に文化について語っているわけですけど、やはり、〝伯父さん〟でいたい?


宇多丸:RHYMESTERそのものが、この界隈の音楽業界では〝伯父さん〟的な立ち位置だろうしね。あと、オレの場合は、DやJINの子供とか、小島慶子さんのうちの2人の子供のためにビデオを選んだりしてて。「宇多丸おじさんが、今度はどんな面白い映画を観せてくれるかな?」みたいな立場が凄い愉しくてさ。「さぁ~、君らの年齢でいえば、そろそろ、この辺りがいいんじゃないか~?」って。


ーー今はどのくらいまで行ったんですか?


宇多丸:小島さん家の子供は『スター・ウォーズ』が凄い好きで、「オレは高級なライト・セイバー持ってんだぞ! FXライト・セイバー」って自慢したら、「おかーさーん! FXライト・セイバー買ってー!」って大騒ぎになっちゃって、「ヤバい、まずいこと教えてしまった……」っていう(笑)。まぁ、そういうふうに、「〝伯父さん〟って立ち位置は良いよね」って考えは、子供たちと直に触れて楽しかったことから来ているものでもある。


ーーうちの弟はオタクなんですけど、従兄弟の子たちが小さい頃は戦隊ものの知識とかを披露して尊敬されていたのが、その子たちももはや中学生とか高校生なので「何だこのひと?」みたいな扱いになってます。


宇多丸:北杜夫の『ぼくのおじさん』っていう小説にはそういう感じもあって。伯父さんが家でずっとごろごろしてて、「ダメなひとだなぁ」って思うんだけど、後に振り返ってみるとそのダメさが自分には重要だったのかもみたいな話。あれは好きで何度も読んだけどね。


ーー先程、今回のアルバムには下の世代へのメッセージが込められているのではないかっていう話をしましたけど、〝伯父さん〟っていう距離感は絶妙ですよね。完全な上から目線ではない。


宇多丸:そうそう。〝ガハハおじさん〟みたいなのは嫌なんだよね。セクハラするようなおっさんのことをイメージされちゃ困るっていうか。


ーー最近、ラッパーの漢が出した『ヒップホップ・ドリーム』(河出書房新社/15年)に「日本のラップ・シーンはいわゆる日本的なタテ社会とアメリカ的なヨコ社会の中間の、ナナメ社会だ」みたいなことが書いてあって、それにも通じる話だとも思いました。


宇多丸:へぇ! あの本も面白いよね。すげぇ怖いけど。「信じられない、こんな人が同じシーンにいるのか!」って思った(笑)。


・「『オレたちがやっていることは何なんだ?』っていうことを問いなおす機会が度々あることは、ありがたいことなのかもしれない」(宇多丸)


ーーそして、気になるのが9曲目の「ガラパゴス」。この曲はやはり例の為末ツイート(元・陸上選手の為末大による「悲しいかな、どんなに頑張っても日本で生まれ育った人がヒップホップをやるとどこか違和感がある」という文章で始まる一連のツイートのこと)が発端になっているわけですよね?


Mummy-D:直接的な要因としてはそうだね。


ーーただ、これまでも、RHYMESTERはヒップホップに対する誤解を解いたり、魅力を説明する曲をたくさんつくってきたわけですが、この曲では「まだこんなことを言わなきゃいけないのか」みたいな苛立ちが表現されています。


Mummy-D:『ウワサの真相』(01年)の頃と言ってること変わってねーや、みたいな。


宇多丸:でも、為末さんはすごいよね。実際にヒップホップのグループに曲をつくらしちゃったんだもん。ありがとうございます。


ーー宇多さんはあのツイートをラジオでも取り上げていましたね。


宇多丸:まぁ、悪気はないのは百も承知なんだけど。逆説的に言えば日本のヒップホップ肯定論としてもとれると思ったし。


ーー「ガラパゴス」が面白いと思ったのは、「「日本のヒップホップにおけるオリジナリティとは何か?」みたいなこれまで散々繰り返されてきた質問に答えるよりも、その質問自体が愚問であり、設問自体がある種の罠だと言っているわけですよね。


宇多丸:そもそも、「オリジナルって何?」っていう。例えば、〝仏教〟って言葉は使ってないけど、お経っぽくラップして「チーン!」って言ってるところなんかは、「仏教だってモロ輸入文化やないか!」って意味を込めてて。しかも、仏教って輸入してくる時に土着のひとと揉めてるんだよ。「この外国被れが!」みたいな。


ーー今は伝統になっているものも、かつてはモダンなものだったのかもしれない。


宇多丸:そう。要はアメリカのイケてる流行をそのまま直輸入するような話だったんだから。


ーーそして、同じようなことが世界中で起こっているし、むしろ、それこそが文化の本質であると。


宇多丸:あと、日本語ラップで言うと、「本場もんの完コピ」でも「本番もんとは別もん」でも、結局両方、貶されるんだもん。


ーー完コピは猿真似、別もんはガラパゴスだって言われるわけですよね。


宇多丸:しかも、それを同じ口で言ったりするから。まさにダブルスタンダード。本質はその中間にあるのに。


ーー〝猿真似〟〝ガラパゴス〟みたいな分かりやすいレッテルに引っ張られてしまう。


宇多丸:だから、「日本のヒップホップにおけるオリジナリティとは何か?」みたいな質問自体が愚問なんです。で、スタジオで「最後の1行どうしよっかなー」って考えてたら、Dが「もうこんな話はしたくないよね」って言って、「それだ!」って(笑)。


ーーこの曲が最終的な結論になるんですかね。


宇多丸:どうだろね? まぁ、こんなことを言わなきゃいけないうちが華なのかなとも思うんですよ。


ーー確かに、今のロックなんかにはそういう設問自体がないし。


宇多丸:やっぱり、「オレたちがやっていることは何なんだ?」っていうことを問いなおす機会が度々あることは、ありがたいことなのかもしれないし。それを問わなくなった時に堕落するのかもしれない。


ーー日本語ロック論争みたいなものが、ラップにおいてはもう30年ぐらい続いているわけですからね。


宇多丸:日本語ラップのトレンドも、振れてるじゃない。バイリンな時期があったり、日本語エモがあったり。面白いよなぁ、ジャンルとして全然生きてるよなぁと思って。


ーー実は「日本のヒップホップにおけるオリジナリティとは何か?」みたいな、永遠に解けない質問に立ち向かい続けていることで、オリジナリティが生まれている。


宇多丸:ロックのひとからすると、羨ましいとすら思えるのかもしれないね。


ーーちなみに、「ガラパゴス」のDさんの3ヴァース目はTwitterディス?


Mummy-D:Twitterディスじゃない(笑)。


ーー「また ピーチク パーチク うっせー小鳥のさえずりに/また ピーチク パーチク うっせー小鳥のさえずり返し」ってラインはそうとしかとれないですけどね。他にもこのアルバム、結構、ネット・ディスが多いなと思いました。


Mummy-D:あ、そうかね。ネット・ディスもしてないよ。


ーーいや、してますよ。


Mummy-D:ははは!


宇多丸:まぁ、SNSとかを、ちょこっとチクチク言ったりしてね。


ーーそうそう。宇多さんの「「つながり」を切望し だがそのたび絶望し」(「Beautiful」)とか「しばらく「つながり」中毒離れてソリチュード」(「サイレント・ナイト」)とかも、Twitterディスですよね。


Mummy-D:でも、それはTwitterディスではないでしょ。すぐ〝つながり〟たがる傾向をディスしてるんであって。だって、Twitterディスって、メール・ディスみたいなもんじゃん。電話ディスとか。


ーーあぁ、もはやインフラになってるものをディスっても仕方がないっていう?


Mummy-D:だから、Twitterディスっていうより、Twitterの使い方を間違えてるバカに対するディスだね。


宇多丸:過度のSNS依存とかさ。


Mummy-D:みんなが感じてることだよ。


宇多丸:SNS上で誰もが言ってることっていうか。この程度のことは。


ーーDさんが「マイクロフォン」で、「だから 震わせてくれよリアルな空気を リアルな言葉(ワード)でリアルな世界(ワールド)を/もうアバター・トゥ・アバターの虚ろな会話じゃ裸の俺たちは満たせやしないんだ」と歌っているのは、ネットよりもリアル志向っていうことですよね。


Mummy-D:そうだねぇ。


ーーまさに〝おじさん〟的なメッセージだと思いましたけど。


Mummy-D:ネットで拾える情報をネットで回して、それに対して何だかんだ言ったりだとか。そんなんだったら、1回、ライブを観に来てくれたら速いのに、みたいなことは考えたね。


ーーネットを眺めながら色々と思うことはあるんですね。


Mummy-D:ネットはもはやデフォルトだから、それは避けて通れない。だから、その使い方だとか、そこでのコミュニケーションだとかを話題にしてるんだろうね。あるいは、ふと感じた、ちょっとした虚しさだとか。


ーー前回のインタビューで〝現場〟について訊いた際、今のRHYMESTERは曲をつくる時にクラブのことはあまり想定しないけれど、フェスだったりネットだったりは念頭に置く、というようなことを言っていたのが印象的だったのですが。


宇多丸:ネットもひとつの現場だよね。でも、Dも言ったように、ネットはもはや特別なものではなく、生活の一部だからさ。


ーーそうですよね。今、〝ポスト・インターネット〟って言葉がありますが、それは、もはやオフ・ラインとオン・ラインに区別はないっていう状況を指しているわけで。


宇多丸:だから、日々の暮らしについて何か意見を言おうとした時に、ネットで起こるある種の現象も視野に入れざるを得ないってだけのことで。オレは、本当に自由に、フラットに意見を言い合えるスタイル・ウォーズなら、全然、良いと思う。コピペして意見を言った気になるとか、そういうものがイラっとくるだけで。


ーー「ガラパゴス」の歌詞にもあるように、「「ひとこと言ったった!」気にはなれる」みたいな。


宇多丸:そうそう。「言えてねぇよ、お前これ!」っていう。まぁ、おじさんとしては文句のひとつでも言いたくなるってだけで、もちろん、それも含めてのネットだと思いますけどね。リテラシーもどんどん変わってるしね。


ーーJINさんはTwitterやってますけど、宇多さんはやってないですよね。Dさんは?


Mummy-D:やってないよ。


ーーネット・リテラシーの低いグループ……。


宇多丸:でも見てるよ、全然!


ーーははは。それは、一応、警告しておかないと。


Mummy-D:警告(笑)。


宇多丸:ほんとだよ。「言っとくけど、お前の発言、これ簡単に見れっからね!」っていう。あまりにそれを意識してないと思われる、迂闊なひとが多くて。


ーー本当に呟きだと思っちゃって。


宇多丸:フォロワーしか見てないと思ってるかもしれないけど、「いや、丸見えだから!」みたいな。お前のその中学生日記が未来永劫残る可能性だってあるわけでね。オレの若い頃にこんなものがあったとして、恥ずかしい妄言の数々が世界にさらされると考えたら……(頭を抱える)「わー!」。


Mummy-D:今は忘れられる権利がないよね。


後編に続く


(取材・文=磯部涼)