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lyrical schoolがZeppワンマンで見せた“幸せな予兆” 過去最大キャパでのライブを徹底レポ

2015年07月31日 13:21  リアルサウンド

リアルサウンド

lyrical school

 ヒップホップアイドルユニットとして「アイドルラップ」というジャンルを切り拓き、その先頭を走ってきたlyrical schoolが7月25日、Zepp DiverCity TOKYOのワンマンライブで初の全国ツアーを締めくくった。5月31日の沖縄公演から始まった“date spot”ツアーのファイナルであると同時に、昨年11月の恵比寿リキッドルームライブからさらにグループとしての大きさとファンからの支持を獲得してきた、そのひとつの集大成がこの、グループのワンマン史上最大の会場でのライブである。


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 「アイドルラップ」の矜持を謳う昨年10月リリースの「PRIDE」からその直後のリキッドルームライブ、今年に入って発表されたアルバム『SPOT』、そして全国ツアーと軌を一にしてリリースされた「ワンダーグラウンド」へと、lyrical schoolは昨年終盤以降、リリース音源の充実とライブの規模拡大の両輪を理想的なペースで積み重ねてきた。開催発表当初はグループとしての体力的に不安もあったはずの昨年のリキッドルームライブを気づけばごく自然にクリアしていたlyrical schoolは、今回のZepp DiverCity TOKYOというさらなる高みもまた、気負いなく自分たちのものにしていた。


 アルバム『SPOT』同様に、この日のワンマンもアイドルラップのハードコアサイドを強調する「I.D.O.L.R.A.P」「PRIDE」からスタートした。これらはキャリアを積み上げてきた現在の彼女たちだからこその力強さを感じる楽曲群だが、もちろんそれはグループ全体が強面の方向へと舵を切るものではなく、彼女たちがナチュラルに身につけてきた幅広さのほんの一側面である。MCを挟んでのパートでは「レインボーディスコ」に始まり、グループ最初期曲「ルービックキューブ」のFragment remix、泉水マサチェリーが手がけた名曲「Maybe Love」へと、オリジナルメンバー時代の楽曲も織り込んで5年目に入るキャリアの奥行きを見せていく。これらの楽曲に象徴されるように、この日のワンマンはファンがそれぞれにlyrical schoolとの歩みを振り返ることのできる局面がいくつもある。「S.T.A.G.E」やアンコールで披露した「tengal6」などの楽曲は、現行メンバー6人によってリニューアルされた最新形の姿とかつてのオリジナルバージョンの記憶とが交錯して展開されていくし、「photograph」はライブ終盤の定番曲として何年も揺るぎない強さを持ちつつ、スキルを著しく向上させた現在の彼女たちの2015年現在の代表曲としても楽しめる。


 そうしたグループの歩みはステージングからも感じ取ることができる。振り返ればこの数年でlyrical schoolは、よく「動く」グループになっている。それぞれがラップの技術を上げ、ラッパーとしての個々のキャラクターを強くさせていきつつ、グループ総体としてはダンスで魅せるパフォーマンスが彼女たちの華やかさを下支えしている。いつもより大きなストライドでフォーメーションを変えながら、しかしいつも通りにゆるやかな雰囲気は保ったまま、Zepp DiverCity TOKYOという大きなステージを良い意味で大きく見せないステージングを当たり前にこなしていた。メンバー全員にまだケーブルのないマイクが用意されておらず物理的にフォーメーションの移動さえ難しかった頃の初期楽曲が、今やこの広さのステージをいっぱいに使ったダンスとともに披露される。それはアイドルシーンを独特のコースで歩いてきたこのグループの道程をあらためて感じさせるものだ。そうでなくとも、この会場でのワンマンに到達したことで可能になったステージングは数多い。通常は平面でのフォーメーションが基本になるが、この日はZepp DiverCity TOKYOの奥行きのある舞台の上で後方を一段高くとり、メンバーを立体的に見せる配置を随所に取り入れていた。このセットは動きの激しい曲よりもむしろ、ライブ中盤のメロウな楽曲群で特に際立つ。「ひとりぼっちのラビリンス」では上段と階段を用いた配置が、メンバーそれぞれのストーリーを曲と同時に視覚的に引き立てた。このように、会場の大きさに翻弄されることなく、適切な演出が施されていたことも印象に強い。一見、どこまでも変わらないやわらかな雰囲気をキープしながら、大きくなっていく会場にしっかりフィットさせていく実力を身につけていっているのが、今のlyrical schoolである。


 もちろん、キャリアの振り返りやひとつの集大成としてこの日のライブを語ることはいくらでも可能だし、またここまでその面を記述してきた。けれども実際のところ、そこに重きを置くことはあまり正しくないのかもしれない。というのも、この日のライブが示したのはこの全国ツアーファイナルが何かの締めくくりではなく、彼女たちが現在、絶好調の機運のなか、走り続けている真っ最中だということだからだ。このライブを境に足を休めるわけでもなく、相変わらずリリース音源とライブパフォーマンス双方の充実期はそのまま継続していく。シングル曲をちりばめたライブ終盤の展開、そしてアンコールを終えた会場は、「祭りのあと」の寂しさをあまり漂わせることなく、翌日以降も繰り返していくようなlyrical schoolのいつもの温度、いつもの楽しさを保ったままだった。気負いなく、大げさな節目にすることなくZeppライブを完成させたこと、グループの順調ぶりを占うとき、そのことがもっとも幸せな予兆なのかもしれない。(香月孝史)