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井上陽水のカバーアルバムが放つ強烈なセンス 傑出したシンガーソングライターとしての足跡を追う

2015年07月29日 15:11  リアルサウンド

リアルサウンド

井上陽水

 2001年に発表され、80万枚を超える大ヒットを記録した井上陽水のカバー・アルバム『UNITED COVER』。昨今のカバー・ブームの火付け役であり金字塔といわれているが、その第二弾である『UNITED COVER 2』が発表された。陽水の偉業は多々数えられるが、記録ということでいうと、1973年に発表したアルバム『氷の世界』が日本の音楽史上初のミリオンセラーのアルバムになったことだろう。そしてなんと、最新作は40年ぶりに当時のレーベルであるポリドールに復帰。往年の昭和歌謡から宇多田ヒカルにいたるまで世代を超えた選曲が11曲、そして自身の新曲が2曲という構成になっている。楽曲のセレクトもなかなかユニークで、いろんな切り口で語りたくなる内容だ。


 まず最初の印象は、稀代のシンガーとしての味わいの深さ。それは、前作での「コーヒー・ルンバ」に代表されるように、昭和歌謡の名曲から顕著に感じ取れる。例えば、ギターのシンプルな演奏をバックにさらっと歌いこなす「黄昏のビギン」や、オルガンジャズのようなブルージーなバッキングでスウィングする「有楽町で逢いましょう」などからは、表現力の素晴らしさはもちろんのこと、憂いや色気が濃厚に匂い立つ。フォークシンガーとして出発した陽水が、実は優れた歌謡曲の歌い手であることに気付かされるのだ。


 また、サウンド面で特筆すべき面は、日本を代表するサルサ・バンド、オルケスタ・デ・ラ・ルスとのコラボレーションだ。自身の新曲2曲に加え、「SAKURAドロップス」やビートルズの「I WILL」において軽快なラテン・ビートでサポートしている。この躍動感はそのままアルバム全体のトーンに反映され、新たな陽水の魅力を引き出している。両者を引き合わせたのはタモリだそうだが、その功績は非常に大きいといえるだろう。


 加えて、本作には同時代を一緒に作ってきた盟友ともいうべきアーティストの作品をいくつも取り上げている。冒頭は大橋純子の歌唱で知られる「シルエット・ロマンス」だし、ユーミンの「リフレインが叫んでる」や加藤和彦と北山修による「あの素晴らしい愛をもう一度」もそうだ。なかでも秀逸なのが、よしだたくろう(吉田拓郎)の隠れた名曲「リンゴ」。拓郎は、ご存じのとおり、70年代の一大フォーク・ブームで、陽水と人気を二分した永遠の好敵手でもある。だからこそ、この曲のセレクトには深い意味があるに違いない。ボサノヴァ・ビートに導かれた当時のライバルの作品は、原曲が純愛物語のような印象だったのに対し、陽水の声で歌われるとどこかニュアンスが違ってくるのが面白い。そういえば、同じ“リンゴ”が登場する楽曲「氷の世界」もセルフ・カバーしているが、対になっている様に感じさせるのは、彼なりの計算であり遊び心であり、そしてあの時代の盟友へのリスペクトなのではないだろうか。


 さらに付け加えるなら、井上陽水のソングライターとしての最大の魅力といいたいのが、「氷の世界」に代表される独特の言葉遊びのようなシュールな歌詞の世界観である。本作には含まれていないが、「リバーサイドホテル」や「とまどうペリカン」、はたまた「アジアの純真」といった過去の代表作を思い起こしてみればわかるだろう。しっかりとメジャー・シーンで活躍しているのに、ここまで奇妙な言葉を並べて聴く者を煙に撒くような存在は他にいないかもしれない。そういった強烈なセンスを持っているからこそ、「リンゴ」のような他人の楽曲を歌っても、あたかもオリジナル曲のように魔力を乗り移らせ、不思議な世界へと導いてくれるのだ。それは、石原裕次郎の「夜霧よ今夜もありがとう」や坂本スミ子の「夢であいましょう」のような昭和歌謡のスタンダードでも同様。陽水特有のフィルターを通して、聴き慣れた楽曲を続々と違うニュアンスへと組み替えていく。そんな面白さがこの『UNITED COVER 2』には詰め込まれている。


(文=栗本 斉)