2015年07月27日 11:21 弁護士ドットコム
捜査を忘れているうちに時効が成立してしまった――。ある男性が脅迫や威力業務妨害を受けたとして告訴していた事件で、警察が捜査を失念していたため、公訴時効が成立してしまっていたことがわかった。
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報道によると、ネット上で脅迫めいた書き込みをされたとして、被害者の男性が2008年12月に仙台北署に告訴したにもかかわらず、同署は引き継ぎミスなどから事件を放置してしまった。長期間連絡がないことを不審に思った男性が、2014年5月ごろに問い合わせたところ、同署が事件を放置していたことを認め、「本当に申し訳ない」と謝罪したという。
脅迫罪と業務妨害罪の公訴時効はいずれも3年。事件が放置されている間に時効を迎えてしまい、もはや起訴ができない状態になってしまった。宮城県警は捜査関係者3人を注意処分にしたが、発表はしていなかった。
男性は「警察が捜査を忘れるなんてあり得ない」と憤っているが、告訴した事件を警察が放置した場合、法的にどんな問題があるだろうか。時効が完成してしまった場合、告訴した人は、警察に賠償を求めることができるだろうか。刑事手続きに詳しい小笠原基也弁護士に聞いた。
「捜査をしないことで事件が時効になったからといって、告訴した人が警察に賠償を求めることは難しいと思います」
小笠原弁護士はこのように述べる。なぜだろうか。
「警察は、告訴を受けたことにより、当然に捜査の義務が生じるわけではなく、告訴を受けた警察官が『犯罪があると思科』した場合に、捜査権限が発生し、捜査ができるようになります。
告訴は、何らかの処分や利益を捜査機関に求めるものではありません。捜査官に捜査のきっかけを与え、捜査官の職権発動を促すものに過ぎないと考えられています」
実際に、裁判で争われたケースはあるのだろうか。
「捜査中に証拠物を廃棄したというケースで、最高裁は、次のような理由で国家賠償請求を認めませんでした。
『犯罪の捜査および検察官による公訴権の行使は、国家および社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではない』
『被害者または告訴人が捜査または公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査または公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではない』
このような判例の考え方に照らせば、捜査をしないことによって、単に公訴時効が完成したというだけでは、告訴した人が警察に賠償を求めることは難しいと思います」
それでは、被害者が可哀想ではないのだろうか。
「たしかに、犯罪被害者から見れば、捜査機関の落ち度で、刑罰が科されないことに納得がいかない気持ちを持つのは当然です。しかし、近代刑法における刑罰の本質からみれば、やむをえないと言えます。
近代国家が、個人による復讐を禁止して国家に刑罰権を集中させたのは、復讐の連鎖を防ぎ、国家や社会の秩序を維持させるためです。すなわち、近代刑法において刑罰は、被害者の復讐心を満たすためのものではなく、あくまで秩序維持のためにあるものです。
被害者の救済は、被害回復のための民事手続・行政手続や、官民連携での心理的ケア・経済的補償などによるべきであると考えます」
小笠原弁護士はこのように述べていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
小笠原 基也(おがさわら・もとや)弁護士
岩手弁護士会・刑事弁護委員会 委員、日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員
事務所名:もりおか法律事務所