2015年07月25日 11:21 弁護士ドットコム
幼少期にうけた性的虐待で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)とうつ病などを発症した40代の女性が、加害者である叔父を相手取って裁判を起こし、損害賠償を求めていた。裁判は最高裁まで争われたが、最高裁第2小法廷は、叔父側の上告を棄却する決定を出した(7月8日付け)。これにより、叔父に約3000万円の損害賠償を命じた2審の札幌高裁判決が確定した。
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女性は1978~83年、3歳から8歳にかけて叔父から複数回の性的虐待を受け、PTSDの症状が出ていた。2006年には新たにうつ病の症状も発症。PTSDとうつ病の2つの病名を診断された2011年に提訴した。
問題は、性的虐待を受けてから、20年以上が経過していたことだ。民法上、不法行為があっても20年がたつと、「除斥期間」が経過したということで、被害者は損害賠償の請求ができなくなってしまうのだ。
1審の釧路地裁は、提訴時点で除斥期間が経過していたとして、女性の請求を棄却した。しかし、2審はうつ病発症の2006年を「起算点」とすることで、除斥期間はまだ経過していないと判断。男性に損害賠償を命じた。最高裁も2審の判断を支持した。
性的虐待にかぎらず、幼いころに虐待にあっても、その事実を周囲に表明できない人は少なくないだろう。そんな被害者にとって、今回の判決はどんな意義があるのだろう。虐待の問題に詳しい野田隼人弁護士に聞いた。
「本件は残念ながら、特殊事例と言わざるを得ません。本判決によっても、被害者の救済は広がらないのではないかと思われます」
はじめに野田弁護士はそのように指摘した。ほかの被害者にも希望をもたらしそうな判決だと感じるが、なぜ救済は広がらないのだろうか。
「一般的に幼少期の虐待事件は、勝訴するために高いハードルがあります。まず、幼少期の性的虐待を立証することが非常に難しいのです。目撃者がなく、証拠が被害者の幼少期の記憶だけになる事例がほとんどであるためです。本件では、加害者が訴訟前に虐待行為を認めた発言が録音されていて、証拠となりました。これが通常の事例と比べて、特殊な点となります。
次に、たとえ虐待の事実が証明できたとしても、その損害の発生時期が問題となります。大人になってから、その虐待行為による精神的苦痛のみを理由として請求した場合、3年の消滅時効また20年の除斥期間により、請求が否定されてしまうケースが多いと考えられます。
本件では、2006年にうつ病の新たな発症が認められ、このときが新たな損害発生の起算点となっています。不法行為から損害発生までに時間が経過したときは、損害発生の時点を除斥期間の起算点とするというのは、一般的な考え方です。
ですから、今回、うつ病について起算点を2006年としたことに、特に新しさはないのです。なお、PTSDの発症は30年以上前だったと認定されたために、PTSDを理由とする損害賠償は否定されています。
また今回は、加害者が2011年に損害賠償の支払いを約束していました。このため、3年の消滅時効は効果を生じなかったのです。
最後に、幼少期の虐待事件でよく争われるのは、うつ病やPTSDが性的虐待によるものであるかどうかという『因果関係』の問題です。この点も、訴訟する上での高いハードルとなります。この点について、本件では詳細な診断がされていました。
以上の通り、本件は特殊事情が重なった結果の勝訴判決であり、残念ながら、幼少期の虐待への救済を広げたという一般化はできません」
過去に受けた虐待の傷で苦しむ人たちに対して、できることはないのだろうか。
「成人した後であっても、加害者に訴訟で勝つことは、被害者の精神的な救済に大きな意味をもつでしょう。裁判における立証ハードルの高さに対して、何らかの対策が求められると考えます。
しかし同時に、何十年も経ってからではない虐待への対応が強く求められるところです。何十年も経ってから癒えない傷を金銭で賠償するよりも、現に虐待を受けている子どもたちを直ちに救い出せる体制作りが重要です」
野田弁護士はこのように話していた。被害者救済に待ったはない。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
野田 隼人(のだ・はやと)弁護士
滋賀弁護士会所属。IT企業経営者兼弁護士。日弁連・刑事法制委員会委員、同・独占禁止法改正問題WG委員、同・中小企業の海外展開業務の法的支援に関するWG委員。京都大学法科大学院・京都産業大学法科大学院非常勤講師。滋賀県子ども若者審議会児童養護施設等の子どもの権利擁護部会委員。
事務所名:弁護士法人コンパス 高島法律事務所
事務所URL:http://www.locolo.jp/