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スーパーフォーミュラ富士:可夢偉の意地、石浦の怒り。“定説”に抗ったふたり

2015年07月20日 19:10  AUTOSPORT web

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小林可夢偉(KYGNUS SUNOCO Team LeMans)と国本雄資(P.MU/cerumo・INGING)のバトル
現在のトップフォーミュラは“予選とスタートで8割決まる”という定説が流れて久しいが、その言葉は、現在のスーパーフォーミュラのオーバーテイクの少なさ、そしてレース展開の変化の少なさを揶揄した表現にも聞こえる。今回の第3戦富士では、予選で2番手を獲得したジョアオ-パオロ・デ・オリベイラ(LENOVO TEAM IMPUL)がスタートを決め、独走でトップチェッカーを受けたが、その勝ち方は、まさに定説のとおりだった。もちろんオリベイラの圧勝は賞賛に値するものだが、レース内容は濃厚だった。そして、オリベイラ以上に今回のレースを面白くしたのは、その定説に抗ったドライバーたちだった。

 前回優勝の石浦宏明(P.MU/CERUMO・INGING)は今回、雨の予選でタイヤ選択に失敗して10番グリッドと低迷。ドライとなった日曜朝のフリー走行でも8番手と、回復の兆しを見せることはできなかった。レースでもスタート~序盤と大きなチャンスがあったわけでもなかったが、10周目にターニングポイントが訪れた。8番手の石浦の前を走るアンドレ・ロッテラー(PETRONAS TEAM TOM'S)が早めのピット戦略を採ったのだ。

 ロッテラーはタイヤ無交換戦略でピットアウトし、順位を優先して終盤のタイヤのタレに耐える戦略を選んだ。この時点でロッテラーより後にピットに入り、タイヤを四輪交換してピット時間が長くなったドライバーのほとんどは、ピットアウト後もロッテラーに詰まる展開になる。

 石浦にとって好運だったのは、その後19周目の小林可夢偉(KYGNUS SUNOCO Team LeMans)をはじめとして、石浦の前を走るドライバーが次々とタイヤ四輪交換を選択し、そのほとんどがロッテラーの後ろでコースに復帰していったことだ。ただ、石浦にとって不運もあった。「無線にトラブルがあって、チームからの無線は聞こえるんですけど、僕の声は聞こえないみたいだった」ことだ。

 この無線トラブルによって、タイヤの摩耗状況も燃料の残量も確認できないまま、ピットタイミングを引っ張らざるを得なかった。その状況を村田卓児エンジニアが振り返る。

「『タイヤがきついのなら、ストレートでイン側に寄って』と言ったら、石浦はものすごい勢いでイン側に寄ってきた(苦笑)。よっぽどキツかったんだなと。でも、その文句も無線が壊れて聞かなくて済んだのはよかった(笑)」

 石浦もチームの指示を信じて従うほかなかった。そして見事、3位表彰台を獲得した。石浦が予選10番手から3位を獲得できた要因はいくつかあるが、その中でも一番大きいのは、1分26秒台の早いラップタイムで周回を重ねることができたことだろう。ピットタイミングを伸ばす戦略の中、ターゲットであるロッテラーの前を奪える40秒以上のギャップを稼ぐことが条件だったが、そのミッションを無事に遂行した。

 もちろん、その過程ではいくつもの困難があった。無線トラブルで石浦の言葉がチームに聞こえないというアクシデントもそのひとつだが、最大の障壁はレース中盤、周回遅れのマシンに捕まってロッテラーとのギャップを築くのが厳しくなった時だ。

「あのタイミングで1周半くらい引っかかってしまった。詰まるくらいなら(引っ張る戦略を)諦めるか、という判断にもなりそうでしたが、それは嫌だと。アンドレの前に行かないと表彰台に乗れないのに、誰かのせいで諦めるのかと。しかもブルーフラッグがずっと出ているのに避けてくれなくて、あのタイミングでチャンスを失ってしまうのが許せなかった」

 石浦はストレートで何度も右手を挙げた。

「結構、怒っていました」

 幸いにもその後、周回遅れのクルマを抜き、石浦はロッテラーとのギャップを築くことができ、ピット後には無事ロッテラーの前でコースインすることができた。1分26秒台で走れる速さがあったことが石浦の3位表彰台獲得の最大の要因だったが、逆境にも諦めない姿勢、感情をきちんとアピールする姿勢が自らのトビラを開くことにつながった。

 右手を挙げて怒る石浦と同様に、走りで自らの感情を表現したのが可夢偉だった。予選6番手からスタートで3番手に順位を上げた可夢偉だったが、その後は前を行く中嶋一貴(PETRONAS TEAM TOM'S)に離され、ペースは上がらずじまいだった。

「1セット目のタイヤとセットアップは良かったのですが、(ピット後)2セット目に変えたらなぜか逆にタイムが落ちてしまって。2セット目は普通上がるはずなのにタイムが落ちてしまった。それがペースが遅かった一番の原因で、正直理由が何なのかは分からない。特に何かをやったわけではないのですがタイムが落ちて、そこからは勝負できないところにいってしまった。そこまでは勝負できる可能性もあったんじゃないかなと思っていたんですけどね。それで完全にリズムが狂って、守りのレースになっている間にタイヤを壊して、後はズルズルです」

 そんな劣勢のレース展開となった可夢偉だったが、次々に襲ってくる後方のドライバーをタダでは抜かせなかった。1コーナーではスモークを上げながらギリギリまでブレーキングポイントを遅らせ、さらには相手のラインを読み切り絶妙なブロックを見せ、並ばれたとしても続くコカコーラ・コーナーの進入で抜き返すなどなど、さまざまな技と頭脳を総動員して、自らの引き出しの多さを見せた。

「いや、あれは意地ですよ。直線を通る度に僕が(サーキットモニターに)映っているから、『うわあ、これはがんばらなやばいな』、『これを中途半端に行かせたら、あとで絶対言われる』と思って。あれが映る度に『ああ! 行かな、行かな!』という意識しかなかったです。ああいう時はできればあまり映してほしくないですね(笑)。そうしたら僕ももっとラフに帰ってこれたのに。もうね、あれだけフラットスポットができてバイブレーションが出ていて、あと残り30周って見た瞬間に、僕死のうかなって思いましたもん(笑)。無理やろって(笑)。直線でいつタイヤがパーンってバーストするかわからないくらい、結構恐ろしかった。そういう心境だったので、技とかじゃなくて、意地ですね」とそのシーンを振り返る可夢偉。

 明らかな劣勢の状況にあっても、可夢偉の観客を失望させたくないという心意気、言い換えれば諦めの悪い抵抗は、観る者を大きく湧かせた。可夢偉の意地、そして石浦の怒り――レースは勝ち負けの競争だが、その結果以上に、ふたりはレースの大きな醍醐味を伝えてくれた。

 “予選とスタートで8割決まる”という勝者の法則は、もしかしたら真実かもしれない。だが、現在のスーパーフォーミュラの魅力は、それだけでは語れない。