トップへ

「カジノ解禁」が地方を救う? 統合型リゾート「IR」導入の課題を弁護士に聞く

2015年07月19日 11:01  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の導入に向けた動きが活発になっている。7月上旬には、大阪の経済界のIR誘致に向けた活動が報じられた。シンガポールやマカオなどで導入されているIRだが、日本で導入する上で、どんな問題があるのか。カジノを含む賭博法制(ゲーミング法制・統合型リゾート法制)に詳しい山脇康嗣弁護士に話を聞いた。


【関連記事:「常識では考えられない数の避妊具放置」乱交パーティー「主催者」はなぜ逮捕された?】



●具体的な制度内容は、まだ決まっていない


カジノを含むIR(統合型リゾート)に、大きな経済効果があること自体は確実です。もっとも、具体的にどれほどの経済効果や市場規模となるかは、率直に言って、現時点では誰にもわかりません。



なぜなら、顧客の実際の消費行動、つまり遊び方は、制度の建て付け(たとえば、カジノゲームに関わる入場、与信、インセンティブプログラムなどに関する規制のあり方)いかんによって大きく変わりますが、具体的な制度内容がまだ決まっていないからです。



許可を得るために求められる開発規模(投資規模)も、決まっていません。そのため、国内の潜在的富裕層の数や海外のケース(シンガポールやマカオなど)から、正確な市場規模を算出するのは困難です。



外国人だけでなく日本人も入場できるかとか、依存症対策はどうするかといった細かい点も、IR推進法案では規定されていません。ここが批判される点の1つです。なぜ、規定されていないのか。それは議論がなされていないからではありません。むしろ、推進派の内部では、制度の具体的内容について、かなり充実した研究が積み重ねられてきています。



●IR推進法案は「解禁する」方向性を示すための法案


法案に詳細が盛り込まれていない理由は、今国会に議員立法として提出された「IR推進法案」が、カジノを含むIRの実現という政策目標達成に向けたスケジュールと、基本的な枠組みだけを示す「プログラム法案」であるためです。



賭博であるカジノの解禁は、国民および社会に大きな影響を与えます。したがって、本来であれば、1本の法律案ですべてを規定して、それを国会で徹底審議するのが望ましいでしょう。ただ、現状において違法とされている賭博を解禁するという法案を、内閣(政府の官僚)が進んで立案するというのは、事柄の性質上、難しさもあります。



そこで、議員立法によって「解禁する」という方向性自体を打ち出した後に、カジノ解禁のための具体的手段、すなわち、どのような制度設計でカジノを解禁するのかといった具体的な内容を盛り込んだ「IR実施法」(以下「実施法」)の立案が、関係省庁を集結させた内閣の推進本部によって、進められていく流れになるのです。



カジノ解禁については、関係する既存法令や省庁が多数にわたるため、そのように内閣の推進本部で、各省庁の叡智を結集し、さまざまな論点を調整したうえで実施法案を作成したほうが、より緻密な法制になるという配慮もあります。



●観光で「稼ぐ」という観点が軽視されてきた


IR推進法案は昨年、いったん廃案になりながらも、今年、再度提出され、延長国会で可決が目指されています。この背景には、推進勢力の利権的な思惑もあるのでしょうが、同時に、政府が進める成長戦略に資する部分があることも事実です。



IR推進の目的は、法案に明記されているとおり、「観光及び地域経済の振興と財政改善」です。この政策目標自体は、誰も否定しないと思いますが、この政策目標は、「言うは易く行うは難し」の典型です。



たとえば、自然の豊かな美しい地域に人が訪れても、その人たちが、自然を楽しむだけで、お金を使わずに通り過ぎてしまう現実もあるでしょう。これまでの観光政策では、エコツーリズムなど、文化的・社会的意義が強調される一方で、滞在型観光で「稼ぐ」という経済的・実利的観点は軽視されてきました。



しかし、観光客にたくさんお金を使ってもらって初めて、地域経済の活性化につながります。逼迫(ひっぱく)する国と地方の財政を改善するためには、綺麗事だけではすまさずに、いかにお金を使ってもらうのか、現実から目を背けずに「政策」として検討する必要があると考えています。



●ギャンブル依存症患者には、社会的・医療的な対処を


今後は、推進派内部での先行研究を、よりオープンな形で一般の国民にも明らかにして、議論を尽くす必要があります。



依存症については、確かに重大な問題です。536万人にギャンブル依存症の疑いがあるという厚生労働省の調査結果については、その数値の正確性に対する異論が唱えられているものの、一定数の患者がいるのは事実です。



カジノを解禁する・しないにかかわらず、早急な対策が不可欠でしょう。ギャンブルであれ、酒であれ、何かに依存しやすい人は、もともと心的な困難性を抱えていることが多く、社会的・医療的な対処も必要です。



●新国立競技場は「統合型リゾート」の一種


現在、見直し検討が進められている「新国立競技場」は、実は、スポーツ施設のほかに、コンサート施設、博物館、図書館、各種商業施設を設ける「統合型リゾート」の一種といえます。甘い見通しもあって、総工費は2520億円にまでふくらみ、国民から猛反発を受ける事態となっているように、「公」(国)が税金を使って行う事業として見事に失敗しています。



この例に限らず、「公」が自らリスクをとらず、税金を使って行うこの種の事業は失敗する例が多いです。現に、「公」が主催する地方競馬、競艇、競輪などは、いずれも赤字で惨憺たる状況です。



しかし、カジノを含むIRは、税金をあまり使わずに、民間による投融資を活性化し、民間主導の地域再開発を実現するための手立てとして位置付けられています。統合型リゾートの諸施設の中の稼ぎ頭であるカジノから得られる収益を使って、単体では不採算で存続できないコンベンション施設や文化的施設の建築費や維持費などにまわすこともできるのではないでしょうか。



●日本社会に大きな影響を与える「劇薬」


もちろん、カジノを含むIRは、日本社会に大きな影響を与える「劇薬」なので、解禁するとしても慎重な取扱いが必要です。また、カジノ解禁の是非に関しては、憲法が前提とする「価値相対主義」(何が正しいかという価値判断は、絶対的には決められないこと)についても改めて考える必要があります。



つまり「自分自身はギャンブルが嫌いだが、他人が健全にやる限りでは認める」、また、「稼いだお金を貯金しようが、ギャンブルに使おうが自由」という価値観を許容することができるかどうかが問われているのです。



最近の日本は、いろいろな面で規制が強化され、社会的なプレッシャーが高まり、やや息苦しい世の中になりつつあるというのが個人的な感覚です。誤解を恐れずに言えば、町の賑わいの創出のためには、「水清ければ大魚なし」です。



政策を決めるにあたって、しかるべきコントロールを及ぼすのは当然ですが、その範囲内にある限りは、ある程度の柔軟さや寛容さが必要なのかもしれません。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
山脇 康嗣(やまわき・こうじ)弁護士
慶應義塾大学大学院法務研究科修了。第二東京弁護士会国際委員会副委員長、日本弁護士連合会人権擁護委員会特別委嘱委員(法務省入国管理局との定期協議担当)。
入管法・国籍法及びカジノを含むIR(統合型リゾート)法制に精通し、多数のメディアの取材をうけ、シンポジウムに登壇している。主著として『詳説 入管法の実務』(新日本法規)、『入管法判例分析』(日本加除出版)、『Q&A外国人をめぐる法律相談』(新日本法規)。「闇金ウシジマくん」、「新ナニワ金融道」、「極悪がんぼ」、「鉄道捜査官シリーズ」、「びったれ!!!」、「SAKURA~事件を聞く女~」など、映画やドラマの法律監修も多く手掛ける。
事務所名:さくら共同法律事務所
事務所URL:http://www.sakuralaw.gr.jp/profile/yamawaki/index.htm