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今季フォーミュラ・ルノーで2勝。笹原右京インタビュー:欧州で揉まれた“強さ”

2015年07月17日 18:10  AUTOSPORT web

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AUTOSPORTweb編集部を訪れた笹原右京。この直前までテストが行われていたナバラ・サーキットは、スペインのパンプローナ近郊。“牛追い”で知られるパンプローナのお土産を持参してくれた
「“右京”っていう名前には、特にプレッシャーとかもないんですよ。でも、ヨーロッパでも色んな方にすぐ覚えてもらえるんで、良かったなぁと」

 そう語るのは、現在フォーミュラ・ルノー2.0のユーロ・カップ(EC)およびノーザン・ヨーロピアン・カップ(NEC)に参戦中の若き日本人レーシングドライバー、笹原右京だ。彼のホームページを覗くと、片山右京が抱き上げる、赤ちゃんの写真が掲載されている。それが、生後5ヵ月の笹原だ。右京が右京に出会った、最初の瞬間である。

 その笹原が、スペインのナバラ・サーキットで行われたテストに参加した後、東京のAUTOSPORTweb編集部を訪れた。

「急遽テストに行ってきました。本当は走れる予定じゃなかったんですけど、突然チームに呼ばれたので。でも、なんとか乗ることができました」

 笹原は2013年に四輪レースデビューを果たし、今年はフォーミュラ・ルノー2.0のふたつの選手権に出場中。それぞれの選手権で優勝を果たしている。

「とりあえず、ECでもNECでも1勝ずつできたので、よかったと思います。悪かった時の原因が何なのか、チームとともに見つけ出せています」

 笹原が所属するARTジュニアは、非常に不得意とするコンディションがあるという。夏場の暑さやバンピーな路面がそれに当たるが、中でも特にレッドブルリンク(F1オーストリアGP開催コース)を苦手としていたそうだ。今年もその例に漏れず苦戦したが、問題点と解決策を見いだすことができたと、笹原は語る。

「レッドブルリンクで僕が走り終わった後、アイデアがいくつかみつかったんです。それを次のハンガロリンク(F1ハンガリーGP開催コース)で試してみたら、大当たりでした」

 チームはこの成功を見て、笹原の示した方向で、セットアップをより進めた。しかし、それを進めすぎたために、マシンはバランスを崩し、ハンガロリンクのレース2では苦戦を強いられることになった。

「夏場はタイヤの発熱という面では楽な分、逆に熱ダレしやすくなり、どんどんオーバーステアの傾向が進んでしまいます。僕らのマシンはとてもトリッキーで、若干オーバーステア気味。すると、予選でのタイムは出やすいんですけど、レースではタイヤのデグラデーションが激しく、辛い部分があるんです。だから、単純にリヤのグリップが出る方向に振った。それが良かったんですね」

 笹原はマシンのセッティングを詰めていくにあたって、エンジニアと徹底的に議論するという。他のドライバーがレース後1~2時間でサーキットを後にするところ、笹原がサーキットを出る時刻が10時を過ぎるのはざらだ。それ以上に驚かされるのは、チームから笹原に寄せられる厚い信頼だ。チームがドライバーの意見を全面的に取り入れるのは、特にジュニアカテゴリーのレースでは非常に稀である。笹原はそれをチームが納得するまで説明し、自分の希望するセッティングを実現させ、しっかりと結果を出してきた。多くのF1チャンピオンの姿が、そこには重なる。逆に多くの日本人ドライバーは、自分好みのセッティングにマシンを変更してもらうことが叶わず、苦労してきた。その障壁を乗り越えた笹原には、大きな可能性を感じる。

 また、カート時代から激戦のヨーロッパで揉まれているというもの強みだ。日本のカートのレベルも高いが、レースの激しさでは欧州の方が上を行く。それは、フォーミュラのレースでも同様だ。たとえば、笹原が現在参戦するフォーミュラ・ルノーは、後続のマシンにオーバーテイクされるのを防ぐため、2度、3度とラインを換える。日本のレースだったら、間違いなくペナルティを取られる動きだ。しかし、笹原はさらりと、次のように答えた。

「カートの時からヨーロッパを経験しているので、なんとも思いませんよ。みんな、グレーゾーンのギリギリを狙ってきますからね。僕もそのくらいやって抑えると思います。だからバトルに関しては、全然心配していません。そういうのは結構強い方なんです。フォーミュラの方がカートよりもおとなしいと言えるかもしれませんね」

 そういう笹原の目標は、F1に乗ること。もちろん、ただ乗りたいというだけではない。

「まずはF1で勝ちたいですよね。その上で、将来チャンピオンを獲ったりすることが、本当のゴールだと思うんですよ。モータースポーツの頂点はやっぱりF1だと思っていて、そのトップのカテゴリーで自分がどれだけやれるのかを試してみたいんです」

 そう語る笹原だが、F1に辿り着くのはそう簡単なことではないだろう。現在の彼は、メーカーの育成プログラムに加入しているわけではなく、大きな後ろ盾を持っているわけでもない。どんなカテゴリーのレースを戦うにも、持ち込み資金やそれに準じたものは必要不可欠なのだ。

「実は、現時点でも今季最後まで走れるか分からないんです。でも、チームやスポンサーのみなさんのおかげで、なんとかここまではECもNECにも出走することができている。(気持ちや身体を維持するのは)大変なんですけど、今まで全力でスポンサー活動をやってきて、それでもダメだったら仕方ないという覚悟はできています」

 そんな厳しい状況の中でも勝つこと。それが今の笹原にできる最大の“恩返し”なのだという。

「フォーミュラ・ルノーで勝てたこと、特にユーロカップで勝ったことを、スポンサーの皆さんはすごく喜んでくれました。正直、フォーミュラ・ルノーにスポンサードすることって、特にメリットはないと思うんです。普通なら、企業さんはメリットがないとスポンサーになることなんてできないじゃないですか。だから、今の僕はリザルトくらいでしか恩返しできない。結果を出して、こうやって取材していただいて、露出を増やしていくしかないんです」

 まだ、最終戦まで出場できると確定していない笹原。しかし来年以降を見据えれば、今季のランキングで3位以内に入ることが目標だ。

「フォーミュラ・ルノー2.0でランキング3位以内に入ったドライバーは、シーズンオフにひとつ上のクラスである、フォーミュラ・ルノー3.5のテストに参加することができるんです。だから、なんとか3位以内に入りたい。そうすれば、タダで1日走ることができますしね。そのテストを活かして、何か先に繋げたいと思っています」

 ECは9月上旬に後半戦が始まる。また、NECは7月24日、8月1日と、2週間で4レースが行われる予定だ。その最初、7月24日のNECのレースは、笹原が今季ECで勝ち、「得意なコース」と自信を見せるスパ・フランコルシャン。なんとかこのレースに出たいと、笹原は言う。

「ランキング3位以内とかチャンピオンを狙っていくなら、後半は全戦表彰台を狙うくらいの気持ちで行かないといけないと思います。前半は取りこぼしが多すぎた。とはいえ、あんまりそういうことを考えすぎずに、自分たちがこれまでやってきたモノをしっかりと出し尽くすことができれば、結果はちゃんと出てくると思っています。自分たちの仕事をやって、その時々の状況においてベストを尽くします」

 笹原はまだ19歳。しかし、そうは思えないほど冷静に、自身の置かれた状況を分析・理解し、分かりやすく我々に語ってくれた。おそらく、笹原の将来にとって、今年は非常に重要なシーズンになるだろう。自身も『フォーミュラ・ルノー2.0は今年で最後』と語るように、来季はステップアップを目指したい。それには、今季好成績を残すことはもちろん、さらなる支援を得ることも必須。そのためには、様々な活動をしなければならない。19歳の若者に歩ませるには、“茨の道”とも言えるほど、険しい道程だろう。その厳しさに、挫折した先人も少なくなかったはずだ。しかし笹原は、その状況に苦悩するどころか、楽しんでいるようにすら見えた。

 まずは今季後半、彼のフォーミュラ・ルノー2.0での活躍に注目したい。そして近い将来、F1で世界を驚かす、ふたりめの“右京”となる日は来るのだろうか?