2015年07月17日 10:31 弁護士ドットコム
トヨタ自動車元常務役員のジュリー・ハンプ容疑者が麻薬取締法違反(輸入)の容疑で逮捕された事件で、東京地検は7月8日、同容疑者を起訴猶予とした。ハンプ元役員は同日、釈放された。
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報道によると地検は、ハンプ元役員が密輸したとされる錠剤について、膝の関節痛の痛み止めとして米国の父親から送ってもらっていたことなどから、悪質性が低いと判断したという。役員を辞任し、社会的制裁を受けていることも考慮して、起訴を見送ることを決めたとみられる。
ハンプ元役員は6月中旬、麻薬成分の「オキシコドン」を含む錠剤57錠をアメリカから密輸したとして、警視庁に逮捕された。警察の調べに対して「規制されている薬物との認識はあったが、ドラッグや麻薬という認識はなかった」「膝が痛いので、痛みを和らげるために輸入した」と供述していたとされる。
社会的なインパクトも大きかったため、今回の起訴猶予処分に疑問を感じる人もいるだろう。東京地検はどのような判断でハンプ元役員を起訴猶予としたのか。また報道によれば、一貫して容疑を否認していたが、嫌疑不十分ではなく、起訴猶予となったのは何故だろうか。山田直子弁護士に聞いた。
「 検察官は、嫌疑となる事実が犯罪として成立し、かつ、その事実が証拠によって立証可能だと判断した場合であっても、起訴を猶予する判断ができます。一般に『起訴猶予処分』といわれるものです。
その法的根拠となる刑事訴訟法248条は、『犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる』と規定されています」
ハンプ元役員が、役員を辞職したことは、起訴猶予処分の理由として考慮されるのだろうか。
「被疑者が、本件行為を理由として会社役員を辞職しており、一定の社会的制裁を受けたと評価できると考えられます。このことは、刑事訴訟法248条にあげられた『犯罪後の情況』のひとつとして、起訴・不起訴を決する判断資料となり得るものです。
特に本件は、いわゆる『被害者なき犯罪類型』であるため、被害者への弁償等が『犯罪後の情況』とはなり得ません。被疑者が辞職したことが、改悛の情のあらわれとして、重要な考慮要素となった可能性はあります」
ハンプ元役員は、一貫して「規制されている薬物との認識はあったが、ドラッグや麻薬という認識はなかった」として、容疑を否認していたと報じられている。嫌疑不十分ではなく、起訴猶予となったのは、なぜだろうか。
「本件の一連の報道では、被疑者本人ないしは代表取締役が『犯罪(違法性)の認識』がなかったことに言及している事実が伝えられていました。しかし個人的には、その発言が重要視されることには違和感を覚えています。
というのも、刑法38条3項は『法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる』と定めています。
本件でいえば、犯罪が成立するには、輸入した対象が当該薬物であることを認識していれば足り、その輸入が日本の法律に違反することの認識までは必要ありません。被疑者の『否認』報道の内実が、違法性認識の否定であれば、本来の犯罪事実の否認とは異なるように思われます」
このように山田弁護士は述べていた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
山田 直子(やまだ・なおこ)弁護士
奈良弁護士会所属(元検事)
事務所名:弁護士法人松柏法律事務所生駒事務所
事務所URL:http://shohaku-law.jp/