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漢 a.k.a. GAMIが語る、ラップと日本文化の接点「ヒップホップはタテとヨコが混ざったナナメ社会」

2015年07月09日 18:31  リアルサウンド

リアルサウンド

漢 a.k.a. GAMI

 鎖グループ代表、ヒップホップグループ・MSCのリーダーであり、日本語ラップを牽引するラッパー・漢 a.k.a. GAMIが6月末に初となる自伝本『ヒップホップ・ドリーム』をリリースした。手書きのリリックと共に綴られたのは、売春婦と警察と不良がうごめく新宿ストリートで育った漢 a.k.a. GAMIの「ヒップホップ哲学」である。浄化されていく東京、ラッパー達との出会い、ビーフ、ストリート・ビジネス、そこで語られたのは、リアルな証言からなるヒップホップシーンのドキュメントでもあった。漢 a.k.a. GAMI独自の視点で見る、インテリと問題児、地方と東京、日本とアメリカカルチャーの交わり、さらに宣戦布告のように暗部を暴いたかつての所属レーベル・Libra Recordsとの関係について迫った。(姫乃たま)


参考:K DUB SHINEが語る、ヒップホップの歴史と今のシーンに足りないもの


■「俺の友達には、笑えねえ育ちの奴も多い」


――本書には、ホームレスや売春婦がひしめく街の様子や、問題を抱えた同級生など、漢さんが育った当時の新宿周辺の様子が収録されていますが、中でも、小学5年生の時に警察に連行された際、一緒に取り調べを受けた同級生が、自分の名前の漢字を知らなかったエピソードが衝撃的でした。漢さんが「これはゲトーだ」と確信するに至った出来事でもありますよね。


漢 a.k.a. GAMI(以下、漢):あの話が一番衝撃だし、俺の周りの環境を分かってもらいやすいと思った。俺の友達には、本人は笑うしかないから笑って話すけど、周りからしたら到底、笑えねえなって育ちの奴も多い。貧しい地域だと普通なのかもしれないけど、都会で話すと浮いてしまうかもしれないから自粛してるだけの人もいっぱいいると思うね。


――半年ほどかけて数十時間に渡るインタビューをされたそうですが、未収録の話で思い入れのあるものはありますか。


漢:こぼれ話って言ったら……書けない話だけだね。いまはまだ載せられないって感じかな。


――しかし、載せられなさそうな話まで、実名などの固有名詞を包み隠さず書かれているのが印象的でした。登場する方に許可は取っていないのでしょうか?


漢:うん。そう言われて、どんどん焦ってるところ。自伝ってそういうもんだと思ってたから。んふふふ。フルネームの固有名詞を上か下だけにしてみたけど、オタク系の人とか、インターネット得意な人は、すぐわかっちゃうんでしょ。みんな友達だから大丈夫だろうけど、小学校の同級生が大丈夫かなってくらい。でもまあ、(本人たちは)嬉しいだろうなーって。


■「キングギドラなんか超ナナメってて、ラッパーなら誰でもため口でいいよって」


――挑発のつもりで渡したMSCのデモ音源に合わせて、首を振りながら「イエーー」と声をかけてきたZEEBRAさんとの初対面の思い出も素敵なエピソードでした。お二人ともチーマー文化を経ている世代ですが、ZEEBRAさんが体験していた90年代初頭のチーマー文化は、漢さんの世代(90年代後半)と異なって、経済的に豊かな若者に支えられていたそうですね。


漢:元々のチーマーは、青山とか私立学校の子達だった。お小遣い100万とか200万とかもらって、女をナンパして。インテリから始まった集団だけど、武闘派にも通じる不良が中にはいて、俺らの世代の原型になるものはあったね。俺らの頃は逆に、貧しい子とか、片親の子とか、問題児が権力を手に入れていった。俺はセンター街に繰り出してまでチーマーやりたくなかったけど。


――ヤンキー文化も平行していたんですか。


漢:あれは日本文化だから、なくなりはしないっていうか。東京にいなくても、地方にはずっといるだろうし。ただ、渋谷は特殊で、ロン毛の奴が三段シートに乗ったりしてた。組織の中のルールはあるだろうけど、スタイルにルールはなかったみたい。


――地方と言えば、東京で活動していた漢さんが、ラップによって地方のBボーイと不良たちに認められていく過程も興味深かったです。やはり地方と東京では文化が異なるのでしょうか。


漢:俺は地方に行かないで東京にずっといたら、この街がどんなもんか狭い経験から決めつけちゃってたと思う。東京はなんでもありだけど、地方では言葉(の重み)が活きてくる。地方から東京に出てきた奴は、仲間になったように話していた奴が実はそうじゃなかったり、日常会話が悪口に聞こえたりすることもあるだろう。それでよく分かんなくなったり、病んでしまったりするんだろうけど、東京ではそういう言葉の使い方が意外と当たり前だったりする。だから言葉の重み一つとっても違うよね。けど、根本の部分では同じだとも思う。地元で出来ないことは東京でやんないほうがいいし、東京のやつも東京で出来ないことは地方でやんないほうがいい。


――地方を知ることで東京を知ったように、自分の領域を理解するために他文化を知ることが、漢さんのヒップホップ哲学に繋がっていると思います。同じく、アメリカのヒップホップカルチャーを「ナナメ社会論」として、日本文化に翻訳しているのは的確だと思いました。


漢:「ナナメ社会論」は、俺だけじゃなくてZEEBRAも考えてた。日本文化はタテ社会で、小学校の時は○○ちゃんのお兄ちゃーんって感じで呼んでた人が、中学に入ると急に「おい、先輩って呼べよ」とか言ってくる。えーって思いつつ、高校に入ってから先輩って呼ぶと、「おい、“さん”だろうが」って言われる。分かりやすい話だよね。でもヒップホップは職人の世界と一緒で、入った瞬間に今までのキャリアがなくなって、上下関係に年が関係なくなる。年下の先輩もいれば、君付けで呼ぶ年上もいる、タテとヨコが混ざったナナメ社会。キングギドラなんか超ナナメってて、ラッパーなら誰でもため口でいいよって。俺はDABO(注:漢より3つ年上)とはビーフから関係が始まってるからため口だしね。


――インテリと問題児、地方と東京、日本とアメリカ、いろんな交わりがありますが、どこにいっても通用する、ラッパーとして守るべきルールはありますか?


漢:基本的に常識的なことを守ってれば大丈夫だと思うけど、ヒップホップなのになんで普通の奴と同じ振る舞いしないといけねえんだよって態度はアリだと思う。ただ、そのせいで痛い目に遭う可能性もかなりある。


■「Libra Recordsを牽制する意図はない」


――かつて所属していたLibra Recordsとのビーフは現在進行中だと思いますが、インディーズレーベルが増えているいま、事務所となあなあな関係になってトラブルに発展するアーティストは今後も増えていくかと思います。今後の裁判の展開によっては、ヒップホップだけでなく音楽業界全体にも影響を与える事例になりそうですが、本書に1000万という額面が出てくるように、普通の感覚とは桁が違いますね……。


漢:そうだね。裁判を起こすことになって調べてみたら、俺だけでなく、アーティストも従業員にも契約書はなかった。従業員に関しては、給料明細もないし、労働条件通知書もない。


――本書は、ラップでビーフしてきた漢さんが、社長に対する宣戦布告として出版されたものかと思ったのですが、牽制する意図などはありますか。


漢:ないですね。裁判より書籍(を作り始める)のほうが先だったし。本も自分の証言だけだから、証拠としては弱すぎる。デタラメ言えちゃうから。世間に対して公にしたぞ、というくらい。


――Libra Recordsからのアプローチは?


漢:ないですね。弁護士通してやりとりしてるんで。俺はああいう会社があること自体はいいと思う。ブラックで、なあなあで。それが経営者として間違いとは言い切れないし、そこに納得してる人(アーティスト)ならいいと思う。ただ、友達とか身内だったら、違うんじゃないのって思うだけで。


■ヒップホップで食えるっていうのを社会に証明していく


――ビーフの展開も気になるところですが、漢さん自身は出版後どういった展開をお考えですか。


漢:今年に関しては予定がもう決まっているし、何年か先までのヴィジョンは出来てる。この本はいろんなことのきっかけになってくれるかなとは思ってるけど、とにかく欲を言えば理解されなくても良いから、いろんな人に読んでほしいね。せっかく出したから。とりあえずは会社で稼いで、みんなに飯食わせることを考えてる。


――鎖グループを結成してからの手応えは?


漢:結成して1年が経った時に、みんなが早いなって言ってたんで、充実してたのかなと。この後は、ヒップホップで食えるっていうのを社会に証明していく感じかな。そうじゃないとやってる意味がないから。


――漢さんにとって成功とは、どんなものですか。


漢:100%本気出せることですかね。いま20%くらいなので……夏までに10分の5くらいまでいければ……。


――改めて、漢さんにとってのヒップホップを教えてください。


漢:自分で作った自分の中のルール。ラップ、ダンス、DJ、グラフィティっていうのは誰でもできることだから、趣味がなくてつまんない奴とかに触れてほしい。(姫乃たま)