「F1でのキャリアを通して本当に初めて、完璧に正しいタイミングを選択することができた」
43周終了時点でピットに飛び込んで、ドライタイヤからインターミディエイトに交換した判断を、ルイス・ハミルトンはこう表現した。「キャリア初」という言葉も、今回は少しも大げさに響かない。難しいコンディションのなかで彼自身が導き出したパーフェクトな“正解”だった。
コースの一部にポツポツと雨滴が落ち始めたのは、バーチャルセーフティカーが終了した35周目あたりのこと。しかし、すぐに本格的なウエットコンディションにはならず、湿った路面を冷えたドライタイヤで走行するトリッキーな状態が続いた。38周目にはキミ・ライコネンやフェルナンド・アロンソが雨に賭けてインターミディエイトに交換。ハミルトンは、いったん10秒以上ラップタイムを落としたが、ドライタイヤのままで最初の雨をしのいだ。ピットからは雨の予報、ドライバーからはオンタイムの路面状況を伝える無線が何度も行き交ったあと「グリップがなくなった」とハミルトンが叫んだのは43周目のこと。「雨量が増えてきた!」と、タイヤ交換を決断する。
インラップのタイムロスは、ごくわずか。4秒後方を行くニコ・ロズベルグはチームメイトのピットインが判断ミスだと確信し、20秒後方で同じ43周目にタイヤ交換を行ったセバスチャン・ベッテルは「チャペルを抜けてハンガーストレートに入ったところで本物の雨が来た」と説明しているのだから、本格的な雨の直前に、その“匂い”を感じ取ったハミルトンの感覚は冴えわたっていた。
「(タイヤ交換直後に)雨がどんどん強まるなんて、これまで経験したことがなかったから、すごく満足だった。その後は、無事にゴールすることを目指せばよかった」
シルバーストンで3度目の勝利。今シーズンこれで5勝。数々の難関を乗り越えた今回の達成感は格別だ──フリー走行ではマシンの最適なバランスを見出すのに苦労し、予選で手に入れた首位の座もスタートの瞬間に失った。セーフティカー明けにはヴェイルのブレーキングでミスをしてバルテリ・ボッタスにも先行を許した。19周終了時点でミディアムタイヤに余力を残したままピットイン、アンダーカットを目指したのはハードタイヤのウォームアップに自信があったから。2.4秒の静止時間も1分56秒台のアウトラップも最速で、ウイリアムズ2台をかわすのに成功した。
シルバーストンに集まった14万人のファンにとっては、これだけでもレースの醍醐味は十分。さらに終盤の雨が生んだ不安なコンディションがハミルトンの集中力を際立たせ、イギリスGPをいっそう華やかにした。テレビで見守ったファンにとってもうれしいのは、勝利を決定的にしたのがドライバー自身の判断であったことだ。みんなの気持ちを代弁するように、表彰台に陽光が降り注いだ。
イギリスGPに予想外の展開をもたらしたのは、ウイリアムズ2台の鮮やかなスタート。3番グリッドのフェリペ・マッサがメルセデス2台の間をすり抜けてトップに立つと、4番グリッドのボッタスもチームメイトに続いた。ハミルトンは直後のターン3でボッタスをかわしたものの、セーフティカー明けにはマッサを仕留めようとしてミス、3周目以降はマッサとボッタスの後を追うかたちになった。
残念だったのは、ワンツー態勢を築いたウイリアムズがボッタスの攻撃を制限してしまったことだ。メルセデスよりタイヤに厳しいウイリアムズは、ふたりが争うことによるペースダウンを心配したのかもしれないが、第1スティントを通してマッサの0.5~0.6秒後方を走ったボッタスのフラストレーションは想像に難くない。クリーンな空気を受けて走るマッサのペースが上がらず、乱気流を受けるボッタスが真後ろにつき、メルセデス2台が迫っているのだから、チームとしてメルセデス・ワークスに挑戦する気持ちがあるなら早い段階でボッタスにオーバーテイクを許すべきだった。マッサに対して道を譲るよう指示する必要はなく、彼にペースアップを促し、それが無理なら他の多くのチームが行っているように「チームメイトのペースを阻まない」という基本を通すだけでよかったはずだ。
予選ではマッサが僅差でボッタスを上回ったものの、ボッタスはもともとFP1をスージー・ウォルフに譲らなくてはならないハンデを背負っていた。第1スティントのボッタスの速さは、マッサより1.3秒速いインラップでも証明されている。ハードタイヤに交換したあとマッサのペースが上がるのなら、そのときにポジションを戻す選択肢もあった。最終的にはウエットコンディションで弱みを露呈したウイリアムズだが、ドライコンディションの間にチーム内で障壁をつくり、メルセデスに作戦の自由を与え、“戦わずして失った”事実を真摯に受け止めるべきだ。昨年のイギリスGP、2位表彰台を飾ったボッタスと一緒に誓った「あと1ステップ」は、どこに行ってしまったのだろう──?
ウイリアムズの“ロケットスタート”はレース序盤の華であったが、それ以上に見事なスタートを切ったのは9番グリッドのニコ・ヒュルケンベルグで、一気に5番手までポジションを上げた。ストレートで速いフォース・インディアはフェラーリにとっても難題なうえ、速いマシンを抑えながらミスを犯さず、フェアに走るのはヒュルケンベルグの得意技。セーフティカー後も第1スティントはすべて1分40秒台前半という、速くはないものの堅実なペースで走り続けた。ソフト/スーパーソフトの3戦で成績を挙げてきたフォース・インディアにとって、ハード/ミディアムのシルバーストンで新パッケージの性能を確認できたことは大きな収穫。唯一の後悔は43周目、本格的な雨が降り始めた時点でピット入口を通過してしまっていたことで大きくロスしたが、最終的には7位でゴールを果たした。
インターミディエイトへの早めの交換が裏目に出て、ドライレンジの路面で苦しんだのはフェルナンド・アロンソも同じ。本格的な雨が降り始めたときには、すでにタイヤ性能を失っていた。しかし、ライコネンが2セット目のインターミディエイトに交換したのに対して、アロンソは擦り減ったタイヤのままステイアウトし、ライコネンより遅いペースでも堪えた。7台がリタイアしたレースで、10位完走を果たす。
バーレーンGP以来、初めての完走──1ポイントはファンの胸に切なく重い。ストレート速度はメルセデスより20km/h遅く、それでさえダウンフォースを犠牲にしている。難しいコンディションのなか、アロンソの腕と責任感で実現した小さなポイントだと思うと、祝福よりもドライバーへの敬意ばかりが大きくなる。
(今宮雅子)