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世界が注目するbanvox、覚悟の音楽人生を語る「生きるために、僕は音楽をやらなくてはいけない」

2015年07月05日 19:11  リアルサウンド

リアルサウンド

banvox。(写真=下屋敷和文)

 banvoxが6月24日に『At The Moment EP』をリリースした。彼はこれまでネットレーベル<MaltineRecords>や、<Surfer Rosa Records>から作品を発表し、AviciiやDavid Guettaなどから賞賛されている。2014年には『ULTRA JAPAN』に出演し、今年は『ULTRA KOREA』でプレイ、さらに『ULTRA EUROPE』へラインナップされることが決定するなど、現在ブレイク中の若手プロデューサー/DJだ。日本では今年5月にワーナーミュージックから『Summer / New Style』でメジャーデビューを果たしたbanvoxだが、メジャー2作目『At The Moment EP』はどこに届ける作品として構想され、どう作られたのだろうか。今回のインタビューでは、彼にこれまでの経歴を振り返ってもらいつつ、最新作や現在のシーン、音楽に賭ける思いについて、じっくり話を訊いた。


・「自分の楽曲制作でもリミックスでも、『作りたいものしか作らない』」


――今作の話をする前に、まずはbanvoxさんの音楽遍歴について伺います。2011年に<MaltineRecords>からリリースした『Intense Electro Disco』で一躍その名を轟かせるまでのキャリアとは?


banvox:僕は兵庫県に生まれて、小学生の時に家庭の事情で岡山県に引っ越しました。僕の原点は母親が元宝塚で「シャンソン」や「ジャズ」などのCDが家にあり、小さい頃から自然と聴いていました。HIPHOPにハマったきっかけは、シャンソンやジャズをサンプリングしてラップを乗っけると言う音楽に衝撃を受けてそこから日本語ラップやHIPHOPにどんどんハマって行くようになりました。小学3年生のとき、母が仕事に使うために、WINDOWS MEを積んだパソコンを買ってきて、ネットサーフィンを覚えたところから自発的に音楽を聴くようになりました。当時はYouTubeも無かったので、Flashとか『Underground Theaterz』、『せかちゃん(Hiphop板で曲を作ろう)』、『火星』などのサイトでネットラップ・ヒップホップを漁っていたんです。まだ小学生だったのでROM専ですが(笑)。そこから『さんピンCAMP』周辺世代前後の日本語ラップを辿り、当時の日本語ラップ/海外のヒップホップはなんでも聴いたと言えるぐらいずっと聴いていました。その頃丁度R&Bも同時進行で聴いていました。


――現在のクラブ・ダンスミュージックに行きついた経緯は?


banvox:中学生の時に香川県に引っ越したのですが、そこでは男子寮に入っていて。テレビもゲームも禁止だったので、みんなの娯楽が音楽と漫画だけだったんです。そこにはもちろん色々な趣味の子が居たし、朝の目覚まし音を持ち回りで決めることができたので、僕は相変わらずHIPHOPをかけてもらい、友達にミクスチャーバンドなどを教えてもらったりしました。その時にダンスミュージックとHIPHOPを融合したような音楽に出会い、ダンスミュージックに興味を持ちました。丁度海外で流行っていた、フレンチ・エレクトロやエレクトロやティム・ヒーリーや彼のユニットであるコバーンのCDをレンタル店で借りて聴いていましたし、その頃にはインターネットも発達していて、トラッシュ・エレクトロやハード・エレクトロ、特に僕が影響を受けたと言っても過言ではない、エレクトロ・パンクなど、アンダーグラウンドのダンスミュージックをネットでひたすらディグっていました。この頃からすでにエレクトロ・パンクにボーカルカットアップを乗せるという音楽は存在していました。だから僕の音楽の原点はここにあると思います。僕の音楽は「最近のクラブミュージックのEDMに影響を受けている」と勘違いされやすいんですけど、本当はここに原点があって。これらの音楽とヒップホップを足した音楽を作りたいと思い、高校生のときに楽曲制作を始めました。


――では機材を買ったのはこの時が初めてと。


banvox:そうですね。高校生のときにあまり馴染めず、すぐに学校を辞めてしまいなにもなくなってしまいました。それで実家のある東京で制作活動に入りました。最初はMPCを買おうと思っていたのですが、新宿のビックカメラに行って『FL Studio』を見て、迷った結果『FL Studio』を買いました。


――なぜ『FL Studio』に?


banvox:すごく昔ですが、僕の好きなトラックメイカーのピジョンダスト(Pigeondust)さんが『FL Studio』を使ってUstream配信をしていたんです。あとはデモバージョンとして、一画面でいろんなものを開けるところと、操作の分かりやすさですね。


――サンプリングなしでビートもフレーズも全て打ち込みなのは現在も変わらないですか。


banvox:最初から今までずっとそうです。ただ、ボーカルサンプルだけは歌ってくれる人が当時いなかった、というか音楽をやっている友達がまわりにいなくて…(笑)。でも、そのまま素材を使うのは嫌なので、歌っているようにカットアップをする手法を音楽を始めてすぐに身に付けました。


――そこから2011年に『Intense Electro Disco』をリリースしたきっかけは何でしょうか。

banvox:最初は様々なネットレーベルから出したり、Sound Cloudにアップしたりして、小さなコミュニティに属するようになっていきました。そこからより多くの人に聴いてもらいたいと考えたときに、ネットレーベルでも随一の大きさだった<MaltineRecords>からリリースしたいと思い、代表のTomadさんに「Laser」と「Hands Up」の2曲を添えてメールしました。その連絡にレスポンスを貰って、渋谷で人生初の打ち合わせをして(笑)。「リリースしたいからあと何曲か作って」と言われたので「Cookie」と「Dirty Dirty Dirty」を作り、リミックスも入れたいと思いCalla Soiledさんにお願いしました。『Intense Electro Disco』をリリースしたら、400人ぐらいしかいなかったTwitterのフォロワーが2,000人ぐらい一気に増えて興奮しました。でも、2日ぐらい経ったら、まだ物足りなさを感じて…(笑)。


――だからティム・ヒーリーにコンタクトを取ったと。


banvox:そうです。2012年の1月1日に「Awakening」という曲が出来て、これをティムにメールしたところ、「本当にカッコイイ」という反応を貰えました。いまだに彼から届いたこのメールは自宅の壁に貼ってあります。そこから、この曲に加えて「Buildup Monster」、「Falling」、「Instinct Dazzling Starlight」の3曲を作って、EPとしてティムのレーベルである<Surfer Rosa Records>からリリースしました。このEPをティムがたくさんプロモーションしてくれたこともあり、Beatport総合チャート2位を獲得して、かなり多くのリスナーやDavid Guetta他、アーティストの皆さんからも好意的なリアクションがありました。そしてULTRA RECORD他、海外での制作・リミックス案件が入るようになりました。また、この盛り上がりと同時に、国内の複数メジャーレーベルさんからお誘いを頂いたのですが、当時、まだレーベルとの契約に対して前向きではなかったので、先にリミックス仕事などを受けさせていただきました。この時はリミックスやプロデュースに追われていて、オリジナルを作る余裕はなかったです。


――2014年はデジタルリリースも積極的に行ったほか、フィジカル作品としてセルフコンピレーションもリリースするなど、充実していたように見えましたが。


banvox:さらに多数の人に聴いてもらえるようになりましたね。iTunes NEW ARTISTS 2014年にも選んでいただき、1月15日に『Connection』を配信リリースして、そこから『Love Strong』『Drop It Boy』と続きました。『Connection』はAviciiからCoolとコメントを頂き感動しました。フィジカルCDとして『Watch Me Dance』、1st オリジナルアルバムとして『Don't Wanna Be』も出せましたし。なにより大きかったのは、SEKAI NO OWARIのFukaseさんが『Drop It Boy』について「banvox、素晴らしい才能」とツイートしてくれたことと、CDをリリースしたことで今までと違う層の方たちが聴いてくれるようになったこと。この年は全部自分のレーベルから配信リリースをしていたのですが、どのくらい広まるかを試したかったんです。


――そしてさらに多くの人に音楽を届けるためのメジャーデビューとなったわけですが、かなり慎重になっていた時期を経て、なぜこのタイミングでワーナーからデビューすることになったのでしょうか。


banvox:「banvoxをどうしたいか?」という部分に関して、熱心にアプローチしていただいたことが大きいのかもしれません。もちろん他が熱心じゃなかったというわけではなく、ワーナーさんとお話ししたタイミングなどもあったと思います。


――ここ数年は山下智久やKis-My-Ft2、AMIAYAなど、色々なアーティストと関わっていますが、これらの仕事を通して自身の音楽性に変化はありましたか?


banvox:自分の楽曲制作でもリミックスでも、「作りたいものしか作らない」という意思は一貫しているので、そんなに変わっていないと思います。なので、リミックスの仕事でも、原曲からはアカペラしか使わないくらいには僕の音で作り直しています。


・「もしかしたら『Laser』を超えた曲を作れたかもしれない」


――確かに、毎回どこまで壊してくるのかワクワクしながら聴いています(笑)。そして今回の『At The Moment EP』ですが、これまでの作品のなかで最も幅が広く、バランスの取れたものになっているという印象です。この振り幅は意識して付けたのでしょうか。


banvox:収録曲のなかでも、ゲストボーカルを迎えた「Crash」と「Wild」の2曲は、2014年の7月に作っています。7月はちょうど「Drop It Boy」や「Keep Clapping」を制作している時期で、そういった意味では似ている部分もあるかもしれません(笑)。「Keep Clapping」と「Crash」は、Twerkを128 BPMで作ったら面白そうだと思い、ノリで作った2曲ですね。あと、「Crash」はライブで毎回プレイするくらい気に入っている曲です。


――その2曲は、“スウェーデンのマイケル・ジャクソン”ことDarin(「Crash」)と、ヒップホップ・グループのThe 49ers(「Wild」)という、海外からのゲストボーカル勢を招いて制作していますね。彼らを起用することになった経緯とは?


banvox:僕が個人的にR&Bとヒップホップが大好きということもあって、R&B曲をずっと作りたかったんです。今回は縁あって「ダーリンという人を紹介できるよ」と言っていただいたので、僕のトラックを送らせてもらいました。すると、すごく気に入ってもらえて、あっという間にコラボしようという話になりました。その後、ダーリンさんにボーカルデータを送ってもらったら、デモの段階から相当良い曲になったぞと思いまして。ずっとライブでプレイしていて、リリースした今も、ライブにおいてはデモバージョンを掛けることが多いです。


――「Wild」で起用したThe 49ersは、メロウなラップを得手とするグループですよね。しかし、今回はドープなトラックを作って、banvoxさんの世界に引き込んでいます。


banvox:自分はワルっぽいテイストのヒップホップが好きなので、そこに合わせてトラックを作りました。そこからラップを乗せる人を探していたところ、エージェントにThe 49ersさんを紹介してもらったんです。彼らがリリースしている曲との雰囲気の差に関しては「大丈夫かな」という不安がありましたが、トラックを送ってラップしてもらったものを聴いたら、すごく良い感じに乗せてくれていたので嬉しかったです。


――この曲については、以前に「初めてのヒップホップ曲」とツイートしていましたよね。ヒップホップ的なトラックはこれまでもあったと思うのですが。


banvox:「自分のトラックに、ラップが乗っかったものをリリースするのは初めて」という意味ですね。インターネット上にフリートラックとしてアップし、ラップを乗せてもらうことはありましたが、リリースに至るものはこれまでありませんでした。


――なるほど。そして表題曲は以前にリリースした「Connection」のボーカル素材を使っているそうですね。


banvox:はい。「Connection」と同じボーカルの方が歌っている素材を3曲分使いました。もともとは1つだけで進める予定でしたが、2つアカペラが乗った方が面白いかと思ったので。でも、まだ物足りなかったので、「Connection」のアカペラをそのまま足しました。だからよく聴くと「Connection」で聴こえる声と同じものがあるんです。あと、これらの素材を全部カットアップして1曲に聴こえるようにしたのは手間が掛かりました(笑)。


――先行でシングルリリースしていた「Summer」は、清涼感のあるトラックにハイピッチなカットアップボーカルが乗っている、banvox史上一番開けた曲だと思いました。


banvox:この曲は自分の中で「原点回帰プラスアルファ」と位置付けています。「Summer」を作る前、アルバム用の曲を全て仕上げたところで、何をつくればいいのかわからなくなってしまった時期がありまして。原点回帰をしようと思い、初期の『Intense Electro Disco』、とくに「Laser」に近い感覚を意識して、150 BPMという速さにしながら、久しぶりにボーカルカットアップをして、「Summer」が生まれたんです。直近までは僕へ「Laser」から辿り着く方が多かったのですが、ここ数ヶ月は「Summer」から入る人がかなり出てきているくらい好評で。リスナーの皆さんにとっても、もしかしたら「Laser」を超えた曲を作れたかもしれないと思ったりしています。


――あとはリリース以前からSound Cloudでデモを公開していた「Lets go」ですね。


banvox:この曲と「Summer」は明るいテイストだったので、EPの後ろの方へ向かうにつれ、徐々に明るくなっていくような曲順にしました。このEPはみなさんから面白い反応が色々返ってきて嬉しかったです。GoogleのCM曲から入ってきた人が聴いてビックリしてくれたりとか。


・「母親のために生きるため、死ぬ気で音楽をやろうと覚悟を決めた」


――先日は『ULTRA KOREA』に出演し、今度は『ULTRA EUROPE』でプレイすることが決まっていますね。海外の舞台で経験したこと、次に活かしたいことを教えてください。


banvox:『ULTRA KOREA』はすごく良い経験でした。悔しいこともいっぱいありましたが、ライブとしては大成功だったと感じています。それに全力でパフォーマンスをした結果、その動画をスクリレックスがInstagramで「いいね!」してくれたり、曲も褒めてくれました。彼も以前京都WORLDで僕と共演したことを覚えていてくれましたし。スクリレックスのレーベルからリリースしているマスト・ダイも「banvoxの曲が大好きだ」と言ってくれたり、少なからずいろんな人には伝わったと思います。


――『ULTRA EUROPE』の舞台はクロアチアですね。ここへの意気込みは?


banvox:もうやっぱり全力でパフォーマンスをするだけですが、スタイルは変えないようにしています。たとえば去年の『Ultra Japan』に出させていただいたんですが、その時はもう自分の曲をほぼ封印して、Ultraの客層寄りにしました。盛り上がりはしましたが、同時にちょっとした不完全燃焼な気持ちも感じて。だって、僕はトラックメイカーで、そこを買ってオファーして頂いたにも関わらず、自分の曲を封印して人の曲ばかりでDJをして…って何かちょっと違うなと。だから、それ以降は自分の曲をメインにして、ライブセットを組むようになりました。ヨーロッパでも、自分の曲だけでやる可能性は大いにあります。


――これから本格的にメジャーで活躍していくわけですが、芯を持ちつつ、舞台を変えて、作品を変えて、どういうふうに表現を続けていきたい?


banvox:本当にやりたい曲を作り続けて、みんなが僕の曲を知っているぐらい有名になりたい。だって、僕は音楽をやるしかないし、僕の人生は音楽をやるか、死ぬかしかなかったから。ちょっと重いかもしれないんですが、実は僕、小さい頃から父親がいないんですね。母親一人でここまで育ててくれたのに、学校を辞めて何もなくなってしまって、ダメな自分で申し訳なくなって、人生に意味を感じなくなってしまったんです。そこで「本当にどうしよう、死ぬしかないな」と。でも、あるきっかけで自殺をした後に残された人達がどんな気持ちになるかを知りました。だから、母親のために生きるため、死ぬ気で音楽をやろうと覚悟を決めて音楽制作を始めました。なので制作を初めた1年で450曲以上作れたのだと思います。DJやりたいから始めたとか、音楽やりたいから学校をやめて始めたというわけではなく、生きるために何かしなければいけなくて、僕にとってのそれは音楽なんです。


――そこに人生を賭ける。


banvox:そう。音楽はずっと作り続けるし、やるからには世界で一番になりたい。今は全然そんな規模じゃないけど、なれないとは思っていないから。世界を見ているというよりは、本当に、自然とそう見ざるを得ない生き方をしているだけなんです。


――作る楽曲については、これから幅を広げていきたいですか? それとも今の武器をさらに尖らせたいですか。


banvox:僕の音楽は自分で作っているわけだから、何かに似ていると言われても僕の音楽なんです。だからずっと一本芯を通しているし、その中で新しいものを組み込みながら色んな要素をねじ込んで、素敵な曲を生みだしていきたいです。


――これから今までやったことのないジャンルにも、もちろん接触したいとは思っていますか?


banvox:はい。あと、最近はフェスに出るようになってきて、プレイに使いやすい曲を作る傾向がありますね。ライブ向けに作ることが増えると、普通に聴いているリスナーに対してはつまらなくなっちゃうのかなとも考えたりするので、しっかりとバランスを取りながら作り、披露し続けたいですね。


(取材・文=中村拓海)