予選で訪れたチャンスを活かせず、2番手からのスタートとなったニコ・ロズベルグ。そこで心折れることなく、決勝での逆転勝利を誓ったという。チャンピオンシップの流れを変える今季3勝目。レース中の無線交信から、その舞台裏をのぞいてみよう。
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「右フロントのバイブレーションがひどくなってきている。フラットスポットによるものではないんだ」
レース最終盤の65周目、首位を行くニコ・ロズベルグが無線で訴えた。レースエンジニアのトニー・ロスはデータをチェックし、問題がないことを伝える。それでも、ロズベルグの不安は払拭できなかった。
68周目、ロズベルグは念を押すように、もう一度無線のスイッチを押した。
「本当にタイヤに問題はない?」
ロスから返ってくるのは「いまのところ問題はない」という答えの一点張り。
「そこだけ全力で注意してくれ!」
スタートから、ここまでリードしてきたレースを一瞬で失うかもしれないという不安と、高速サーキットゆえに万一タイヤに問題が起きた際には大事故につながりかねないという恐怖。ロスも「もちろんだ。いまは懸念するほどのことではない」と、データを常にチェックしていることをドライバーに伝える。
ここまでロズベルグが慎重になったのは、第1スティント終盤にも右フロントタイヤに悩まされていたからだ。セクター2の高速コーナーで踏ん張る右フロントのグレイニングが、スーパーソフトタイヤのライフを決める要素のひとつになっていた。
「右フロントにグレイニングが出てきた」
ロズベルグは27周目に無線でそう訴え、4秒近くあった2位ルイス・ハミルトンとの差は、数周のうちに2秒まで縮まっていった。
しかし、ピット出口でスナップオーバーステアが出て、白線を踏んでしまったハミルトンに5秒加算ペナルティが科せられ、ロズベルグの勝利は安泰と言ってよかった。
「参考までに伝えておくが、ルイスに5秒ペナルティが加算されることになった」
第2スティント前半は、ロズベルグのウイングにタイヤかすのようなデブリが挟まり、ダウンフォースを失いながらの走行を強いられた。それでもペースやタイヤのデグラデーションに大きな影響はなかった。
「デブリは取れたようだ。これで空力バランスはノーマルに戻るはずだ」
ロスからロズベルグに、そう伝えられたのは45周目。結局その前も後も、ロズベルグはハミルトンを寄せつけなかった。
「今日はクルマの仕上がりがすばらしかったし、すべてがうまく行った。最も重要なのはスタートだった。ここは同じクルマでは抜きにくいから、1周目のターン3を制した者が、勝利のチャンスを手にするということはわかっていたんだ。そうすれば僕のほうが先にピットストップして、新品タイヤでプッシュして差を広げられるからね」
メルセデスは前を走る者に戦略の優先権を与える。ロズベルグはスタート加速で前に立った瞬間に、勝利を大きく手繰り寄せたのだ。
「今週は僕のほうがペースが速かったから、後ろからのプレッシャーもなかった。抜かれる心配もしていなかったよ。終盤のタイヤのことは右フロントにバイブレーションが出ていたから、そこに注意しておいてくれとチームに伝えたんだ。タイヤの摩耗から来るもので少し不安になったんだけど、最終的には問題なかったね」
トト・ウォルフ代表も「残りは数周しかなかったから、我々もタイヤのことはそれほど心配していなかった。ニコはレースを通じてミスを犯さず、素晴らしい走りをした」と、終盤のやりとりは深刻な問題ではなかったと認める。
「これで、またルイスと10ポイント差になったし、流れは僕のほうに向かっている。まだ先は長いから何が起きてもおかしくないよ」
外から見ると、ときに精神的な脆さを感じさせることもあるロズベルグ。だが、実際の彼はハミルトンとの一進一退の攻防を楽しんでさえいる。次戦ハミルトンの地元イギリスで、強烈なパンチを見舞うことも虎視眈々と狙っているはずだ。
(米家峰起)